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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第四章 雛沢ももえの雌伏
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4-6 フレイルと雛沢ももえ

【おにぎりの新味・ベーコンマヨネーズは、もうお試しになりましたか?】


 店内に響き渡ったやや癖の強いイケメンボイス風CMナレーションの声で、とし子は25年前の回想から現実に引き戻された。


 あの後浅川は元々持っていた声優としての才覚を開花させ、誰かのゴリ押しによる助力を借りることなくごく自然に自らの力のみで進むべき道を切り拓き、業界内でしっかりとオンリーワンの存在になってみせた。

 一方のとし子…雛沢ももえの方は、あれ程浅川が羨んだ達川の加護が呪いに転じ、「達川組」の錦の御旗は二度と棄てられぬ枷となった。決まっていたレギュラーは当然立ち消えとなり、以降新規の仕事がピタリと入って来なくなった。


 しっかり未来を見据えながら声優の仕事に取り組んでいた天才の浅川と、成り行きと行きがかりだけで声優になってしまった凡人のとし子。そう考えれば、各々に訪れた今ここにある現実は必定だったのかもしれない。ならば、もう少し頑張れば自分の現状もまた違うものになっていたのだろうか。


-頑張るって、何を?いつ?どの様に?


 ………考えたとて分からない。そして、結論が出たとて今更遅い。

 恐らくは浅川もどこかのタイミングで、自分と達川の関係を知っただろう。そして立川の失脚によって共倒れになった自分の事を、どう思っているのだろう。

 愉快な想像ではない。やめだ。


「あーあ、ゴリ押しされたいなー」


 とし子はあの頃の浅川と全く同じセリフを呟いてみた。

 我ながら滑稽な発想だが、浅川と同じトーンで同じセリフを口にしてみれば難なくそれが叶う気がしたのだ。

 だが、今のとし子にはあの時の達川の様な強力な後見人はいない。

 無論ボルケーノにはそんな力はないし、ましてや今の……否。昔の、も含め、雛沢ももえというタレントにそれ程の価値もない事は分かっている。そしてそれを可能にする、浅川奈央と比肩する程の実力もだ。


   ◆     ◆     ◆


 クソつまらないバイトを終え、「お疲れ様」の挨拶を品川に無視され、調子の悪いタイムレコーダーに中々タイムカードを読み込んで貰えずイライラし、帰路に就いたはいいもののその道中まるで行きつけの風俗が今日に限って休みで「仕方ねぇや今日はてめえで我慢してやらあ」とヤケクソ気味になっているかの様なギラギラした目付きの初老のおっさんに頭頂部から足先までを舐める様にガン見されつつも自宅に帰り着いた。

 今日も最悪の一日だった。

 前に「今日は善き日であった」などという充実感を感じられた日など、もはやいかほど昔のことであったか思い出せない。


 近頃、イライラしながら寝床に入ったり物思いにふけっている内に憂鬱な気分になってしまうといった事が格段に増えた。別に短気でスノッブな性格は今に始まった物ではないが、永らく売れない声優として貧乏生活を送っている事への焦りや苛立ちが、心理的防御力を知らず知らずのうちに減退させてしまっているという事はあるのかもしれない。

 ビールのプルタブを開けながら携帯を取り出し、これといった目的もないがポチポチとイジる。相も変わらず動作が鈍い。


 ふと、今朝方は1件だったブログのコメントが2件に増えている事に気がついた。

 管理者様ページに飛び、内容を確認する。


《今年はももえさんの主演作品「魔法少女キューティー☆フレイル」の放送25周年イヤーですね!何かイベントはやらないのでしょうか?開催されるなら、是非行きたいです!》


 雛沢ももえにとって1番の、否。唯一の代表作、「魔法少女キューティー☆フレイル」。

 雛沢ももえが演じたフレイルは、快活で前向きで一本まっすぐに芯が通っていてタフで優しくて……という、正統派主人公といえば聞こえはいいが今思えばまあ何とも面白味のない、極々ありふれたキャラクターだった。

