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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第四章 雛沢ももえの雌伏
26/71

4ー5「あーあ、ゴリ押しされたいなー」

「この後、よかったらゴハン行きませんか?」


「キューティ☆フレイル」の第7話の収録の帰り、とし子は浅川に食事に誘われた。

 収録も中盤に差し掛かったタイミングで突然浅川が声をかけて来たのには驚いたが、「今日、収録の後がたまたま空いてるのでよかったら」と言われ、断る理由もないので付き合う事にした。


 お互いお金がないからと入ったファミレスで2人して一番安いメニューを頼んで早々に食べ切ってしまい、時折店員の「さっさと帰れ」という怨念が込められたアイビームを受け流しながらダラダラと居座った。

 話題の内容は概ねお互いの仕事や将来に関しての事が殆どで、不思議とお互いのプライベートや過去の事には話が広がらなかった。


 とはいえ、余り大手を振って人に話せぬ生い立ちを持つとし子にとって、過去やプライベートを詮索されない事は有り難かった。その分、浅川の生い立ちやプライベートも一切わからなかったが、まあいい。今日はたまたま空いている…という事は、普段はバイトでもしているのだろう。


「私達、このまま達川監督のゴリ推しコースに乗れれば安泰じゃないですか?」


 ふと、浅川はこんな事を言い出した。


「そういうモンなのかな?」

「そうですよ!今後の為にも!」


 成り行きで声優の仕事を始めてしまったとし子は、今後どうしていくかなどという思考自体がそもそも頭の中になかった。もし声優を続けて行くのなら今までやっていた様な悪どい生活費の稼ぎ方は出来まいし、そこでツルんでいた悪い仲間と如何にして手を切るかという事と、その後当然脅しやタカりに来るだろうからソレにどう対処するかは考えておかねばならない。まあ浅川が言っている『今後』というのは、恐らくこういった事ではあるまいが。


「だって達川監督ってこれ迄も色んな作品を手掛けて来られたじゃないですか。で、今も進行中のプロジェクトが幾つかあるんですよね?確か。」

「へー、そうなんだ。」


 とし子は反射的に知らん振りをした。

 実際はベッドを共にするたびに次回作・次々回作の構想から子分の誰それが使えないだの、どの業界人や作品が気に入らないだのといった、聞いたとてまず人生が豊かになる事はない話を嫌というほど聞かされている。

 何なら達川が唐突に提案した「口だけで3回イカせたら次回作でレギュラーをやる」というしょうもないゲームをどうにかクリアして、一年後に放送が始まる次回作のレギュラーの座を既に確保していたりもする。


「そう。だから達川さんの作品に毎回何らかの形で参加させて貰える様に…『達川組』に食い込めれば安泰なんですよね。」


 確かに達川は演者やスタッフを息がかかった者で固めたがるタイプだ。愛人の自分は達川に最も近い声優の一人であり、「達川組」の一味に数えられるだろう。


「でもなー……達川組って、結構ハードルが高いんですよね。」

「へー。」

「他の先輩方に聞くと、やっぱ感性が独特なんですって。」


 とし子に言わせれば、そのハードルの高さとは技量の巧拙や感性の相性などではなく、良識やモラルの物差しが独特すぎる達川と価値観が合うかという一点に尽きる。そして、該当する者は相当限られるだろう。


「これまでの作品でも結構入れ替わりが激しくて、ここ数年ずっと継続的に達川作品に参加できてる人といえば……笠井さん位ですから。」

「ああ、笠井さんね。」


 笠井郁夫。キューティ☆フレイルにも第6話から合流が予定されている、達川の弟分的存在の中堅声優だ。第一話のアフレコに出番もないのにやって来て、達川と一緒にゲハゲハと下品な笑い声を上げていた。確かに達川とはウマが合いそうなタイプではあった。


「でも、ももえさんはいいですね。」

「えっ?あ、ええ。」


 浅川は屈託なく笑いながら、さりげなくとし子を「ももえさん」と呼んだ。思えば収録が始まったはいいものの余り他者とコミニュケーションをとる事が無かったとし子は、達川以外の人間から芸名で呼ばれる事に慣れておらず、少し照れ臭かった。


「いい…って、何が?」

「達川さんと仲良さげじゃないですか。」

「いや、そんな事ないよ。だって怖くて近寄り難いじゃん、あの人。」

「そっかー……そうですね、ふふっ。」


 浅川は氷が半分ほど溶けたグラスを眺め、穏やかに笑った。スタッフを高圧的にイビっている時の達川を脳裏に思い浮かべているのかも知れない。


「あーあ、ゴリ押しされたいなー」


 決してクリーンなやり方ではないが、実質的に自分が浅川の羨む「達川組」に属していて、浅川よりもその点に於いては先んじているという実感は少し心地よかった。

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