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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第六章 雛沢ももえの憂愁
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6-8「やなこった、めんどくせえ。」

 とあるアニメの現場で繰り広げられた岸野プロデュースの三文芝居をきっかけに、魔法少女キューティ☆フレイル25周年記念イベント(仮)は由美を立案者としてまんまと正式決定した。

 責任者には岸野が就き、由美の働きの目覚ましさをしっかり捏造出来る様プロジェクトのコントロールを握った。


 が、由美の顔色は依然晴れなかった。

「………達成感がないの。これって結局、岸野さんの手柄だもの」

(何なんだお前は!)


 無能な割に仕事を果たしたという実感は欲しいらしい。かといって何か役職や仕事を与えれば、考えられないヘマをして周りの足を引っ張るのは目に見えている。

 コイツ、いつの間にこんな能力もないクセにプライドと意識だけがどんどん高くなる厄介なタイプの女になっちまったんだ。身辺にフェミニストのダチでもいて、よく分からん事を色々吹き込まれでもしたんだろうか。



 そして、この「魔法少女キューティ☆フレイル」なるアニメの御し難さたるや………である。

 元々曰く付きの作品である事は知っていたしその関連プロジェクトとあらばある程度の面倒も覚悟はしていたが、いざ実際にイベントの準備に取り掛かると事前の想像のゆうに三倍程の問題点と課題が眼前に積み上がり、その解消に忙殺された。


 まず、思いの外難航したのがキャスティングだった。

 とはいっても、その理由は売れっ子声優にありがちなスケジュールNGなどではない。どいつもこいつも人間性に問題があり過ぎるのだ。


 中堅実力派声優としてタイタニアレコーズ関連作品にも数多く出演している浅川奈央はアッサリとOKが出た。まあ、これはいい。


 が、近年めっきり名前を見かけなくなった雛沢ももえは初回の打ち合わせで顔を合わせたADに「このイベントは元々私が構想していた物で云々」と訳の分からない因縁を付けて来たのだそうだ。

 ADも仕事は出来るが短気な奴なので、イベント立ち上げの経緯を改めて説明した上で、以降の打ち合わせの要所要所に雛沢のコンプレックスを抉る様な無駄話を挟んだり直接的な表現でこそないが絶妙に雛沢に刺さる様な嫌味を交えたりして、雛沢の人格をズタズタに傷付けて鼻息荒く帰って来た。

 「アイツマジでヤバいっすよ!」と報告して来たADの、商品価値のないババアに理不尽な因縁を付けられた怒りと人の悪口を堂々と言える喜びが入り混じった顔を思い出す度に憂鬱な気分になった。


 引退した阿松幸子はオファーの第一報メールに「今はもう引退してつつがない生活を送っていますので」と断りの返事を入れて来た。

 が、このイベントは主要キャスト4人の揃い踏みが目玉なのだ。何が何でも来てくれなくては困ると思い切ってギャラを倍に増額し再オファーすると「お話だけでも……」と乗ってきた。

 その一週間後に行われた打ち合わせの場にやってきた阿松のみすぼらしい姿格好を、ADはわざわざ写真に撮って「こいつギャラの前払いを要求して来ましたよ!理由は大体添付の写真観て貰いや察しがつくと思いますけど、どうします?」と嬉々と岸野に送信して来た。

 添付されて来た写真の、もはや今生での幸せを一切合切諦めたかの様な表情の阿松の顔を思い出す度に憂鬱な気分になった。


 一番難儀だったのは現在声優業界から距離を置き、舞台での活動が中心になっている赤波真麻だった。

 コイツは初回の打ち合わせにADを行かせたところ「プロデューサーを連れて来い」とブチ切れた為、自分が直接対応をするハメになった。

 日を改めての打ち合わせの席上で赤波は席に着くが早いか、今自分が携わっている舞台演劇という仕事が如何に高尚で典雅な文化であるか、それに比べて声優という仕事が如何に矮小で未熟で幼稚で世間的に無価値かという講釈を垂れ始めた。仕方なく20分程好きな様に喋らせたのち話の流れをぶった切ってイベントの打ち合わせを強引に始めたのだが、その後も事あるごとに「それって私が○○で共演した□□君と……」「あれは私が△△へ行って□□から称賛された◇◇の……」と何とも返事のしようがない自分語りを挟み込んで来ようとするのには参った。

