1ー3「日本という国は何と不平等で救いがないのだろう。」
高校生活の3年間を虐められながら過ごした遠藤は、そんな自分を変えたいと20才の頃にアマチュアの演劇サークルを立ち上げていた。
ミニコミ誌で集った同好の士は「プロの世界に飛び込む勇気はないけどお芝居ごっこはやってみたい」という怠惰で自堕落な若者や「最近テレビドラマ見てたらみんな退屈な芝居ばっかしよるでしょ。あれくらいなら私も出来ると思うんですわ。」と俳優業をナメにナメているジジババなどといった片田舎の掃き溜めの住人の見本の様な奴らばかりだったが、どうにかこれらの難物共をなだめてスカして引っ張って100万円程の借金をこさえつつ旗揚げ公演を敢行したところ、何と市の文化コンクールの奨励賞を受賞してしまった。賞金も商品も出ず、貰えた物といえば薄っぺらい賞状一枚のみというしみったれた賞だったが、それでも幼少期より無数の人格否定と迫害に晒されて来た遠藤にとっては、身に余る、かけがえのない、そして……唯一の成功体験だった。
「かつての自分の様に、イジメに遭っている子供達に夢や勇気や元気を与えたい!」
それが大人になった今の遠藤の生き甲斐である。その一心で、決して金にはならないアマチュア劇団を借金を雪だるま式に膨らませながら運営し、公民館や児童会館でボランティア公演を行なっているのだ。
そんな遠藤の身の上話を、達川はタバコに火をつけながら半笑いで聞いた。その表情は労いや慈しみではなく、30年近く前の安っぽい思い出に縋り付く初老男への嘲りに満ちていた。
「へぇ、奇遇だな。」
「はあ。」
「俺も今、アニメの監督やってんだよ。」
「そうですかぁ……………え!?」
遠藤は耳を疑った。
「ガキとオタクから金を巻き上げる愉快な仕事だ。へへっ。」
(こんな人格破綻者が…子供達に夢を与える、アニメの制作者…!?)
「流石に映画監督だの芸能界のプロデューサー様みたく大女優やモデルを愛人に囲ったりは出来ねえが、売れる為にゃ手段を選ばなかったり押しに弱くて事務所にも守って貰えない声優ぐらいなら余裕で喰えるぜ。」
かつて自分の事をあれ程までに苛烈に虐げた達川がこうしてまた自分の前に現れ、真摯に舞台と向き合いながら苦しい貧乏生活をしている自分に自分の何倍もの金を稼いでいる現実を突きつけ、尊厳を蹴りつけに掛かって来るなんて。
日本という国は何と不平等で救いがないのだろう。
「しっかし、お前んとこの劇団の若いのはお前の何をそんなに尊敬して付いて来てんだ?ホント訳わかんねえなぁ、場末の劇団員って連中は。」
達川は矢継ぎ早に言葉を紡いで遠藤のプライドを容赦なく踏み躙りにかかった。遠藤の人生が、夢が、希望が、生きる糧が……全てが、突如現れた下品で粗野な酔っ払いによって徹底的に否定され、破壊されていく。
「お前みたいなのに付いて来る様な盲目バカ共のツラをちょっと拝んでみたくなってきたな。」
どうやら達川は酒を飲んでいて言葉のパッキンがバカになっている訳ではない様だった。恐らくシラフでも同じ事を言っていただろう。
「稽古つけに行ってやるよ。来週水曜18時な。稽古場はどこだ?」
「はぁ!?」
「はぁ、じゃねぇよお前。いい年コいて目上のモンへの口の利き方も知らねえのかよ。」
達川は高校の先輩の遠藤を明確に目下扱いした。
「す、すいません。でも……」
達川の恐ろしい提案に、遠藤は一際色濃い狼狽と困惑の表情を浮かべて沈黙した。勿論常設の稽古場なんぞ持っていないので稽古はどこぞの多目的ホールやアトリエなどをお金を払って借りなければならないが、そんな急に場所を押さえろと言われても金もなければバイトも休めないので困る。が、これ以上好き勝手に痛いところを突かれると年甲斐もなく泣いてしまいそうで何も言えない。
遠藤はさらにそのまま数秒黙り込み、この酔っ払いが気まぐれに「嘘だよバーーーカ!」と笑い飛ばしてくれる様願った。学生の頃、達川は遠藤を恫喝したり脅迫したりした後に「嘘だよバーーーカ!」と言って、怯え切った遠藤の情けない顔を指をさして嘲笑うという遊びをよくやっていたのだ。
「……………ああ?何つった?聞こえねえよバカが!」
遠藤は一言も発していないのに、酔っ払って勝手に幻聴を聴いた達川に思いっきり後頭部を殴られた。ヘルメット越しに脳を揺らされて視界が霞み、しばらく元に戻らなかった。
悪夢はこの一夜では終わらないらしい。




