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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第八章 雛沢ももえの狂宴
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8-5「殺人現場」

 殺人現場に居合わせたのはあの時が初めてだった。

 いや、あの時点でタナカはまだ死んではいなかったのだが。


 のちにとし子一人を残して皆刑務所・少年院・行方不明……と散り散りになる事で自然消滅したこの不良仲間の一団は、とし子とタナカを含む15〜18才の少年少女5人の集まりだった。


 夜中一時に一団を取り仕切るヤクザに呼び出されて出向いた工事現場に、ボロクズの様に転がっているタナカと呆然と突っ立っている他の仲間3人がいた。

 タナカはヤクザの私刑によって息も絶え絶えであった。何故タナカがこんな目に遭わされているのかは誰も尋かなかった。おおかたヤクザの持ち物……金だか女に手をつけようとしたのだろうと皆察した。


 このヤクザは頭も悪ければ腕っ節も弱かったが、弱者を痛ぶる拷問のバリエーションの豊かさに定評があった。人間の身体と尊厳を徹底的に破壊し尽くし、最後に殺すか廃人にしろ……そんなオーダーがあった時にのみ組に呼ばれ「お仕事」をこなすのだ。

 ヤクザはとし子達の一団が打ち負かした抗争相手を拷問の実験台に寄越す様要求して来る事がままあった。ヤクザの拷問に晒された奴はその後もれなく家族諸共消息不明になった。


 今日タナカが遭わされた私刑は目潰しだった。

 まず目に泥水を入れてまぶたを接着したのち、接着したまぶたを縦切りで切開し、再度露出した眼球をボコった警官から取り上げた特殊警棒の様な太い物からプラスドライバーの様な細い物まで様々な棒状の物でつつき、抉り、刺した。

 刺突切打とあらゆる攻撃にさらされた右の眼球は真っ赤に染まりもはやその機能を失っていたが、未だにそのカタチを留めてはいた。その間タナカは何度も嘔吐し、気絶し、失禁脱糞を繰り返し、その都度背中に乱雑に差し込まれた電極から流される電流で覚醒させられた。


「それではここでお待ちかね、目ん玉潰しゲ〜〜〜〜ム!」


 合コンでエロい宴会ゲームに興じるバカ大学生の様な至極楽しげな口調でヤクザが声を張り上げた。


「今からコイツの目ん玉、潰して貰いまっす。しぶとく潰れず残ってるコイツの目ん玉を完全に破裂させられたらゲームクリアーでっす。制限時間は3分。タイムオーバーになった場合は………」


 ヤクザは石にでもなったかの様に直立不動のまま動かない三人のガキの様子を、これまた至極楽しげに眺めた。


「……同じ目に遭って貰いまぁっす」


 ガキ共は声を上げる事なく「ヒッ」と息を呑んだ。三人が三人、全く同じ反応だった。声を上げた瞬間「うるせぇ、お前から目潰しの刑だ」と理不尽に通告される事が分かっているからだ。


「安沢、お前がやれ。はいよーいスタート。」


 ヤクザはとし子に心の準備をする暇を与える事なく首から下げたストップウォッチのボタンを押した。


 とし子は暗がりでもハッキリ分かる程に顔面蒼白になりながら、まずプラスドライバーを手に取った。が、既に血と脂で汚れていたので滑ってしまい、取り落とす。暗がりの中手探りでドライバーを探している内に30秒ほど経ってしまった。

 どうにか探し当てたドライバーを慌てて無造作に眼球に突き立てた。が、先端が眼球の表面でツルツル滑って刺さらず眼窩に入り込み、眼球を固定している繊維をブチブチと寸断した。


 タナカはもはや悲鳴も上げられず、弱々しく体をビクン、ビクンと震わせるだけだ。ヤクザが狂気の標的をガキ共に定めたのはこれが理由だった。タナカの反応が無くなってしまったので、代わりにガキ共を虐めて愉しもうという訳だ。


「案外難しいだろ?」


 ヤクザは全く以って場にそぐわない、柔らかく優しい声色でとし子に語りかけた。


「………はい!」

「そうだ。眼球って器官はなあ、存外頑丈なモンでなあ。」


 真夜中の工事現場に、肉を抉りこねくり回すグチュリグチュリという粘っこい音が響く。残ったガキ三人のうちの一人が慌てて口元を手で覆い、直後、大量のゲロを吐いた。


「だから、むやみやたらに突っついても潰れねえのよぉ」


 ゲロを吐いたガキを他の二人が殴りつけ、リンチし始めた。そうしなければ後で二人も連帯責任と因縁をつけられて痛い目・怖い目にに遭わされる。ボスの前での粗相は万死に値するのだ。


「残りいっぷーん」


 とし子の顔に浮かんだ絶望が一段深さと重さを増した。体感では10秒も経っていない様に思えたのに。


「ヒントが欲しいか?」

「欲しいですうううう!」


 とし子は脇目も振らずに懇願した。年端も行かない少女の半狂乱の懇願はヤクザの嗜虐心を幾許(いくばく)か満たしたらしく、上機嫌に言葉をつづけた。


「よし。あのな……コレが嘘みてえな話なんだがな。コツや道具の問題じゃなくて、気持ちなんだよ。根性と殺気だ。ブチ殺してやる、ブッ壊してやる、許せねえ、ヤってやる、死にさらせ、くたばれ、死ね、殺す。そういう気持ちを、どんだけ強くストレートにぶつけられるか、だ。」

「は、はいいい!」

「かつてのお仲間にそういう気持ちをどれだけ鋭くぶつけられるかだ。」

「はいいいいいい!」


「ヒントはそれだけだ。ヤってみろ。」



   ◆   ◆   ◆



「ッがあぁあぁあぁああああああああああああああ!」


 とし子は46年の人生で積りに積もったドス黒い情念をマイクに乗せて、阿松の右目に更に強く抉り込んだ。すると、マイクがその激情に呼応するかの様に更に一段深く眼窩に突き刺さり、水晶体を押し破った。

 マイクは更に破裂した眼球からドロリと溢れるゲル状の硝子体をかき分け、栄養失調で骨粗鬆症を起こしていた阿松の前頭骨を突き破り、そこで止まった。動脈が通っている訳ではないのでスプラッタ映画の様なおびただしい出血こそなかったが、それでも目から溢れ出した血と涙と水晶体が入り混じったピンク色の粘液が弱々しく飛び散り、返り血の様にとし子の白いワンピースを汚した。


 とし子が手を離すと、マイクの全体の三分の一ほどを右目に埋めた阿松は2〜3回ほど前後に揺れたのち、物々しい音を立て後頭部を打ち付けながら倒れた。マイクがゴトンと抜け落ち、空っぽになった眼窩から血やら脂やら視神経やら筋組織らしき肉片がのぞいた。


 声優の魂を、誇りを、感情を乗せる為のツールであるマイクを、この日、雛沢ももえは殺意を乗せて凶器として用いた。どんな手段を使っても、とし子は今目の前にいるこの女を否定し、蹂躙し、徹底的にその尊厳と肉体を破壊しなければならなかったのだ。


 かつて10代の自分を支配していた至極プリミティブな衝動が46才の自分の全身を冒していく感触に、とし子は震え、そして愉悦した。


 タイムコードは丁度、1時間55分を回ったところであった。

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