 常日頃コンプレックスや自己否定と戦っている人間が承認欲求を発露させた時独特の浅ましさが色濃く顕れていたあの時の赤波の顔を思い出す度に憂鬱な気分になった。


 浅川以外の3人はどいつもこいつも仕事でなければ絶対に関わり合いになりたくない人種であった。1人居るだけでも嫌な気分になる中年女が3人も集まるイベントなど、誰が進んで仕切りたがるものか。

 取り敢えず主要キャスト4人の揃い踏みは達成出来たが、今のところ期待や達成感よりも言い様の無い不安や懸念の方が大きい。



 懸念は他にもある。配信……というより、その担当チームのリーダーについてだ。


 配信は岸野の古い知り合いであるバンドマン崩れの畑中という男が率いる映像制作会社に外部委託する事になった。

 検討段階で気紛れに畑中の会社に見積もりを頼んだところ、格安の金額が提示されて来た為だ。


 畑中はかつては名うてのテレビプロデューサーだったのだが、下品で乱暴な作風のバラエティ番組しか作れなかったゆえ令和のテレビ業界で居場所を失い、今はCSやネット番組の編集をちまちまやっているのだという。

 格安だった理由を電話で尋ねると先方の担当が「お恥ずかしいハナシなんですがぁ、ウチちょっと社長がアレなんでぇ。お仕事のクオリティに波が出がちでしてぇ……だもんで、よそ様よりもちょっとお安めにやらせて貰ってるんですう。」と本当にお恥ずかしい事を臆面もなく言った。よもや映像屋にも「安かろう悪かろう」があろうとは。



 畑中は岸野が若い頃に金持ちの息子と仲良くなり、そいつの道楽でミュージシャン紛いの事をやっていた時に顔見知りになった。

 粗暴で貧乏で不潔でヤク中のクセして特別な才能がある訳でも無かったので音楽仲間からの評判は当然至極悪く、基本的には金持ちで育ちの良い岸野とは全く違う世界で生きている人間だったのだが、行く先行く先で何度か顔を合わせている内に懐かれてしまったのだ。


 友達の金持ち息子がミュージシャンごっこに飽きると畑中もプレイヤーから足を洗い裏方に回った。が、畑中は尚もミュージシャンの肩書きにしがみつき、ある日突然仲間達の前から姿を消した。

 借金で首が回らなくなった。

 ヤクザの女に手を出した。

 クスリで錯乱状態になって前後不覚のままくたばった。

 残された者達は好き勝手にその末路を予想し、面白がったり苦笑いを浮かべた。誰も心配などしなかった。

 その畑中がいつの間にやらテレビプロデューサーに転身し、幾つかのバラエティ番組をヒットさせ「お笑い界の若き皇帝」なる仰々しい二つ名で呼ばれ始めたのは、その約十年後の事である。



 もっとも、その栄耀栄華(えいようえいが)も今は昔。

 かつて粗暴で貧乏で不潔でヤク中のクセして特別な才能がある訳でも無かった男が、紆余曲折を経てしっかりとプロジェクトの一端を任せるに足る人間になったのか……岸野はその見極めの為、畑中の事務所に足を運んだ。


 打ち合わせの席上で久方ぶりに顔を合わせた畑中に、岸野は笑みを浮かべる事も再会を喜ぶ事もなく開口一番言った。


「クスリは辞めたのか?」


 約30年ぶりに会った畑中は勿論相応に老けてはいたが、あの頃と同じ目をしていた。

 良からぬ意味でギラギラとした、欲望に忠実で短絡的な人間性をそのまま顕した様な攻撃的な目つき。岸野の脳内に煌々(こうこう)と黄信号が点った。


「………何でそんな事を訊く」


 畑中は質問を質問で返し、岸野の質問に応えなかった。


「コンプラだよ。レコード会社の中にゃ毎週の様にドラックパーティーや乱行パーティーをやってる奴が大手を振って出歩いてる様なトコロもあるが、そこら辺ウチはお堅くてね。そういう人間が現場に出入りしてるとなると色々都合が悪いんだよ。」

