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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第1章 雛沢ももえの誕生
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1ー4「お前、今度俺がやるアニメに出ろ。」

 翌週水曜日、都内の某多目的ホール。

「今日は…僕の古い知人の…アニメ監督さんが視察に来て下さいます…達川さんという人です……もしかすると…チャンスかもしれないので、皆さん頑張りましょう………」

 遠藤は急遽招集した劇団員達を前に、本来なら明るくおめでたく喜ばしい筈の事を、暗く忌まわしく晴れがましさのかけらもない口ぶりで団員達に告げた。願わくば、そんな事など永遠に起きないで欲しいと言わんばかりに。

 自ら指定した18時から小一時間ほど遅れて全身から酒の匂いを漂わせながら稽古場に現れた達川は、遅刻を詫びもせず開口一番「一人五千円でいいぞ!」と怒鳴った。特別講義の授業料、という事らしい。遠藤は困惑する団員達に「ほんとゴメン、マジすまん」と到底50才とは思えない軽薄な言葉を、結局クビになってしまったバイトを次にどうやって見つけようかと思案しながら心ここに在らずの面持ちで吐いた。

 この日はとし子を含め男女合わせて9人の団員が居たが、うち男2人が「今月金ないんで……」と参加を辞退し、女1人が「もう付いていけません!辞めさせて貰います!」と堪忍袋の緒が切れたとばかりに退団を宣言して稽古場から出ていった。その間、遠藤は「俺も不本意なんだよう、ごめんよう」と不義理を愛嬌で帳消しにしようとする大人独特の不明瞭な笑みを浮かべながら沈黙していた。とし子はというと前日にチンピラ仲間と共謀しての美人局が上手くいって懐が温かかったのでアッサリと支払った。いつもやる気のないとし子がこの異常な特別講義に参加の意思を示した事に他の団員は大層驚いた。

 その後達川は缶ビールをチビチビやりながら、有象無象の団員達の芝居を退屈そうに眺め、時折眠気まなこをこすりながらフワフワした口調でダメ出しをした。達川が出すダメ出しは少しめざといテレビドラマウォッチャーなぞなら誰にでも出来そうなレベルの物で、団員達は皆すぐに達川のセンスと素性を訝しんだ。

(こんなモン、ドコをどうしたら仕事に繋がるんだ……?)

(コイツ、本当に業界人なのか………?)

(つうか、酒臭え……こんなんで芝居なんかマトモに見られんのかよ………?)

 団員達の疑問と困惑をよそに、達川は「ハイ今日はもう終わり!」と声を上げ、本来の時間よりも20分も早く一方的にレッスンの終了を宣言した。

 ボッタクリを通り越して最早カツアゲにも等しい「特別講義」に、団員全員がこの後どうやって遠藤を吊るし上げようかと思案していると、唐突に達川がひとりの女の団員を指差して言った。


「んー………………あのさ。」

 少しの緊張と倦怠感が交錯する奇妙な沈黙が2秒ほど生まれた。

「お前、今度俺がやるアニメに出ろ。」

「は、はい!ありがとうございます!頑張ります!」


 指を差され、力強く返事をしたのは………安沢とし子だった。

 講義の最中、ずーっと気だるげにしていた腐れ無気力ビッチに突如降って沸いた無欲の勝利に、稽古場の空気がザワッと殺気立った。

(このボンクラ親父、本当にアニメ監督だったのかよ!)

 瞬く間にとし子以外の5人の団員の顔が驚嘆と憎悪に染まった。当然、祝福の笑顔を浮かべている奴など1人もいない。そもそもここの団員の中に、他の団員の事を仲間だなどと考えている奴などこれまた1人もいない。


 誰かにヨソの大きな劇団での客演の話が来たなら。

 誰かにドラマやCMへの出演がオーディションの話が来たなら。

 誰かが何処ぞの芸能事務所への所属を決めたなら。


 これらは立派な敵視と排斥の理由になるのである。

 だが、団員共の嫉妬と憎悪に塗れた視線が総身に突き刺さる感触にとし子は震え、性的興奮さえ覚えて少し濡れた。

 ざまあみろ。

 お前らは延々と公民館だの市民ホールだので金にもならないお遊戯会に興じてろ。

 私は陽の当たる世界に行くんだ。

 キモくて臭くてしょうもないオタクに応援されるのはゾッとしないが、未来永劫誰からも応援される事のないお前らの人生と比べりゃナンボかマシだ。


 達川レッスンからの帰り道、6人の団員達はとし子1人とそれ以外の5人にバッサリ分かれた。5人は各々思い思いの顔で、突然スターダムへの切符を手に入れたとし子を呪わしく睨め付けた。

 負け犬共のせめてもの抵抗は何とも卑小で滑稽であった。

 とし子は5匹の負け犬共の足元にニヤつきながら唾を吐き掛け、背を向けて颯爽と歩き出した。5つの怨嗟に塗れた顔に一瞬怯えが混じる。

 アイツらは今後も東京の片田舎のそのまた片隅の底辺を這いずりながら、老人ホームのジジババや奇声を上げて走り回りろくに話なんぞ聞きやしないクソガキの相手をして一生を終える選択をしたのだ。勝手にしろ。

 とし子は背後に居る、雑音を垂れ流すだけのしょーもない肉の塊どもを記憶の中から消去した。今後金輪際関わる事のない、無価値な存在として。

「死ねーっ!クソボケーっ!」

 負け犬の内の一人の如何にも負け犬らしい捨て台詞が、夏の夜べに空寒くこだました。

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