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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第七章 雛沢ももえの放蕩
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7-6「トクイテン?」

「……中々凄い雰囲気ですね。」


 武田は苦笑いしながら浅川に話しかけた。

 30分ほど待ち時間が出来るというので阿松はショッピングセンター内を散策すると言ってロビーから出て行き、雛沢は打ち合わせ室、赤波は楽屋という名の倉庫にいる。よってロビーには武田と浅川しかおらず、無論声の大きさは気をつけねばならないが、さっき迄よりは少し羽を伸ばして雑談が出来る。



 クロスナインプロモーション入社2年目の武田は、能天気でやや粗忽者ではあるが、明るく快活で溌剌とした人柄は現場ですこぶる評判がいい。

 武田にとって浅川は業界の大先輩であり事務所の大黒柱の一つである。若い頃から「天才」の二つ名を欲しいままにし、近年は業界の至宝の一玉とさえ称される彼女のプライベートは謎が多く人間性も掴みどころがない。そんな浅川との対話は、業界2年目の武田にとってはまだまだ緊張感がつきまとう。


「何が?」

「いやあ……25年ぶりの再会なのにみんな誰からも進んでコミニュケーションを取ろうともしないし、事前打ち合わせも必要最低限だったじゃないですか。」

「そうね。ちょっと変な空気かもね。」

「もうちょっと皆さんで積もり積もる話とかが有るモンだとばかり……」

「25年の間にあった出来事が、話したい事ばかりとは限らないでしょ。」


 言われてみればその通りだ。が、さりとて……である。


「そりゃそうですけど、でも…こういうモンなんですかね?」

「逆に、どういうモノを想像してた?」

「そりゃもうメモリアルイベントとかアニバーサリーイベントっつう位ですから、放映当時のことを懐かしみつつ、今日こうやってまた集まれた事をお祝いして……って、そういう空気なんだとばっかり思ってましたよ。実際、こないだあったソシャゲ(ソーシャルゲーム)の5周年記念イベントの現場はそんな感じでバックステージも和気あいあいとしてましたし。」

「そりゃソッチの演者さんがみんな若かったからじゃない?」

「いやいや、そういう事じゃないですよ!?」


 武田は浅川の自虐めいた冗談に少し慌てた。ジョークであると分かってはいても恐縮してしまう。何せ今目の前にいるのはキャリアこそ中堅ながら業界の至宝にして希代の天才・浅川奈央なのだ。


「今日はそういう感じとは違う?」

「少なくとも、この空間はそう感じます。」


 空気が悪い…などという単純でありがちな感覚ではない。

 この場にいる皆が皆、決して口にはしない思惑を胸に秘めていて、それらが澱んだ空気の中で交錯し、相反し合い、決して相容れない……という根深い心地悪さがある。


「浅川さんはどう思いました?」

「どうもこうも、まぁやるだけよ。空気の悪い現場なんてこれ迄幾らでもあったしね。」


 流石は浅川奈央だ。潜って来た修羅場の数が違う。


「今から開演までの間に状況を好転させるのは流石に難しいでしょ?じゃあ後はどれだけお客さんにそれを見せない様にするかって事だけを考えなきゃ。」

「……そうですね。」


 混乱気味の状況の中でも、しっかりとやるべき事を見据えられている。その対応力と度胸は、やはり一流の声優だ。


「誰かが疫病神だか貧乏神を連れてきてたりして、へへっ。」

「案外そうかもね。」

「…えっ?」


 ツッコまれておどける準備をしていた武田は、予想外の浅川の反応に少し狼狽えた。


「誰かが良くない空気や運気や人や物を呼び寄せてる……としたら、どうする?」

「えっ?」

「ホントの話」

「ちょっ……勘弁して下さいくださいよぉ。そんな事ってあります?」

「あるかもしれないよ?」


 浅川が声を落として言った。武田は背筋にわずかな震えを感じながら、この言葉を浅川が本気で言っているのか、本気で言っているかの様な「フリ」で自分をからかっているのか、少し悩んだ。


「じゃあ、質問を変えてみようか」

「えっ?」

「人が集まっている所で悪い事やおかしな事が立て続けに起きる状況って、どう生まれると思う?」

「ええっと、それは……その場にいる人達の不和っていう……まぁ考え方とか価値観の違いとか、予め予見は出来るけど根絶の難しい問題が原因である事が多い………気がします。」


 武田の答えはすぐに出た。

 何故なら今がまさに『人が集まっている所で悪い事やおかしな事が立て続けに起きている状況』だからだ。重大な問題に発展こそしていないが、今日この会場に入ってからというもの、ずっと小さな悪い事やおかしな事が起き続けている。


「ところがねえ……」

「?」

「さっき言った様な、特定の人や物がそういう事象や人物を『呼んでる』んじゃないか、ってる考え方もあってね。」

「オカルト的な話ですか?」

「そうね。武田君………特異点って言葉は知ってる?」

「トクイテン?」

「そう。」

「それって、確か……」


 その時、スタッフルームのドアが開き、中から若い男性スタッフが丸めた進行台本を持って出て来た。スタッフは忍び足で浅川と武田のそばに駆け寄ると、声をひそめて話し出した。