「心配するな。仕事はやる。」


 畑中はまたも岸野の質問に答えない。

 まともな答えは聞けそうにないと判断し、岸野はここで一旦追及を諦めて畑中の傍にいた助手らしき若造の顔を注視した。左目にある青タンは100パーセント畑中に殴られて付いた物に違いなかった。暴力的な性格もあの頃のままとみえる。


 曲がりなりにもかつてはテレビマンのトップグループに居た人間だ、ヘマはすまい…という希望的観測は会ってものの三分ほどであっさり瓦解した。仕事中に錯乱されたり検問や職務質問に引っかかってそのまましょっ引かれたりというバッドエンドばかりが脳裏に浮かぶ。

 せめてイベントの終了までは大人しくしていて欲しい。恐らく日常的にパワハラや暴力に晒されている部下達にもイベントの終了迄は告発したりしないで欲しい。骨折くらいまでは我慢して欲しい。イベントが終わったらすぐに労働基準監督署に飛び込んで貰って構わないから。


(俺、何でこんなヤツと仕事してるんだろう……)


 本来もっと早く気付き解消すべき疑問を処理しきれないまま、この日岸野は畑中のオフィスを後にした。



 また、別の理由で慎重な対応が必要とされる問題も浮上した。

 監督が『フルーレ』と間違えて付けた、雛沢ももえ演じる主人公の名前『フレイル』についてだ。

 というのも、放送から年数が経過した2014年以降、医学や介護の現場で「加齢で心身が老い衰えた状態」を英語の「Frailtyフレイルティ」を起源にフレイルと呼称する様になったのだ。無論アニメの本放送はコチラが先であるから無関係な偶然の一致である事は明らかなのだが、言葉尻を捉えてのべつまくなしに騒ぎ立てるのが大好きな炎上職人や神経過敏な人権団体辺りから目を付けられた時の対策は考えておかねばならない。



 こうして由美を繋ぎ止める為の思い付きででっちあげたイベントは只々面倒で億劫で厄介な代物に膨張し、実現までに一年を要したのであった。


 そんな面倒尽くしのイベントのチケット50枚の抽選販売の競争率はとてつもない倍率となり、オンラインチケットの売り上げも事前の予想を大きく上回る数字を叩き出した。


 会社の人間からは「ケチらずにもうちょっと大きな会場ハコを押さえといた方が良かったんじゃないか」などと言われたが、元よりイベントを形にして由美を囲い込む事が目的だったので集客や売上の見積りは至極乱雑に算出され、経費についてはとにかく最低限にと削減に削減を重ねた結果、何処ぞのショッピングセンターの一角にある普段は講演会や市民フォーラムなどに使われているキャパ50程の小さなホールが会場に選定されたというのが真相であった。

 下見に行った音響・撮影・配信のクルー達からは会場規模や間取り的に無理があると文句が噴出したが、この時期から由美の心の離れ具合がより深刻になり岸野もヤケになっていたので「やれ」とのみ回答し、以降は無視で乗り切った。


 事前の動員の好調に気を良くしたタイタニアレコーズの上層部はここに来て予算の上乗せを決定し、使い道はプロデューサーの岸野に一任すると伝えてきた。

 岸野にしたら、そんな事は吉報でも何でもない。こんなロリコン御用達アニメにこれ程のファンがいたのだというおぞましい事実が数字として出ただけだ。そんな事よりもこのイベントの実現を機に由美の心が自分からさらに離れてしまった事の方が余程重大だ。


 今更追加予算の使い道など思いつかない。

-イベント内容の充実?

-配信サーバーの増強?

-ゲストの追加?

………やなこった、めんどくせえ。



 岸野以外の人間の全くあずかり知らないところで全然別のアニメの制作会社の下っ端女にその成否を翻弄された「魔法少女キューティ☆フレイル25周年記念イベント(仮)」は、数あまたのゴタゴタと不安材料を抱えたままどうにか開催の日を迎えた。

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