7-7「謎めいた少女」
「…………随分ガッツリ変わりましたね。」
「まぁ、想定内よ。これくらいの直しならどうにでもなるわ。」
「怒ってる人がいたり充てがわれたポジションを直前で出来ないって言い出す人がいたり……本当に大丈夫なんですかね、今日の現場。」
「そこら辺はみんな何とかするでしょ。まがりなりにもプロなんだから。」
だがこのドタバタを見る限り、どうも他の2人…赤波と雛沢のプロのとしての資質には首を傾げざるを得ない。
そもそもよく考えれば今日のイベントは演者4人のうちプロは実質3人で、うち1人は最近ほとんど仕事をしていないという非常にアンバランスな座組だ。しかももう1人はどうやらこの仕事に乗り気でないどころか、この業界そのものに敵意を持ってさえいる。何で出演を承諾したんだろう。
「そういや、このアニメで浅川さんが演ってたナナミって、どんな役なんですか?」
「ああ、観てなかったんだ?」
「すいません、資料でビジュアルだけはチェックしたんですけど、物語の内容は把握してなくて。なんかちっちゃい女の子ですよね?」
武田は恐縮して肩をすぼめた。
「そうそう。元々このキューティ☆フレイルって、滅亡直前の荒廃した世界が舞台なのね。」
「えっ、そうだったんですか!?この可愛い絵柄からは想像もつかないなあ……」
「このタイトルとビジュアルがもうミスリードだったのよ。で、世界を滅ぼす為に『激滅のヌヒ』っていう化け物が何処かからやって来るのよ、グロいのが。」
「ぬひ?」
「『ヤツ』に『オンナヘンに卑怯のヒ』で『奴婢』。大昔の奴隷階級の人達の事よ。」
「何か力が抜ける響きですねえ」
「当時コレ、言いにくかったのよ。あ、このエピソード、後でどっかで言おう。」
浅川が手元の進行台本に小さな字で『ヌヒ 発音しにくかった』と書き込んだ。
「で、何の変哲もない女の子3人が魔法少女として覚醒してその『激滅のヌヒ』と戦う訳。ナナミはそのツカイに襲われてる所を魔法少女達に助けられた無口な女の子なんだけど、事あるごとに意味ありげなセリフを言ったり、魔法少女のピンチを不思議な力で救ったり…何か謎めいた少女なのよ。」
「はい。」
「で、どうやらこの子が世界の崩壊を防ぐ為のキーになるっぽい……みたいな匂わせが、所々で出て来るの。」
「なるほど。」
「物語中盤からは『撃滅のヌヒ』の上位種の『潰滅のアルジ』ってのが出て来て、こいつらはもう最初からナナミを狙って襲って来る訳。ナナミを生かしておくと多分厄介な事になる、ってのが分かってるから。」
「それで、魔法少女はナナミを守りつつ世界を救う為に戦うんですね。」
「そうそう。」
作品未見の武田にも何となく雰囲気は掴めて来た。
「で、ナナミって結局何者なんですか?」
「それがねえ………」
「ん?」
「………分かんないまま終わっちゃったんだよねえ。」
「ええ!?」
武田は拍子抜けした様に口をすぼめた。
「今の話聞いて、色々訊きたい事が出て来たのに!」
「例えば?」
「ヌヒとかアルジって、どっからやって来たんですか?」
「分かんない」
「そいつらの親玉ってどんな奴なんですか?」
「分かんない」
「何の為に、どうやって世界を滅ぼすんですか?」
「分かんない」
「そもそも何でスタートの時点で世界が荒廃してるんですか?」
「分かんない」
「何の変哲もない女の子達を魔法少女に任命したのは誰なんですか?」
「分かんない」
「魔法少女達の家族とかは無事なんですか?」
「分かんない」
「そんな状況で軍隊や警察は何やってんですか?」
「分かんない」
「そもそも国とか政府とかってのは存続してるんですか?」
「分かんない」
「分かんない事だらけじゃないですか!」
武田が手で顔を覆うオーバーリアクションで苦笑した。若者らしからぬ、いささか古臭い所作であった。
「まぁ当時はこういう内容のアニメだの漫画だのドラマだの小説だのが流行りだったのよ。散々謎と伏線を張っといて、結局何にも回収しないまんま終わっちゃうっていう。」
「後はお客さんの方で想像して下さ〜い、って事ですか?」
「そうそう。あと、他の理由としては…ストーリーとか設定云々よりも合間合間のお色気シーンの方がクローズアップされちゃって、あんまり物語の内容が注目されなかったってのもあるね。」
「続編で明かされる予定だったんですかね、そこらへんの事も。」
「監督の頭の中には構想があったのかもね。ま、今日のイベントでは25年前に第二期の事は言っちゃいけないんだけどね。」
「えっ?そうでしたっけ?」
武田は慌てて資料を取り出し、「フリートーク中のNG条項」の項を見た。いわゆるこの手の番組で言ってはいけない事柄と並んで、確かに「達川監督の名前・話題」「第二期の制作が決定していた事」という文言がある。前者は言わずもがな、後者も「なぜ頓挫したのか」という流れになると当然監督の不祥事に触れなければならなくなるからだろう。
「ホントだ、見落としてた……」
雛沢ももえへの配慮でもあるのだろうかと武田は思ったが、それは口にせずにおいた。
「でもね、当時小耳に挟んだ設定があって。監督から聞いたんだけど。」
「お、何ですか?」
「ヌヒの正体。」
「おお、聞きたいですね。」
浅川は鼻から一回息を吐いた後、少し改まった様に話し始めた。
「『ヌヒ』は遠い昔、罪や悪事を重ねて罰された者の成れの果てなんだって。で、『アルジ』はその『ヌヒ』に罪を償わせる為に『ヌヒ』を使役してるんだってさ。」
「元は人間だったんですか?」
「それも分からないのよね。」
「ああ、そっか……」
この会話、この短い時間の間に何度の「分かんない」が飛び出したやら。
「じゃあ当時、浅川さんはヌシの事をどういう存在と解釈してナナミを演じてらっしゃったんですか?自分に襲いかかってくる敵だった訳でしょ?」
「そうね。んーと……」
浅川はここで何かを言い淀んだ。昔の事ゆえ思い出すのに時間がかかるのか、適切な表現を探す為に思考を巡らせているのか。
「人間どころか、そもそも生き物でさえないもの。」
「へ?」
「この世に漂うネガティブな『敵意』『悪意』『情動』。それが変異したり実体化したもの……って捉えてた。」
「へぇ。凄いなあ。16才でそこまで考えられるなんて。」
「うーん、というかね………。」
浅川はここで宙を仰いだ。そして、少し言葉を選んだ様子で言った。
「当時の私にとって一番怖かったのが、そういう物だったんだよね。」




