6-2「ほんとチョロいなあ、売れない声優って」
「ねぇ、コレって…私が以前、ここに持ってきたプランだよね?」
イベントのオファーの概要を伝えられたとし子は、事務所にやって来るなり憮然とした口調で言い放った。
「もしかして…盗用?」
「ンな訳ないでしょ、もう……折角呼んで頂けたんですから、変な事言わないでくださいよ。」
柳瀬はうんざりしながらとし子をたしなめた。雛沢ももえなどに滅多に来ない……いや、もしかしたら最初で最後かも知れない指名での仕事に対して、コイツときたら感謝のカケラもないらしい。
「やっぱ、連絡した誰かがあたしの企画をそのままタイタニアに持ち込んだのかな……」
「連絡?」
柳瀬の眉間に皺が寄る。
「うん。こういう事やろうとしてますって、何人かに声かけてたから。」
「えっ、マジですか!?」
柳瀬は「バカかてめぇ!」という罵声をどうにか腹の中に収めた。一方のとし子は「何か問題でも?」と言わんばかりの呆けヅラだ。大問題だ、馬鹿野郎。
「いやいや、メインの他の3人にこういう事を考えてるってメールしただけだよ!」
「本人に直接ですか!?」
「阿松は直接ね。浅川と赤波は事務所に………」
「何やってんですか………!」
柳瀬は先ほど腹の中に収めた「バカかてめぇ!」という罵声が喉元まで上がって来そうなのをどうにか抑え込みながらこめかみを揉んだ。
タイタニアレコーズへの突撃こそ無かったが、このバカは同業他社にしっかり迷惑をかけていた。そのメールとやらもどうせ具体的な提案や情報のない、いたずらメール同然のしょうもないクオリティだったのだろう事が想像出来る。
赤波は芸能系の事務所なので余り関わり合いになる事がないからまだ良いが、浅川の所属は業界の中でも大手のクロスナインプロモーションだ。後々フォローが必要になるだろう。全く、厄介かけやがって。
「……メールの返事は来たんですか?」
「ああ、うん。まぁみんな忙しいし、今すぐ具体的にどうこうってのは無理だったみたい。でも機会を見計らってやりたいねって話はしたよ。」
大嘘であった。
実際、阿松にはきっぱりと拒否され、赤波には猛烈に拒否され、浅川からは返事さえ来なかった。
柳瀬はとし子の弁解に返事もせず、PCのモニターに目線を移した。
まぁ別にコイツが如何な奇行で恥をかこうが知った事ではないが、ヨソの事務所に接触して妙な真似をしたのであればその悪評はただでさえうんこ原事務所などと呼ばれ業界内信頼度が著しく低いボルケーノに直に降り掛かる。更に言えば、コイツの一挙手一投足の強い共感性羞恥を禁じ得ない不愉快さもいたく耐え難い。
柳瀬のそんなイラつきをよそに、目の前のこのバカは今も自分のアイデアをタイタニアがその強権を行使して掠め取っていったと思い込んで疑っていないらしく、その顔に怒気を湛えている。
「こんな事、許せない!事務所も一緒に戦ってくれるでしょ!?」
雛沢ももえが突如訳の分からない事を言った。柳瀬の不機嫌メーターが40パーセント上がり、危険水域に達した。
「戦うって……何をです?」
「抗議すんのよ!」
「抗議してどうするんですか?中止させるんですか?」
「何も考えてないわよ、そんな事!ただアタシの気が済まないだけ!」
(何だよそりゃ……………)
柳瀬はこれ以上の対話と説得が面倒臭くなったので、適当なアドバイスをぶつけて追い返す事にした。
「……まずは指定された日に打ち合わせに行って、そこで見定めて来たらどうです?」
「ん?」
「で、そっから話の主導権を握ればいいんですよ。」
とし子が今後打ち合わせでイベント関係者に変な事を言わない様に釘を刺すのが柳瀬の本来の仕事なのだろうが、もういい。知ったこっちゃない。こうなったらとことん恥をかかされて来い。
「元々は雛沢さんのアイデアだった事を主張してみたらどうですかね?で、ロイヤリティを請求すればいいんです。他の演者さんにメールを送った履歴も、元々雛沢さんがこういう構想を持っていた証拠になるでしょう?」
柳瀬が心にもない事を言うと、何と雛沢ももえはそれを間に受けて至極上機嫌で帰って行った。地頭が悪くて社会経験が乏しいクセに自己顕示欲だけは一丁前に強い人間というのは、他者から背中を押されるとかくも容易く軽はずみな行動に出るものなのか。
柳瀬とて自分が特段に優れた人間だなどとは思わない。が、それでもとし子の様な大人にならずに済んだ事には、心の底から安堵した。
(ほんとチョロいなあ、売れない声優って)




