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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第六章 雛沢ももえの憂愁
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6-7「三文芝居」

 タイタニアレコーズアニメレーベルのプロデューサー・【岸野】は会社の会議室でひとり、とうにぬくくなってしまった冷却シートを苛まれているストレスを引き剥がすかの様におでこから剥がし、忌々しげにゴミ箱に投げ込んだ。丸まった冷却シートが金属製のゴミ箱の内壁に当たり、ゴトンと気の滅入る音を立てた。


 愛人の由美から連絡が返って来ない。


 由美はとあるアニメの制作会社の社員で、3年前の飲み会で出会いプロデューサーの肩書きをチラつかせて今の関係になった。ルックスは中の中だが、明るく愛想が良く何より貞操観念が緩いのがいい。

 家庭の空気はもういつからかさえ思い出せない程随分前から冷え切っていて、妻はここ数年「こうなったらお前から離婚切り出させて慰謝料ガッポリふんだくってやっかんな覚えとけよコラ」という攻撃的な空気を醸し出す様になった。一体誰に入れ知恵されたのだろう。

 だからこそ、正妻にしてだの奥さんと別れてだのとしょうもない事を言わない由美のいい加減さは岸野にとっても好都合であった。


 そんな2人の関係性に変化が訪れたのは1年前であった。

 由美が突然「アタシ、そろそろちゃんとしていこうと思うの。もう25だから。」などと言い出したのだ。


(何を言ってるんだ!ちゃんとしてない事がお前の取り柄なのに!)


 岸野は動揺を悟られぬ様、平静を装い由美の話に耳を傾けた。


「このまんまだとアタシ、何も出来ない奴のまんまトシを取っちゃうでしょ。だけど、今更どうやって会社で実績を作っていったらいいかサッパリ分かんないんだ。ウチの主任は他のヒトの話は聞くのにアタシの話だけ聞いてくれないし、同じ部署の人達からも何でか分かんないけど嫌われてて……」


 岸野は「そりゃそうだよ」というセリフをどうにか喉の奥に押し込めながら、由美の泣き言に機械的に相槌を打った。

 主任が由美を敬遠しているのは主任の直属の上司にあたるのが他ならぬ岸野であるからだ。そして由美が同僚から嫌われているのは、シンプルに頭が悪くて空気が読めなくて仕事が出来ないからだ。


 残念ながら、由美という人間のイチ社会人としての労働力は桁外れに低い。今のところの数少ない取り柄である「若さ」を失い岸野の下から放逐されてしまったら、あっという間に社会から淘汰されてしまうだろう。


 由美はそんな自分の危うさに、愚かにも気付いてしまった。せめて自分にに飼われている内だけはお人形さんのままで居ればもう少し楽に生きられたというのに。自我など芽生えさえしなければ、お人形さんのままでいてくれれば、心を病む事などなかったのだ。ある程度歳を重ねた社会人としての極々真っ当な成熟が、由美を苦しめていた。


「うーん…そんじゃ、手っ取り早く手柄が必要なんだな?」

「手柄っていうか……まあ、うん。」

「確か…お前今、どっかのアニメの制作進行補佐か何かやってなかったか?」

「うん。でも、何も出来なくって仕事させて貰えない」

「収録現場に行く事はあるか?」

「あるけど……。」


 岸野は由美が今携わっているアニメのレギュラーキャストの顔ぶれを手早く調べた。更にそこから10分ほどかけてその中の数人の経歴を辿っていき目を付けたのが、この番組のレギュラーの一人で今年でデビュー25周年を迎える浅川奈央だった。 

 中堅の実力派として業界から信頼と尊敬を集めている浅川だが、積極的に自己発信を行っていくタイプではなく、SNSをやっている訳でもなければラジオやwebで冠番組を持ってもいない、典型的な黒子型の声優である。この浅川のデビュー作が、奇しくも現在タイタニアレコーズ社内でリマスターBD(ブルーレイ)の発売計画が進んでいる「魔法少女キューティー☆フレイル」であった。


「……由美、次にその現場に行くのはいつだ?」

「来週の木曜日だよ。他の現場での用事を言いつけられなければ、だけど。」

「そうか。………よし。」


 岸野の脳内で、いくつかの点が線で繋がった。


「…………ひと芝居打つぞ。」

「へ?」

「今度、俺も陣中見舞いの体でそこに行く。そこで、俺が浅川奈央に『今年でデビュー25周年だね』って声をかけるから、お前はそのタイミングでこのデビュー作の『キューティ☆フレイル』のイベントをやれば良いんじゃないか、って提案しろ。」

「ええ?アタシ、そんなアニメ知らないよう……。アタシが生まれるか生まれないか位の頃のアニメでしょ?」


 由美は実績作りの手伝いをしてやろうという岸野の提案を、何とも怠惰な理由で渋る。

 そういうトコだぞ、お前。


「事前に知識を入れていきゃいいだろうが。そしたら立案者欄にお前の名前を書いて俺が企画を出して、後は何が何でも実現まで持って行ってやる。曲がりなりにもカルト的な人気があったロリコン御用達アニメだからな。企画はすんなり通る筈だ。」

「でも、そんなマニアックなアニメのイベントにお客さんなんか集まるの?」

「いいか。このアニメは放送が終わった後監督が淫行で逮捕されて、そこからずっと封印作品扱いだったんだ。配信もされてない。で、ようやっと今回BDボックスの発売で観られる様になるんだ。作品そのものの希少価値は高い。」


 岸野は鼻息荒く言った。が、由美にはどうもそのキューティ何とかというアニメの希少価値が理解出来ない。とはいえ、これ以上説明されたとて理解出来る自信もない。


「それに、主要キャストは浅田以外みんなアニメの現場から遠のいてる。1人は引退してるし、1人は舞台が中心だ。もう1人は…何やってんだっけな、今?……まあいいや。だからこいつらの4ショットもレアなモンになる筈だ。」

「そっか。」

「ここはセールスポイントになるからな。現場で俺と一芝居打つ時に、事前にしっかり覚えてお前の口から言え。」

「でもそれって、4人の内1人でも欠けちゃったら成立しないでしょ?引退してる人もいるんなら難しくない?」


 由美にしては中々真っ当な提案だ。

 が、故に岸野には小癪に聞こえた。


「俺が集めさせる。何としても。」

 岸野は目を血走らせながら言った。

「俺を誰だと思ってるんだ。」

 先走り気味の岸野に由美は明らかに引いていた。が、何が余計な事を言って機嫌を損ねてもつまらないので沈黙を通した。

 それを岸野は同意・肯定と捉えたらしく、満足げにタバコに火を付けて「もう少し箔が付いたら、お前を俺のお付きの秘書として引き抜いてやる。そうすれば、今のつまんない会社ともオサラバ出来るだろ」と(うそぶ)き、デスクの引き出しを開けてコンドームを取り出した。


「よし、前祝いだ。脱げ!」

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