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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第七章 雛沢ももえの放蕩
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7-1「若い連中のオタク趣味なんて所詮紛いモンですよ!」

 202X年某月某日、日曜日。


 この日、多くの買い物客や家族連れで賑わっていた都内某所の大型商業施設に突如現れた中高年男性オタクの集団は、これから行われるスーパープレミアムイベントを生で観覧出来る喜びと興奮を皆で分かち合っていた。


 どいつもこいつもやけに古臭い絵柄のアニメの絵がプリントされたビニール袋や紙袋を抱え、満面の笑みだ。異様なオーラと臭気に他の客が奇異の目を向けようが、誰一人として意に介する様子はない。そばを通りかかった親子連れの母親が反射的にオタク共から我が娘を庇う様に抱きかかえ、足早に走り去った。



「おぉぉ!それは当時アニショップから出てたTシャツじゃないですかぁぁぁ!」

 メガネにバーコードハゲのオタクAが、横にいるオタクの来ているピッチピチのTシャツを指差して常識外れな音量の歓声を上げた。友人も家族もおらず四十路半ばにして孤独死する未来が確定しているAは当然話し相手もいないので、たまにこうして人と話すと声のボリュームがバカになるのだ。



「ぶふふ……当時品なんす、コレ……ぶふふ……」

 嬉しそうにそう答えたデブのオタクBは500ミリペットのコーラをカバンから取り出して一気飲みし、満足げにゲップした。初恋の相手だったナナミがプリントされた薄手の年代ものTシャツはからは真っ黒な乳首がくっきり透けている。中学生の頃から一日3リットルのコーラを欠かさず飲む生活をしていたら三十路半ばにして早くも顔に死相が出る様になったが、いざ実際くたばったとてその死を悼んでくれる人間は居そうにない。



「ソチラのあなたァ、今鞄に付けているのは通信販売限定でアレしてたアレじゃないですかァ。現物初めてアレしましたよォ。激アツじゃないですかァ。」

「そうコレね、受付期間が3日しか無かったマジのアレでね、ほんで、ほんとね、当時アレ出来たのは本当にアレだったと思うっすねェ。」

「何でそんなアレ出来る期間が短かったんでしたっけ?」

「だってホラ……あの…何だ…」

「んーと……あ、そうだ。確か受付開始3日後に監督がアレしちゃったからだ。」

 オタク青年からオタクおじさんにシフトし記憶力も語彙力も年相応に衰えたオタクC&Dは二人とも稼ぎと日頃の生活の全てをオタ活に注ぎ込んでしまう破滅型のオタクだ。当然仕事にも人間関係にも支障が出て真っ当な社会生活など送れず、社会人になってからの30年間収入も生活レベルも全く上がっていない。恐らく今後数年の間に長年の不摂生が祟って体が動かなくなり、そこで初めて非生産的な趣味に莫大な金と時間を費やした事を後悔するだろう。



「あれぇ?ねえ!オタクも今日、イベントでしょう?ねえったら!」

「…………」

 声がデカいオタクAの無遠慮で無神経な呼び掛けに不機嫌そうに振り返ったオタクEは放送当時中学一年生で不登校真っ只中だったが、魔法少女達のポジティブなメッセージで立ち直ったりといった事も特になく、以来25年間ずっと自宅に引きこもって毎日エペをオカズに抜くという生活をしている。無論途中色んなアニメやゲームのヒロインに目移りしたが、やはりエペが一番抜ける。25年前から現在に至る迄、日本で一番エペで抜いた男は自分だという自負さえある。間違いない。

 実は一週間前に「アンタいつまでそんなアニメの女に熱上げてんの!」と25年のニート生活を咎め立て……否、エペとの蜜月を邪魔立てして来た母親をうっかり刺し殺してしまった。遺体は今も冷蔵庫に押し込んだままだ。恐らく近々の内に冷血警察が自分とエペの仲を引き裂き、歪んだ社会の犠牲者である筈の自分をあっという間に悪者に仕立て上げて死刑にしてしまうだろう。今日のイベントは人生最後にして最高の晩餐なのだ、臭くてキモい男オタクなどと会話していられるか。


 クラスメイトからイジめられた時も、

 都内で一番バカな高校に落ちた時も、

 父親が「オマエは失敗作だ!失敗作を生んだ役立たずにも用はない!」と自分と母親をまとめて捨てた時も、

 デパートで女性用下着を万引きしてそのままそれをオカズに店内のトイレで抜いて個室から出た瞬間店員に組み敷かれた時も、

 車に撥ねられた上に降りてきたチンピラから車体の凹みの修理代を請求され払えませんと言った途端に股間を蹴られてその後生死の境を3日間彷徨い意識を取り戻した瞬間傍にいた看護師に「あーあ金になんねぇバカが目ぇ覚ましちゃったよめんどくせぇからそのまま死んどけよ」と言い放たれた時も………


 エペは、エペだけは俺の味方でいてくれたのだ。


 今日初めて会える人生最初で最後にして最高の理解者、エペ……阿松幸子と同じ空気を味わった甘い思い出だけを胸に俺は絞首台に上がるのだ。邪魔をするな、ゴミ共。




 抽選によりイベント会場への入場券を手にした選ばれし50人はまるでその一団だけが25年前からタイムスリップして来たかの様に、エキセントリックな存在感を放っていた。

 メガネ・ネルシャツ・デニム・アニメ柄のシャツ・ウエストポーチ・リュック・ガチャベルト・バンダナ……と、皆同じ呪いに罹ったかの様に似た格好の者ばかりである。


 2000代以降、オタク趣味のカジュアル化により出現した「オシャレなオタク」「リア充オタク」「ファッションオタク」の様な軟弱者など、この一団の中にはいない。

 いずれもかつて日本の被差別者層で泥水を啜りながら嵐の様な屈辱と迫害に耐え抜き、「ロリコンアニメだぁい好き!」という初志を貫徹した古兵(ふるつわもの)揃いである。しいて25年前と違う点を挙げるとすれば、ハゲ・白髪・中年メタボの比率が増え、全体的に活力が減退している事か。持病持ちの奴も居るらしく、あちこちからしきりに耳障りな咳払いや手鼻をかむ音がきこえる。


「我々からしたら若い連中のオタク趣味なんて所詮紛いモンですよ!」

「そうだそうだ!オタクってのは趣味じゃない!生き様なんだよ!」


 50人の内の誰かが上機嫌に声を上げた。どうやら酷く泥酔している奴がいるらしい。

 オタク共はどいつもこいつも常日頃の抑圧から解き放たれたかの様に饒舌でやかましく、そしてTPOを弁えられずいたく近所迷惑であった。


 25年前、「魔法少女キューティ☆フレイル」が一定数のアニメファンに夢と勇気を与えていた事は紛れもない事実であろう。


 但し、彼らがその後立派な大人になれたのか……即ち、この作品がオタク共に与えた活力がキッチリと健全な形で結実したのかと云われればどうもそうとばかりも言えない現実を、今この場にいる30人は体現していた。

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