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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第八章 雛沢ももえの狂宴
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8-6「ショーマストゴーオン!」

 配信停止ボタンを押そうとしたスタッフの腕を掴んで静止したのは配信チームのチーフ・畑中だった。


 畑中は呆気に取られたスタッフの胸ぐらを掴むと、顔の真ん中をぶん殴って鼻っ柱を折り、暴漢に押し入られたかの如く静まり返る他のスタッフ達に「止めるな」と至極落ち着いた口調で言った。

 社員達は遠からぬ将来必ず訪れるX-DAY=畑中が狂う日、がまさかこの時この場所で訪れるとは思わなかった。全員が全員、昨日までに辞表を出しておかなかった事を後悔した。


 テリー伊藤と片岡飛鳥とマッコイ斉藤を敬愛し、ハプニングとバイオレンスに溢れる昭和のバラエティショーに憧れ、にも関わらず興味もリスペクトもない25年前の気色悪い絵柄のオタクアニメのイベントの配信の仕切りなどというキャリアの足しにならないどころかむしろ蔑みの目で見られそうな仕事を任され、所詮アニメ芸者のクセにいっぱしのタレント気取りで放題わがまま放題のセーユー達とその取り巻き共によってもたらされたストレスは、畑中に危険な興奮をもたらしていた。


 これが俺が求めていたショーだ。

 ショーマストゴーオン!


「配信を続けろ!止めた奴は俺が殺す!」

 畑中はシャブの錠剤を水無しで飲み下し、声を裏返しながら叫んだ。



   ◆   ◆   ◆



 高校一年生の魚中トモシゲは、自室のPCを前に必死の形相で息を乱しながら、自らのポコチンをシゴいていた。


 ここ3ヶ月間、ウンともスンとも言わなかった自分のポコチンが、雛沢ももえがマイクを阿松幸子の目に突き立てた瞬間、電気が走ったかの様に屹立したのだ。刹那、思考が走るよりも先に本能が右手を股間に運び、ファスナーを開け、若さと活力と取り戻したポコチンを露出させ、上下運動を開始させていた。


 3ヶ月前、彼のポコチンが突如チン黙してしまったきっかけは応援していた女性声優の電撃結婚だった。トモシゲは祝福のコメントに溢れるTwitterのタイムラインを、落胆と絶望と憤怒が入り混じった泥の様な感情の海に沈み込みながら眺めた。


(ふざけんなよお前ら、何で祝福なんか出来るんだ。声優である以上、そいつには演じているキャラのイメージを守る義務があるんだ。だから恋愛なんかしちゃいけないし、結婚なんてもってのほかだ。声優も一人の人間だとか、彼女ももう36才なんだからとか、そんな事ぁ関係ねえ。プロとしてなってねえ。)


 アイツは「声優」から「ただのメス」へと堕した。

 そんなヤツに声優を名乗る資格はねえ。

 そして、そんな女の結婚を祝うヤツなんぞ、ファンでも何でもねえ。悪しき風潮を助長する害虫だ。


(………みんなまとめて駆逐してやる。)


 トモシゲは元々持っていた3つのTwitterアカウントを駆使し、その声優への誹謗中傷・罵詈雑言を触れて周り、彼女の結婚を祝福する書き込みに片っ端から噛みつき、喧嘩を売って回った。

 だが、現実はおろかネット上にさえ友達がおらず、対人コミュニケーション能力が皆無な上に、そもそも地頭が良くなく文章力も語彙も貧弱なトモシゲにレスバなど出来よう筈がない。当然、行く先行く先で弁えと良識のあるファンに論破・叱責され何も言い返せず、更にその中の数人から「運営に警告しておきましたよ。名誉毀損で訴状が届くでしょうから、対応を検討しておきなさい」と脅された。

