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第4話 総理、愛人疑惑が出る

 官邸の朝は、昨日よりさらに騒がしかった。

 総理誘拐騒ぎに続き、愛人発覚のフェイクニュースが全国に拡散したせいで、マスコミは官邸前に押し寄せ、SPは泣きそうになり、官邸スタッフは徹夜で対応に追われていた。

 その中心で、パソコンに詳しいスタッフが一晩中パソコンに向かって画像を解析していた。

 そのスタッフの横に鈴木は張り付いていた。二人とも目の下にはくっきりとしたクマ。

 しかし、その目は鋭かった。


「……この画像、AI生成だ……」


 メタデータが不自然に欠落している。

 背景の照明の反射角度が人物と一致していない。

 髪の輪郭がAI特有の“溶けるようなノイズ”を含んでいる。

 スタッフはフェイクニュースの“愛人との密会写真”を加工したものと断定した。

 鈴木は次々と積み上げられていく証拠に全身から力が抜けていく。


「ええ。総理の愛人騒動は全部フェイクです」


 鈴木は安堵したように言った。


「総理に愛人はいません。画像はAI生成です」


 官邸スタッフは涙を流した。


「鈴木さん……」


「総理を守るのが私の仕事です。これからマスコミに会見してきます」


 鈴木は立ち上がり、官邸の会見室へ向かった。

 会見室はマスコミで埋め尽くされていた。

 鈴木は壇上に立ち、深く頭を下げた。


「総理の愛人騒動について、事実ではありません。拡散されている画像はAI生成です」


 会見室がざわめいた。


「総理に愛人はいないのですか?」


「いません」


「画像は本当に偽物なのですか?」


「はい。解析済みです」


「じゃぁ、なぜそんな写真が流れたんですか?神崎総理が誰かから恨みをかっているんですか?」


「わかりません。ただ、神崎は恨みをかうような人物ではありません。それは皆さんもお分かりのはずです」


「失礼しました」


 鈴木はマスコミの質問に淡々と対応し説明していった。

 その姿は、まさに“総理の右腕”だった。

 山中は会見する鈴木の姿を憎々し気に見ていた。

 握りしめた拳が怒りのためにぶるぶると震えていた。


 ぎりっ。


(あそこで対応しているのは、私のはずだ……あんたは邪魔をするんだな……)


 スマートフォンを開ける。


(なら、鈴木さん……あんたはどこまで保ちますかね……)


 暗い笑みと共に指が動いた。




「はぁ~、落ち着くなぁ……」


 神崎は和室に大の字になっていた。

 由香は苦笑しながら、


「孝一、お風呂にはいってきな。あんた昨日から入ってないだろう」


「一日や二日入らなくったって平気だよ」


「これがこの国の総理なんだから、平和だよ。あんたが良くったって、アタシが嫌なんだよ。」


「着替えないし」


「着替えなら出しといたよ。甚平だけどね」


 仕方ないかぁと神崎は風呂場に向かった。


「ううっ……総理が本格的に居候……」


 遥が胃を擦りながら由香を恨めしげに見る。


「私も胃が痛いです」


 遥の胃痛が感染ったのか富田も胃を抑えていた。


「おやつだよ」


 一端家に帰った智恵が特注保冷バッグを肩に戻って来た。

 後には海斗が大きなやかんを持って、えっちらおっちらと付いて来ていた。


「今日は何持って来たんだい?」


「孝ちゃんの好きなプリンと抹茶ぜんざいだよ。麦茶も沸かしてきたから」


「智恵さん、20個づつあるんだけど?量多すぎるからね」


「大丈夫だよ。いっぱい食べればいいんだから」


「腹も身の内だからっ!」


 遥と智恵のやり取りを見ながら、由香はテレビを点けた。

 由香や智恵の前ではあんなだが、神崎は滅多に音を上げない。その神崎が疲れたというのなら、相当だろうとちょっと息抜きをさせてやるつもりだった。


(誘拐の次は愛人騒ぎ、難儀な商売だよ、政治家なんて)


 神崎の騒動がどうなっているかが気になる。

 由香は情報番組にチャンネルを合わせた。

 テロップには『総理の愛人問題秘書による会見』とある。

 目の下に隈を作った六十代前の男が会見を開いていた。


「あら、孝ちゃんの?」


 智恵が隣に座って、一緒になってテレビを観る。富田も気なるのか、近くで観ていた。


「そうみたいだよ……ふ〜ん、偽情報ねぇ」


「もともと、甲斐性はないからね、孝ちゃんは」


「それがあったら、違ってたよ」


「そうだよね……変なところで弱腰だしね」


 含みのある会話に遥は首を傾げた。


(ただの幼なじみなんだよね……?)


「ああ〜っ、いいお湯だった」


 風呂上がりに甚平を着た神崎に、さっと冷たい麦茶を出す海斗。


「総理、お茶くみ海斗です。麦茶です」


「うん。ありがとう」


 えっ?それだけ?

 あの掛け合いは?

 と思ってしまうあたり、遥もこの状況に馴染んできていた。


「何観てるの?」


「あんたの愛人問題だよ」


「えっ?由香さん、言ったよね、事実無根だって」


「孝ちゃん、プリンと抹茶ぜんざいあるよ」


「うん、ありがとうって、そうじゃなくて!」


「安心おし。この人が偽情報で、あんたには愛人なんていないって全否定してるから」


 神崎がテレビをみた。


「あっ、鈴木だ」


「鈴木って秘書かい?」


「私設秘書だよ。また、迷惑かけちゃったな」


「この人、カッコいいなぁ……総理、僕も秘書になりたい!」


 海斗が元気に言う。

 それに遥が、


「えっ、海斗君、政治に興味あったっけ?」


「ううん、ない。けど、この人カッコいいから」


「秘書は鈴木だけでいい」


「そんなぁ〜」


 海斗が、がっくりと肩を落とした。


「総理、そろそろ……」


 と富田が声をかける。


「そうだね」


 ぱっと富田の顔が輝いた。


「智恵ちゃん、プリン食べたい」


「あいよ。二ついく?」


「そっちじゃないっ!」


 神崎の前にプリンが二つ置かれ、富田の前にもプリンが置かれた。


「お腹が空くと、いらいらするからね」


 智恵がにこにことスプーンを渡す。

 スプーンを持ったまま、


(……凶悪犯相手の方が楽だ……)


 富田は涙目になった。



 その頃――。

 SNSには、新たな投稿が静かに拡散を始めていた。


 《神崎事務所の架空領収書を入手》


 添付された画像には、高級料亭の名と高額な飲食代が記された一枚の領収書。

 投稿は、わずか数分で拡散され始める。

 画面の向こうで、それを見つめる男がひとり。

 山中は、ゆっくりと口元を歪めた。

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