 無理もない。

 達川がただ細身の幼児体型の女をどこかで見繕って食ったのちに囲う為、誰にでも演じられるテンプレ通りの主人公として設定したキャラクターだったのだから。


 アニメやゲームの世界には男女問わず、こういった「特徴がない事が特徴の主人公」がしばしば現れる。

 これは視聴者やプレイヤーの分身として没入感や感情移入を高める為だったり、クセのある脇役達の立ち振る舞いを見せる為のランドマーク的な役割を任されていたり、要のシーンで満を辞して活躍させてカタルシスを演出する為だったりと色んな作劇上の理由があるのだが、フレイルはそのどのケースにも当てはまらない。

 彼女はただただ「監督がヤリたいが為の、誰でも演れるキャラ」としてこの世に生を受けたのだ。


(イベント……か。)

 そんなイベントのオファーなどないし、催の噂などもとんと聞こえてこない。



 ………ならば、自ら主催してみてはどうだろう。



 出世作のアニバーサリー。

 とし子にとっては飛躍のチャンスかもしれない。

 幸い、今は昔と違ってイベントを打ちさえすれば来場した客だけでなく、インターネットを介してより広くキューティ☆フレイルという作品……いや、その作品に出演していた自分の存在を知らしめられる。まずは事務所に相談して、開催までの道筋を作らせなければ。

 そうすればその後、ネット民の熱意ある後押しで一発逆転して、スターダムの舞台に舞い戻れるに違いない。

 こんな鬱屈した生活から脱出できるに違いない。



 自堕落で無気力な暮らしのハザマに突如雷火の如く落ちてきた天啓は、とし子の体にここ数年の間生まれる事のなかった煌々とした活力をもたらした。


 とし子は敏捷に身を起こすと、戸棚の奥から何年寝かせたやら最早思い出せない年期ものの黄ばんだルーズリーフに引っ張り出し、現時点で頭の中にある「やりたい事」を思いつく限り箇条書きで書き連ねた。

 果たしてそれは実現性のある物なのか、それを実現させる為には具体的にどの様な下準備や期間や費用が必要なのやらはさっぱり分からなかったが、今はとにかく胸の中の燃え上りたての情熱をどうにか言語化せねばという衝動のみが全身を支配し、それ以外の思考をノイズとして排除していた。


 世の賢人達はこういった局面で生まれる発想や企画を「勢い任せの思い付き」と鼻で嗤い、「大体後で見返してみると使い物にならないよ」などと嘯く。だが、元より日常的に稼働頻度の低いとし子の脳みそは久しぶりのタフな頭脳労働に歓喜するかの様に脳内麻薬をじゅわじゅわと分泌させ、その理性と冷静さを失っていった。

 「思い立ったら即行動」などというおおかたクサくてらしくない言葉に突き動かされ闊達に筆を運んでいると、自然と笑顔が浮かぶ。その笑顔もこれ迄の様な鬱蒼とした湿っぽいニヤニヤ顔ではなく、社会的強者にのみ浮かべる事が許される晴れがましく含蓄に満ちた微笑みである事が鏡などを見るまでもなく分かる。


 異様なスピードで頭が回転し、

 異様なスピードで筆が進み、

 異様なスピードで酒が減った。


 途中、集中力が切れてとうの昔に辞めてしまったシャブを久しぶりにキメたくもなったが、今のとし子の経済力ではワルい遊びは無理だ。まぁ今後声優業界の第一線に返り咲き出来さえすれば、流石に一流芸能人程の巨万の富は得られずともクスリを買う位はどうという事もなくなる。それまで我慢だ。



 3時間後、とし子は朝焼けの太陽に頬を照らされながら7枚に渡る企画書を完成させていた。

 久しぶりの「何かに心血を注ぐ」という経験に全身がオーバーヒートを起こし熱を帯びていたが、心の中は爽やかな達成感に満たされていた。


 安沢とし子の鎮魂と雛沢ももえの復権が果たされる日は、すぐそこだ。




 机上に置かれた企画書の紙の黄ばみが、まるで黄金の様に輝いて見えた。

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