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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第九章 雛沢ももえの混沌
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9-5「アドレナリン」

 後藤田から聞かされた話は想像を絶する内容だった。


 雛沢ももえが阿松幸子の目にハンドマイクを叩き付けて逃亡し、他の出演者が幕へとハケたあの後………観客やスタッフやマスコミ、つまりその場に居合わせた男全員が暴徒化してステージに上がり、下半身裸になりながら虫の息の阿松幸子に殺到したのだという。


 後藤田の話を聞きながらスペアのスマホで Twitterをチェックすると、トレンドが「キューティ☆フレイル」「フレイル狂乱」「眼球破裂」「エペレイプ」「エペ様非処女堕ち」などといったゾッとする様な言葉で埋まっていた。阿松がどんな目に遭わされたのか大まかに察しがつく。


-不可解なのは…配信がまだ止まってなくてな。今もステージ上の様子がリアルタイムで流れ続けてるんだ。

「えっ!?どうなってるんだ……!?」

-配信ブースの様子はどうだったんだ?

「それが、僕らはサブにいたんで分からないんです。サブと配信ブースのスペースは別室だったので。」

-となると、配信ブースで何が起きてたのかは分からないのか。

「はい。僕はイベントの本番を副調整室(サブ)から観てたんです。赤波真麻さんのマネージャーとか、今日の責任者のタイタニアの岸野Pとかも居て。で、アレが起きた瞬間すぐ舞台袖に走ってハケて来た浅川と合流したんです。」

-ああ。

「で、まず岸野Pと話さなきゃと思って副調整室(サブ)に戻ったら、もぬけの殻で。」

-え!?

「そうなんです。岸野Pだけならともかく、ディレクターとかタイムキーパーもとかも居なくなってて。現場を仕切ってる人間が誰も居なかったんです。」

-全員まとめて居なくなるってのは妙だな。

「岸野Pだけでも探し出して判断を仰ごうかとも考えたんですが、何せステージ上があの状況でしたし、あれ以上あの場には居られないなと……。」

-で、避難を優先したんだろう。それでいい。

「ですよね……そうですよね、よかった。」

-となると配信が停まらなかったのも、判断権限がある人間が居なくて連携が機能してなかったからか?

「でも、あそこ迄の事が起きちゃったなら、配信チーム側の独断で配信を止めたり、チョイ待ちを差し込んだりするモンじゃないですか?」

-そこは機材の故障か、意図的なものか………。

「意図的って……そんな事あるんですか!?」

-配信チームの指揮権を持ってる奴が人間的にイカれてて意図的にあの光景を配信し続けたとか、或いはソイツがタイタニアに恨みを持ってたとか…………あ、止まった!

「止まった!?配信がですか?」

-ああ、シャットダウンみたいにプツッとキレて、今は英語のエラーメッセージが出てる。どうも現場の配信チームじゃなくて、異常を察知したキレカワTV側で強制的に配信を切ったっぽいな。客が通報したんだろう。

「にしても10分は遅いですよ、あの悲惨な状況がそれ位の時間ずっと垂れ流しになってたって事ですよね……」

-そうだな、訳がわからん……。まぁそこも警察が解明に動くだろう。もう既にエグい切り抜き動画がSNSに出回ってて、問題になってるからな。


 動画も既に拡散されているのか。今後どこまで騒ぎが大きくなるのか想像もつかない。


「とにかく、連絡が遅れてすいませんでした。なんせ浅川を確保して現場から離れるので精一杯で…。」

-いや、よくやってくれた。君が迅速に動いてくれなかったら、浅川が被害に遭う可能性も大いにあった。

「警察やタイタニアへの連絡は?」

-警察には雛沢さんがおかしな事をやらかした瞬間に連絡を入れた。既に配信を見てたファンからも通報が行ってたらしくて、動いているという返事だった。


 という事は、もう現場には警察が向かっているのか。いや、もう到着しているのかもしれない。


-タイタニアにも問い合わせてはいるんだが、こちらは電話も繋がらなければメールの返信もない。恐らく対応を検討しているか、ウチやイベント関係者以外にも配信やSNSの切り抜き動画なんぞを見たマスコミだの野次馬だのが電話攻勢をかけてるんだろう。暫く進展は見込めん。様子見だ。


