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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第五章 雛沢ももえの決起
28/71

5-1「強めの舌打ち一つで却下するレベルの愚案」

「何ですか、これ?」


 デスクの柳瀬はとし子が持って来た小汚く黄ばんだルーズリーフ7枚ほどの紙束を前に顔をしかめて言った。


 表紙らしき一枚目の紙には「魔法少女キューティーフレイル20周年イベント」とボールペンで書き殴られている。ドンキホーテの店頭ポップを30倍ほど粗雑にした様なセンスの手書きのデザインフォントが何とも陳腐だ。コイツの美的センスの貧しさが伺える。


「何って、イベントの企画書よ。」


 如何にも不服そうな面持ちのとし子に目線をくれる事もなく柳瀬は「そもそもこのキューティ何ちゃらって何だっけ」と思案し、傍にあるPCで検索してようやっとコイツ…雛沢ももえの25年前の出演作である事を思い出した。何せ常日頃から雛沢ももえという人間に興味も魅力も感じていないものだからさっぱり忘れていた。


 「魔法少女キューティ⭐︎フレイル」は入社直後の、まだ所属タレントの代表作には一応一通り目を通しておかねばという殊勝さがあった頃に第一話から順番に観ようとした事がある。が、放送終了後に色々あったからかソフト化も配信もされていなかった為、事務所に残されていた資料に目を通して雰囲気を把握するに留まった。


 自分が生まれた90年代半ば頃にはこんな幼稚でサムくて何のメッセージ性もないアニメが「夢とエネルギーに溢れた佳作」と評されていたのかと驚き、呆れた。

 当時のオタクがこの作品から感じた夢やエネルギーとやらは、柳瀬の目には「ジメジメしたオタク気質製作者のステレオタイプで偏執的な願望と歪んだ性嗜好」と「『僕達はこんなのがスキなんだ!文句あっか!』という開き直り」にしか見えなかった。

 その印象は本作の放送終了後に監督や一部の関係者(雛沢ももえ含)が辿った末路をネットや伝聞を介して知った事で、より強固になった。


 この作品唯一の功績は、今や業界屈指の技巧派声優となった浅川奈央の発掘だろう。当時本放送を観ていた人間曰く、この作品でデビューした浅川は当時16才とは思えない程に堂々と物語の主軸となる少女を演じ、しっかりと大器の片鱗を見せていたという。一方の雛沢ももえは…如何にもポッと出の劇団員が不慣れなアニメ風芝居を背伸びして頑張っていたというレベルのクオリティで、天才の浅川をはじめとした他の出演者の足を引っ張っていたらしい。

 なるほど、そりゃ売れない訳だ。


 常日頃から役者として売れよう上がろうという意欲がまるで感じられない雛沢が、「見てもらいたい物があるんですけど、明日伺ってよろしいですか?」と言って来た時には何事だろうと思った。

 自分で大口の仕事を取ってきてその担当者を連れて来るとか、YouTubeチャンネルを開設してまあまあ有名な声優やYouTuberとの共演が決まっているので収益の配分について相談したいとか、きっちりと具体的且つ実利が見込める提案や相談を……まあコイツに関しては無駄だろうがとは思いつつ想定していた。


 そして今目の前にある小汚い紙束は、その柳瀬の想像を遥かに下回る代物であった。

 恐らくボールペンで書き殴り散らかされたこの不揃いで不恰好な「『魔法少女キューティーフレイル20周年イベント』の題字からして、受け手に「読ませよう」という意欲や配慮がまるで感じられない。


 大体このアニメ、25年前の作品だろう。

 だから「25周年」が正解だ。

 こんな根本的なところを間違えるとは、酒かドラッグでも煽りながら書いたのだろうか。

 それにタイトル表記は「キューティーフレイル」ではなく「キューティ☆フレイル」だ。細かい部分だが、このテの間違いにこそファンは落胆する。この気の回らなさとガサツさがコイツが愛されない理由なのだろう。


 柳瀬の中でのとし子の評価が「嫌いではないが、好きでもなければ尊敬もしていない」からハッキリ「嫌い」へ降格された。


「で、コレを見せられて、ウチに何しろっていうんですか?」


 柳瀬は冊子……とさえ呼べない粗末な紙の束をめくる事なく、明確な蔑意を込めた冷淡な口調で尋ねた。

 まさかコイツ、こんなイベントを事務所に手伝えとでも言うつもりか。

 ならばお断りだ。

 理由はお前が嫌いだからだ。


「何って、色々とあるでしょうよ。制作会社とか関連会社とかの諸々の許可取りとか、出演者のブッキングとか、会場を押さえたりとか物販とか。今の時代、ネットで配信とかも出来るんでしょ?そういうのもしたいし。」


 とし子はイベントの運営にあたりどういった仕事が必要なのか全く分からないらしく、取り敢えずやりたい事だけをわがまま放題に列挙し、必要と想定される「手伝い」の全てをしれっとボルケーノに押し付けた。


「私は演者として出演もするし、グッズの立案もする。発起人としてのギャラは安めでもいいからさ。」


 今度は必要な仕事やその分担を整理する事なく、いきなり金の話をし出した。金額を下げる事でいくばくかの譲歩を示したつもりらしい。

 つまり、ちょっとした打ち合わせや口出しだけはする。面倒な裏方仕事は全部事務所でやれ……という事だ。その程度の仕事量で、音頭をとったという体にしたいらしい。

 その上、収益の中から発起人としてのギャラはきっちり頂くよ、と迄言っている。会社勤めや責任のある仕事をした事がないからだろう、よくもこんなメチャクチャな提案を臆面なく出来るものだ。


 100歩譲って、これがもし雛沢ももえが業界を代表するアイコンというレベルの売れっ子なら、一応成立はする。というより、そこまでであれば事務所ではない別の会社……例えば所属しているレコード会社や馴染みの映像・音声制作会社、或いは冠番組を放送して貰っているテレビ局やラジオ局などが主催を買って出た上で、「雛沢ももえプロデュースイベント」と銘打ったイベントが打てる。

 今回の様な「過去のアニメのメモリアルイベント」であれば、番組を制作していた会社やレコード会社やテレビ局、或いはその時点で作品を配信している配信会社などによる開催が通例だろう。


 無論、関係者有志による開催も前例が無い訳ではない。ただその経費は当然主催者の持ち出しになる。化粧もせずボロボロの芋ジャージ姿でのうのうと事務所にやってくるコイツにそれ程の稼ぎがあるとは思えないし、大体25年前に1クールだけ放送されその後伝説化する事もなく歴史のハザマに埋もれていった泡沫アニメにそれほどの引きはない。


 どう転んでもビジネスとして成立しないプランだ。

 ある程度の見識を持っている人間なら、強めの舌打ち一つで却下するレベルの愚案だ。


 だが、芸歴25年のタレントが持ってきた提案を3分ほどのヒアリングで門前払いするのは流石にスタッフとしてマズい。この分だともう少し話を聞いてやればより大きなボロを出すだろうから、それを指摘してさっさと追い返そう。ここは我慢だ。

 …ああ、何て無駄な時間だろう。

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