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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第七章 雛沢ももえの放蕩
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7-4「跳ねっ返りで気が強くてちょっと気難しい娘」

 この日の出演者の中で一番早く会場入りした赤波真麻は予め用意されていた楽屋にマネージャー谷地と共にこもり、内側から鍵を閉めた。



 元々この会場は裏手にそれ程沢山個室がある訳ではなく、出演者全員分の楽屋が用意出来る程の余裕はない。にも関わらず赤波は事前の打ち合わせの中で「今の私は声優ではなく演劇女優なので、楽屋でいつものルーティーンをこなさないとベストなパフォーマンスが出せない」と言い放ち、無理やり個室を一つ自分の為に空けさせたのである。


「ホコリ臭っ!何これ……!」


 自分の為に作らせた楽屋に足を踏み入れた赤波は、開口一番文句を言った。


「元々ここは倉庫で、人間が待機する場所じゃないからねえ。」

「個室って言ったじゃない!」

「部屋には違いないでしょ?」

「倉庫を個室とは言わねえよ!普段スタッフが使ってる様な控室とかがあんだろうが!」

「そういう部屋は今日一日ここにカンヅメになるスタッフ達の荷物置き場兼控え室兼ミーティングルームになってるんだって。で、普段物置になってるところを無理言って空けてもらったんだよ」

「はぁ!?」

「まぁそこは仕方ないね。今もうスタッフさん達は準備にかかってるし、今更部屋どうこうでお手間を取らせる訳にもいかないしさ。」


 谷地の妙な物分かりの良さは自分の事を軽視している様で何とも腹立たしかった。マネージャーはタレントが心地よくパフォーマンス出来る環境を整えるのが仕事だろうが、何で今すぐイベントの運営に文句を言って、スタッフ共に詫びを入れさせてその部屋とやらを私の為に空けさせようとしないのか。こいつ、つくづく女優・赤波真麻のマネージャーとしての自覚が足りない。


「せめて予め掃除くらいさせときなさいよ、ノドに悪いじゃない。明後日またオーディションなのよ?」


 こんなどうでもいい仕事で体調を崩してしまっては堪らない。


「マスク着けたらいいじゃない。」

「肌が荒れたらどうすんのよ!……はあ。どうしようもない現場だわ、ホント。」


 どうしようもないのはこの現場のスタッフ共だけではない。谷地も、こんな仕事にゴーサインを出した事務所も、アタシを認めなかった演劇界隈の連中も……どいつもこいつも終わっている。


「当たり前っちゃ当たり前なんだけど、やっぱモニターとかもないんだね。」


 しっかりした劇場や多目的ホールに付きものの楽屋モニターは勿論ない。衣装も持ち込み、メイクも自前、姿見の鏡さえない。ありえない環境だ。もはやタレントパワーゼロの売れない演歌歌手や地下アイドルのドサ周りとやらされている事が何ら変わらない。


「ロビーの方にも舞台上が見えるモニターらしき物はなかったね。」

「こんな会場、今までなかったってぇの………!」


 そうだ。アタシは本来、こんなチンケな劇場……とさえ最早呼べないイベントホールに居ていいグレードの女優ではないのだ。ふざけるんじゃない。


「あんた、本番中どうすんのよ。」

「まあサブから見守るよ。そこに今日のPもいるしね。」

「チッ……」


 赤波は用意された小汚いパイプ椅子にいたく胸糞悪げに座ると谷地に紙とペンを用意させ、紙に『楽屋挨拶不要』と乱雑な字で書き殴り、谷地に手渡した。


「ドアに貼っといて」

「何これ?」

「クソみたいなスタッフとか他の声優共がこの部屋に寄り付かない様にすんのよ、鬱陶しいから。」

「え?スタッフさんとか共演者の皆さんに挨拶とかは?」

「何でアタシが行かなきゃいけないんだよ!」


 当然の事をまるで分かっていないダメマネージャーに思わず声が荒くなる。


「え?打ち合わせとかは?」

「本当に必要になったら呼びに来んだろ」

「昔の共演者の人達とコミュニケーション取ったりとかしなくていいの?」

「必要ないよ、あんなしょうもない連中。」


 何で女優のアタシが目下のアニメ芸者共と馴れ合わなきゃならないんだよ、アホらしい。だから事前に目を通す様に言われていた共演者の資料も全く見ていない。どうせ今日、この後数時間経過すれば永遠に必要なくなる情報だ。


 谷地がドアの外に張り紙を貼って戻って来たのを確認すると、赤波は自分のタブレットで「キューティ☆フレイル」の基本情報をまとめたwebページを眺めながら、この作品で演じたサーブルなるキャラクターの事をかつて封印した記憶の底からどうにか引っ張り出した。



 確かナナミという謎の少女を守護する3人の魔法少女だか戦士だかの片割れだ。オーディションではなく指名による配役だった。

 事前に受けた「戦闘能力は最強なんだけど、跳ねっ返りで気が強くてちょっと気難しい娘なんだ」という説明から「お前の事を言ってんだかんなこの野郎、大人しく俺様の言う事を聞けよこの勘違いバカが」という確かな敵意を感じた。本来、演者にとっては栄誉であるはず「当て書き」を、コイツらは当てつけの手段としてアタシにぶつけて来やがったのだ。

 全13話という決して長くはない話数の中でサーブルの言動や行動が事件の発端になるエピソードが幾つかあった為アンチも多く、アニメファンの間でのキャラ人気は決して芳しくなかった。



 赤波としても、思い入れも何もない。生活の為にこなした仕事であり、ギャラの為に演じた役…それ以上でもそれ以下でもない。

 にも関わらず、そんな仕事のありもしないエピソードトークや思い入れなぞをこの後語らなければならない。幼稚で低脳なオタク共を騙くらかす為に思ってもいない事をツラツラと並べ立てる位の事は造作もないが、その為に思考を割かなければならないのはやはり億劫で面倒で、それ自体が屈辱だった。


 これがもう少しグレードの高い女優ならお抱えの構成作家に質問から回答までを全編台本で用意させてイベンターに丸投げし「これ以上のやり取りは別にギャラが発生します」などと言えるのだが。というか、そこ迄の売れっ子になれていれば、最早こんなイベントになど出ずとも済むのだが。

 ああもうやっぱり、ウチの事務所はクソだ。

 そして、アタシの女優としての芽をバッシングで潰したオタク共も、未だにアタシを女優じゃなく声優扱いしやがるオタクビジネス畑の低脳共も、みんなまとめて掻き消えてしまえばいいのに。

 胃がキリキリして来た。


「谷地、クスリ」

「え?もうやめたんじゃないの!?」

「何勘違いしてんだよ、胃薬だっつってんだよ!」

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