「そうですか……」

-あと……

「はい。」

-コレはこの後警察にもこの後話すつもりなんで共有しておきたいんだが。

「ええ。」

-半年前にウチのメールフォームに雛沢ももえを名乗るメールアドレスから、メールが届いていた事が分かった。

「え!?」


 武田の目が見開かれ、声がワントーン高くなった。浅川が一瞬谷地の方を向いたが、すぐまた目線を窓の外に戻す。


「用件は!?」

-それが……今日やってる「キューティー☆フレイル」のメモリアルイベントの共催の打診と、浅川の出演オファーだったんだ。

「雛沢さんが……?」

-タイタニアがこのイベントのオファーをかけて来たのは3ヶ月前だから、その更に3ヶ月前だな。雛沢さんが個人でイベントをやろうとしてウチに共催を持ちかけて来たのか、雛沢さんを騙ったただのイタズラなのか……。

「で、届いた時どうしたんですか?」

-文章は拙いわ添付資料はないわ具体的な情報は何一つないわ送信元は携帯ドメインだわってんで、その時にはマネージメント部判断でイタズラと断定して返信せずに放っておいたそうだ。まぁこの手のメールはイタズラも含めて毎日の様に色んな声優宛に途方もない数が来るからな。無理もない事だよ。警察が調べれば、本人の物だったのかイタズラだったのかも分かるだろうな。


 武田は話しながらも車の周囲に目を凝らす。車や自転車でイベントに来ていた暴徒オタクが、ここまで追って来ている可能性もなくはない。


「取り敢えず……この後、どうしましょう?状況が未だによく分からない以上、このまま現場に戻る訳にはいかないと思うんです。」

-まず、君ら2人の安全確認が取れた事を俺らから警察に伝える。恐らくその後、事情聴取があるだろう。2人ともソッチからはもう引き上げて、事務所に来てくれ。

「分かりました。」

-あと、事情聴取とウチらとの情報共有がひと段落したら、浅川と……あと君も念の為に医師の診察を受けてくれ。

「え?2人ともケガは大丈夫ですよ……?」


 武田はやや戸惑い気味に答えた。


-いや。怪我はないにしても目の前であんなモンを見せられたんだ。今は大丈夫でも、無自覚の心理的外傷を負ってる可能性がある。ウチらとしちゃ、君らのメンタルケアも大事なんだよ。


 言われてみれば確かにそうだ。武田だってさっきまではアドレナリンが出ていたからある程度冷静な判断が出来たものの、緊張が少し緩んだ今になってドッと汗が噴き出て、動悸が激しくなっていたりする。2人とも正気でいられているかは病院で診て貰わなければ分からない。

 ここは会社の厚情に甘えよう。


「分かりました。ありがとうございます。えーと、浅川と代わりますか?」

-うん、代わってくれ。ちょっと今後の流れを俺から浅川に説明したいから。


 浅川は後藤田との会話を主に「はい」「大丈夫です」「ええ」「分かりました」の四語で進めた。途中「えっと、保険証ですか?持ってきてます。」と言ったので、取り敢えずこの後医者に診てもらう事をちゃんと了承したらしい事は分かった。


「もう一回、武田君に代わります?あ、もういい?わかりました。じゃ、後ほど。」


 浅川は通話を終えて「ハイ」と携帯を武田に渡すと、「じゃ、降りよっか」と言って車のドアを開けた。


 …………恐ろしい程の落ち着きだ。


 武田は今日、ほんの数時間だが浅川と一緒に居て…実は彼女の事が少し怖くなった。

 16才で声優デビューした浅川は、恐らく長い芸歴の中で色々と嫌な物を目にしては来たのだろう。だが、この肝の座り方は、また別の理由である様にも思える。

 目の前で昔の共演者が他の共演者を半殺しにしたその10数分後に現場近くのコンビニで悠然とタバコを吹かせられる精神は、もはや達観や経験から来る不動心だの鋼のメンタルだのといった物とは本質的に違う物なんじゃなかろうか。むしろ感情中枢に何らかの欠損を抱えているというか、「心の闇」なんて軽薄な言葉では到底言い表せない、計り知れない何かを心の奥底に………


(いや、やめよう)


 武田はここでを思考を打ち切った。

 そんな事を勘繰って仮に何かを突き止めたとて、一体何になるというのだ。誰が幸せになれるというのだ。大体、今は自分だって正気じゃないかも知れないのだ。さっきまで陰惨な事件の現場にいたという興奮や高揚感のあまり、自分の思考が荒んでいたり気が触れていたりする可能性は十分ある。




 喫煙ルームからスッキリした表情で出て来た浅川は「タバコ切れちゃったから買って行っていい?」と、普段と何ら変わらないトーンで尋ねてきた。


「……分かりました。僕も一緒に行きます。」

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