 結局ベソをかきながら3つのアカウントを全て削除し、そこからきっちり三日三晩、不安で眠れぬ日々を過ごすハメになった。


 その三日三晩が明けた翌昼、トモシゲはポコチンを握って3日ぶりのオナニーに取り掛かった。

 が、AVを観ようがエロ漫画を観ようが秘蔵の同人誌コレクションを観ようが最終手段の中学時代の同級生女子のパンチラ盗撮写真(同級生のヤンキーカメラ部員から一枚5000円で買わされた物)を観ようが、トモシゲのポコチンは死にかけのナメクジの様にしなびままピクリともしなかった。初めは三日三晩の不眠が祟っての疲労のせいだと思ったが、そこから1ヶ月間、毎日どの様な刺激を与えても状況は変わらなかった。


 16年の人生の中で、これ程までに誰かの事を好きになり、恋焦がれた事などなかった。トモシゲはあの女声優から「愛」という感情を教えて貰ったのだ。当然、オナニーのオカズは彼女だった。否、彼女だけだった。ここ数年、彼の精巣で作られた精子は全て彼女の為に捧げられたのだ。

 いたいけでひたむきな純愛を無惨にも打ち砕かれた悲しみと、齢16にしてポコチンが使い物にならなくなってしまったかも知れない恐怖に、トモシゲは連日慟哭した。その涙が枯れた後のトモシゲは、学校にも行かず世俗から隔離された空間で希望も目標も失い、16歳にして早くも死ぬのを待つだけの生きる屍に成り果てていた。


 そんな彼の活力を突如呼び戻したのが、親のなけなしの年金をくすねてオンライン観覧チケットを購入した、トモシゲが生まれる前に放送された知る人ぞ知る浅川奈央のアニメデビュー作のメモリアルイベントで起きた惨劇であった。

 気苦労と諦めと妬み嫉みがくっきりと顔相に表れているケバ目の売れない声優ババアが、童顔ながらハッキリ年増とわかる貧相な元声優ババアに強烈な殺意と破壊衝動を叩き付けたシーンは、説明不能な強烈なエロスと社会の負け犬にのみ刺さるのであろうカタルシスに満ち満ちていて、トモシゲの目にはいたく官能的に映ったのである。


 トモシゲは、普遍的で平凡だった自分の性嗜好の開かずの扉をガーンと乱暴に蹴り開けられ、雛沢ももえが振り下ろした鉄槌が自分の受けた痛みや悲しみと同質の怨念を纏っていた事に気がついた。

 そうだ。あそこで起きた事は、本来なら俺がやるべきだった事なんだ。本当はあの女の○○に、俺の□□を……!トモシゲは目前の闇がパッと晴れた喜びに打ち震え、目を血走らせ涎を垂らしながら、一心不乱にポコチンをシゴいた。


(俺はもう迷わないぞ。このオナニーを終えたらハアハア俺を見下している奴ら全員に仕返しをしてやるんだハアハアまずは中学校3年間ハアちょっと可愛くてチヤホヤされてんのを鼻にかけて俺をゴミを見る様な目でねめつけて来やがったあの女子だハアン今まではアイツのパンチラ写真でヌくだけだったけどハアッフこの後すぐに犯りに行ってやるハアハアハアってアイツ、名前なんつったっけ……駄目だ、抜くのに手一杯で頭まわんねえンンアハアまぁいいや、アイツの住所の情報をオナ高の奴から買う為にまた母ちゃんの年金を箪笥の封筒から抜かねぇとハアハアこないだ抜いてフィギュア買っちゃったからハアハア今度はいつ頃ヤりゃいいかなッハア、なんせ母ちゃん最近パートの時間が不規則で……ウッ!)


