1ー5「芸名」
後日改めて達川と会い、雑談も程々に夕方からホテルに直行して3回のセックスをこなしたとし子は、達川から渡された「魔法少女キューティ☆フレイル」なるアニメの台本を開いて驚いた。
◆フレイル:安沢とし子◆
自分の名前が香盤表のトップに記されていた,。
「主役……ですか?」
「そうだ」
呆気に取られた表情で台本を眺めるとし子にタバコの煙を鼻から吹きながら達川が言い、カバンの中を乱雑に漁って一冊の本を取り出し、とし子に投げてよこした。
「収録が始まるまでに芸名を考えておけ。」
大判で平刷りの雑誌だった。厚みは薄いがサイズ感の割に少々重い。紙の質によるものか。
「声優キングダム……?」
「声優の専門誌だ。そいつに載ってる声優と同じ様な雰囲気の芸名を考えるんだ。どうもお前の名前はオタク受けしそうにねえ。」
ページを開くと、顔面のレベルで言えば中の上〜中の中位の……中野や下北沢であくせく演劇をやっていそうな、或いは絶対に売れそうにないバンドマンにヒモとして寄生されていそうな女が、撮影に不慣れな様子でぎこちなく微笑みつつ写っている。
ルックスのレベルはメイキャッパーが匙を投げたのであろうレベルの奴が数人居はしたが、平均で見れば決して悪くはない。ただし、どいつもこいつもおしなべて幸薄げで、透明感や清潔感とは明らかに別質の貧乏臭さやB級感を漂わせていた。これは声優当人のポテンシャルの限界なのか、或いはそれを売り出そうという雑誌づくりをしている連中のセンスの問題なのか……とし子は首を傾げた。
正解は……半分はとし子の想像通りだ。
そしてもう半分の正解は、「敢えてそうしている」である。
コイツらが常日頃カモにしているオタク達は、余り煌びやかな女に対しては露骨に腰が引けてしまうのだ。何ならその手の女達に対して、自分達をマイノリティとして虐げ相手にしてこなかったキラキラ女達と同じ空気を嗅ぎ取り、拒絶や憎悪や畏怖に近い感情さえ抱いていたりする。
故にオタク共に好まれるのは「自分達の興を削がず、あくまで『アニメの裏方』以上に出しゃばらない慎ましげな空気を纏った女」という事になる。そしてこういったオタク共の好みをリサーチしそこにチューニングを合わせた女声優という連中は、よくあるタレントや文化人などとはまた違う風体の、何ともイビツで特殊な属性のタレントに仕上がるのである。
「オタク」という好かれたくも慕われたくも惚れられたくもない連中の好みを汲み、自分の感性をそこに寄せていけというのは中々の難題であった。とし子は達川の粗く繊細さに欠けるピストンを能面の様な表情で受け流しながら、この不毛で退屈な「可愛い芸名大喜利」の模範解答を導き出すべく頭を捻った。
そして、翌朝。
「苗字が可愛い」という理由だけで男子からはチヤホヤされ、女子からはいじめられていた小学生の頃の同級生の苗字と、出生時「とし子」と並ぶもう一つの名前の候補だった名前を組み合わせた【雛沢ももえ】という名前を、ホテルからチェックアウトする前に達川に伝えた。
「……えらく甘ったるい名前を付けるんだな。」
苦笑した達川は更に「ビッチのくせによぉ」といらぬ言葉を続けようとしたが、いつも通りの二日酔いで頭が回らず口に出すのが億劫になったのでやめた。