「……あのう、申し訳ありません赤波さん、少し宜しいでしょうか?」


 スタッフの顔にはくっきりと『不測の事態が起きた』と書いてある。浅川の顔付きが変わり、タレントスイッチがカチンと入った。


「はい、何でしょう。」

「実は進行台本で訂正箇所が……というより、進行そのものに大きな変更が入りまして。」

「えっ!?」


 目を丸くして驚く武田の傍らで、浅川は手早く進行台本とペンを取り出す。


「実は本番で雛沢さんがやる予定だった進行役を、浅川さんにお願いしたくてですね。」


 つまり、事前打ち合わせで渡されていた進行台本のセリフ割りがまるっきり変わるという事だ。


「直前で申し訳ありません。実はさっきから雛沢さんと打ち合わせをしてたんですけれど、やっぱり最近お仕事をしておられなかったからか、生配信の段取りとか機器の操作を覚えられない……と仰っていて。」

「えっ……?どういう事ですか……?」

「雛沢さん、どうも極端な機械音痴らしくて。イベントを進行しながら手元にタブレットを置いて、合間合間に視聴者からのコメントを読んで頂いたりするんですが、それがもうままならないと仰るんです。」

「それってそんな難しい操作じゃなくないですか?」

「その筈なんですけど……。それが、その……基本操作を説明してる内に癇癪を起こされてしまって。」


 武田はまるで理解出来ない、とばかりに首を捻った。そういう事なのであればもう少し前の段階で分かりそうなものだし、事前に対策も立てようがあったと思うのだが。そもそもオーダーされた仕事を直前で「出来ないから」と断るだけでも問題なのに、あまつさえ癇癪まで起こすというのは……プロの姿勢としてどうなのだろう。


「居るものね。機械アレルギーの人。それはもう仕方ないもの。」


 浅川は武田とは対照的に、いとも簡単に事態を飲み込んだ。不平不満を口にしたとてどうにもならない事を悟っている様だった。


「はい。浅川さん、こういった機器の扱いは大丈夫ですか?」

「うん。まあ、この手の生配信は何回か経験があるし、タイタニアさんのトコでもお世話になった事があるので。アプリの画面は……これ、前にタイタニアさんの別の番組の生配信で使ったのと同じヤツじゃない?」

「あ、触った事あります?」

「はい。ただ、所々記憶が曖昧だったりアップデートで仕様が変わってたりもするかもだから、もう一回イチから教えて頂けますか?ササッと教えて貰って感覚を思い出せれば、後はイケると思いますので。」

「もちろんです。あとは……台本の進行の順番というか、全体的な構成は変わりませんので。」

「つまり、台本上で雛沢さんのセリフやきっかけになってる部分が全部私になるのかな?」

「そうです。」


 浅川は会話を進めながら、手元の進行台本に手早く修正を加えていく。質問のまとめ方にも台本の書き込みの手捌きにも全く無駄がない。


「あと、席の配置も変わります。元々下手(しもて)のMC席に雛沢さんおひとりで、他のお三方は上手(かみて)にご着席頂く予定だったんですが、雛沢さんと浅川さんの位置が入れ替わります。あと参考までに……魔法少女役の御三方の席の配置も変わります。」

「照明さんとカメラさんは大丈夫ですか?」

「今両方ともスタンドイン(代役)を立たせて調整しています。シューティング(照明の調整)もカメリハも、余裕を持って終わらせます。」

「そう。スタッフさんらの段取りは大丈夫なのね。って事はカメラのスイッチとかのタイミングも台本通りでイケる、と。」

「そうです。」

「まぁそれならどうにかなるでしょ。幸い、台本通りに進行しなきゃいけないトコってそんなに多くないし、後はサブからのイヤモニとかカンペで指示を貰えれば対応出来る筈です。」

「はい。ありがとうございます。」


 スタッフは胸を撫で下ろした様子で、ホッと一息をついた。


『こんな事聞いてないわよ!』


 倉庫の方角から聞こえた怒号に、3人はビクッと身をすくめた。


『当初聞いてた配置を計算してメイクとかも整えて来たのに!』

「………赤波さんかな?」


 浅川が声をひそめて言った。

 15年以上舞台演劇の世界で生き抜いてきた自称一流舞台女優様の怒号は、本番が近くなり徐々に騒がしくなって来たバックステージの中でも実によく通る。


『全くとことんバカにして!これだからアニメの現場は……!』

 赤波の忌々しげな怒声が絶え間なく聞こえてくる。よくもスタミナが保つものだ。放っておけば後三時間くらいはこのテンションで怒り続けていられそうだ。


「……………すいません。」

「かまいませんよ。続けてください。」

 浅川は物腰柔らかく、スタッフに説明を続ける様促した。スタッフの顔に安堵と信頼の笑みがこぼれた。

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