 トモシゲはパートから帰宅し、疲労困憊で汗だくの母の顔を頭に思い浮かべながら果てた。



   ◆   ◆   ◆



 オンライン観覧者の中にこの惨劇の動画でシコった奴はトモシゲの他に3人いた。

 更にとし子のコメントを止めさせようとした阿松が目を突かれるシーンだけを切り取った数分ほどの動画があらゆるSNSで拡散されより多くの猟奇的性嗜好者の目に触れ、天文学的な数の精子を星に還した。


 事件発生から5分経った頃にはこの動画が幾つかの海外のポルノ動画サイトにアップロードされ、あどけない顔立ちのアジア人女性が悲惨な目に遭わされるシチュエーションが大好きな人間共のポコチンを(いき)り立たせた。「モモエ・ヒナサワ」「サチコ・アマツ」は奇妙な事に服を着たまま旬のポルノスターとなった。



 事件発生25分後にはアメリカに拠点を置くそのスジでは最大の権威を持つゴアポルノ専門フォーラムがその動画の存在を知る事となり、やけに画質の粗い切り抜き動画が評壇に登る事になった。


「犯人が何故この凶行に及んだかという理由がその前の加害者のスピーチによって説明され、ストーリーを類推できるのがイイね。短編映画の様で、実に完成度が高い。」

「どうにも出血が少ないのが不満だな。」

「刃物による刺突ではなく、先端が細い物による打突だからね。」

「しかしボイスアクターというのは、日本ではそんなに社会的地位が低いものなのかね?」

「マニアに持て囃されて人気者になる者はいるらしいが、所謂市井のムービースターやエンターテイナーなどとはまた違うね。」

「ええい、そんな事はどうでもいい!裸を見せろ裸を!」

「しかし、目潰しなんて極々ありふれたやり方はどうかと思うがね。」

「そうだね、独創性には欠ける。」

「いや、そうじゃない。この動画は衆人環視の下、登壇者が狂気に駆られて起こした行動である事に希少性があるのさ。」

「普段は根暗で大人しいジャパニーズだからこそ起こりえた、非常に偏執的な殺害事件だね。…何?被害者はまだ死んでいないのか?」

「被害者の生死については情報がないな」

「明らかに死んだと分かる死体の写真や映像が無いのは惜しいね。」

「しかし被害者の化粧っけのなさとあどけなさと、服装の野暮ったさは実にそそるぜ。彼女はミドルティーンかい?」

「41才だってさ。」

「何い!?ガッデム!騙しやがったな!12歳以下の女の屑肉動画が上がって来たら呼んでくれ。」


 会員制BBSには筋金入りのゴアポルノ有識者達による、常人には如何とも理解し難い評論が並んだ。

 が、その30分後。

 この動画の「その後」を映した10分ほどの動画が到着すると、有識者達はこぞって興奮し、称賛と歓喜の言葉を上げた。


「ワオ!グレイト!流石、お涙頂戴の為にヒロインを殺す様なアニメやゲームを平気で作る連中だぜ!」

「これだよ!乏しい資源と国力を情念と気骨で補って来た日本の真骨頂は!」

「今のジャパニーズが忘れた執念と気迫がここにある!」

「なんてこった……僕はこの動画に出会う為に生まれて来たのかもしれない。」

「普段世の中から虐げられている者のフラストレーションが一箇所に集まると、こうも邪悪な化学反応が起きるのか……!」

「そりゃあ、鬱屈とした毎日の中で世の中に対して復讐したいと思っているヤツはゴマンといるものな。」

「おい!死んだか!?」

「まだだよ(笑)慌てるなって」

「タレントのライブショーででこんな事件が、それも日本で起きるなんてな。」

「どんな荒んだ国でもこれほどゴキゲンな事件は起きないぜ。」

「何!?コレってライブショーで起きた事件なのかい?」

「てっきり記録映像が流出したものだとばかり思っていたよ。」

「違う違う。実際にリアルタイムでライブ配信された映像だ。だから、オンラインライブチケットを買った人間は皆この光景を目の当たりにしてるんだ。」

「ならば、何故事件が起きた後すぐに配信が止まらなかったんだ?現場のクルーやプラットフォーマーは何をしていた?」

「そこだよ。1番の功労者ははこの2人ではなく、事件が起きた後すぐに配信を止めず、しばらくこの映像を流し続けたヤツだと僕は思うね。コイツが一番クールでクレイジーだ。」

「しかしジャパニーズはポコチンが小さいなあ。」

「ホントホント。コレだけは見る度に興醒めするんだよ……」


 ここで、BBSにログインしていながら様子見をしていたある人物が、沈黙を破って発言した。

 ハンドルネーム『moemoe』。

 かつて日本のポップカルチャー界隈の極北で呪文や標語の様に用いられていたフレーズを二つ名に頂く、このフォーラムの幹事長である。


「諸君。私は今、猛烈に感動している。」

「世界の文化水準が上がり、人類の大多数が文化的で健全な生活と価値観を手に入れてしまったいま、私が理想とする貧しく卑しく醜い争いはこの地球から掻き消えてしまったのでは……そう思っていた。」

「私が渇望していた、人間が所詮動物でしかない事を証明する為の精神の貧しさと怪しさと醜さ………それは、意外な事に先進国たる日本にあったのだ。」

「諸君、今年の最優秀作品賞の最有力候補が生まれたぞ!あのミュージカルのクライマックスで歌われる『Seasons Of Love』の様な加害者のスピーチと、その直後に起きた惨たらしい惨劇のカタルシス。そしてその後被害者を襲った更なる蹂躙。今後バックストーリーが明らかになればこのシーンの官能性・猟奇性はより強まり、最優秀作品賞の受賞は確実なものになるだろう。ブラボー!サンクス、モモエ・ヒナサワ!コングラッチェレーション、サチコ・アマツ!XXX!XXXXXX!」


 幹事長は最大限の賛辞と日本語には翻訳困難な(恐らくは非常に口汚いスラング)言葉でHENTAIの国NIPPONの底抜けの変態性を改めて称賛し、「遥けき日出(ひいず)る国のHENTAI共に感謝と祝福を!」という能天気な号令で会員達と祝杯を挙げた。



   ◆   ◆   ◆



 畑中の股ぐらに顔を埋めさせられているメガネ社員の鼻の穴と口の端から黄ばんだ精液と血の混じった吐瀉物が吹き出した。配信ブースにいる他の社員は皆一様にガタガタと体を震わせながら、今ステージ上で起きている惨劇の配信体制を維持している。つい先程一人の社員がバックヤードのロビー目掛けて駆け出し、畑中に何処からか取り出した大型のサバイバルナイフで脇腹を切り裂かれ、赤黒くて脂っこい血とはらわたをはみ出させながら遁走して行った。余命30秒、といったところであった。


 度々呼吸を止めさせられた事で毛細血管が切れて真っ赤になった両目から涙を溢れさせながらメガネ社員が顔を上げると、いま自分にポコチンを咥えさせている社長が何かL字状の物体を上に掲げている事に気が付いた。

 それが何なのかは、天井の照明が逆光になってよく見えない。


「……何スかそれ……」


 朦朧とする意識をどうにか繋ぎ止めて目を凝らすと、そのL字状の物体のディテールと質感がどうにかしっかり見えて来た。

 拳銃であった。

 これまでもこの狂人社長から悪ふざけでモデルガンで撃たれたりポコチンをしゃぶらされたりした事は何度もあった。


 が、今社長が掲げている(ブツ)は、いつも社長が社員いじめに使っている見るからにオモチャと分かるプラスチック製のモデルガンとは明らかに質感が違う。

 見るからに常軌を逸した狂い方をしている今の社長に話が通じるだろうかという不安の解消を待たず、メガネ社員の口は反射的に頭に浮かんだ疑問を発した。


「何スかそれぇぇ!」


 次の瞬間、空気を何かが切り裂く様な乾いた音と共にメガネ社員の頭部の上半分が吹き飛んだ。鉛玉はそのままの勢いで床を跳ね返り、おびただしい勢いで痙攣するメガネ社員の脇を逸れて畑中のポコチンを貫いたのち骨盤を砕き、そこで止まった。


「おぬぅぅぅううぅぅぅぅ!?」


 畑中の異変を察した他の社員達は恐怖と安堵が入り混じった奇妙な形相で我先に逃げ出した。

 配信停止ボタンに指をかけようとする者は誰一人として居なかった。

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