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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第四章 雛沢ももえの雌伏
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4ー2「テイク25」

 この様に特定のセリフで何度もリテイクを出してしまう、いわゆる「ハマる」状況は、セリフが短く単純である程脱出が難しい。

 尺が短い分大きな変化を付け辛く、また同じセリフを短い間隔で何度も言わされる為に、リテイクを重ねれば重ねる程何が正解かが分からなくなって来る為だ。

 そう、今のとし子の様に。


「わぁぁぁ……キレイ……!」


 17テイク目は間とトーンをガラッと変えてみた。

――違う。もう一回。


「……はい、すいません。」


 投げやりな「すいません」が口をついて出る。

 笹本はとし子の人生そのものを否定し蹂躙するかの様に、いともアッサリ17回目のNGを出して見せた。10代の自分を支配し、「キューティ☆フレイル」での立身出世によって一度は心の奥に押し込められてい筈の被害妄想と攻撃衝動が心の奥底でムズムズと疼いた。



「わぁ!キレイ……」

――もうちょっと台本を丁寧に読み解いて下さい。

「わぁー!キレーイ!」

――もう一回です。

「……わぁ………キレイ………」

――いや、そうじゃないですね。

「わああぁ!キレえええイイイ!」

――それじゃ夜の花火じゃなくて昼のロックフェスでしょうが。

「ハァン……キレイ……」

――何ですかその変な発音。もっかい。

「うわぁ!キレイだねぇぇぇ!」

――セリフ変えてどうすんですか。ゲームなんで、画面に出る字幕通りに喋って貰わないと困ります。分かるでしょうが、その位。もっかい。

「あぁ………キレイ…………」

――はぁ……うん、はい。チェックしまーす。





「……しっかし、コレはマジで使い物になんないねえ。」


 笹本の傍にいたゲーム会社の社員が頭を掻きながら言った。

 今、この「サブ」と呼ばれる副調整室……通称「金魚鉢」には、笹本を含めのべ5人のスタッフが居る。皆一様に今日寄越されたこのどうしようもないロートルオバハン声優をどうしてくれようか、という蔑意と呆れと困惑が入り混じった表情を浮かべている。

 事務所が経験を積ませたいからと収録に使い物にならないド新人を現場にねじ込み、笹本の様な人間にイビられて萎縮・混乱し、結果収録が長引いてしまう状況はザラにある。が、そのド新人以上に手の施しようが無いのが、技量が低くて勘も悪くおまけに瞬発力も年相応に衰えている、今日の雛沢ももえの様な「年齢だけは中堅クラスの売れない下手糞声優」という人種だ。

 コイツらはそもそもの技術や対応力が欠けている(だから売れないのだが)上に、この年頃のおじさんおばさんの例に漏れず人の言う事を素直に聞きゃしないからだ。売れても居ないくせに。



「若い子はもっとスッと出て来るんだけどなあ」

「芝居が古いんすかね」

「それだけじゃない、単純にセンスがないんだよ」

「こういう奴に限って小手先の声色だけでどうにかしようとするでしょ」

「心が籠ってないんだよなあ」

「流れを読めてない」

「セリフが言葉として成立してない」

「読んでるだけなんだよね」

「何がやりたいか伝わって来ないよね」

「オタク受けを狙ってんですかね、その割に出来てないけど」

「それ以前の問題よ、仕事をナメてる」

「それは確かに感じたね、変にトシ食ってるから慣れでやろうとしちゃう」

「慣れでこなせちゃうほど最近仕事してるか?こいつ」

「いやー…ないっしょ、俺、20年ぶりぐらいにこの人の名前見たもん」

「そりゃこのザマじゃ売れないよねえ」

「ホントホント」

「あたし、引退したかと思ってた」

「俺も俺も」

「じゃあ何で昔、売れちゃったんスかね?」

「ああ、それはデビュー作のさ……」

「ハハッ、そうだ。確かにそうでしたね。」

「そうそう。」

「うわあ、懐かしい。アレ、逮捕のニュース見た時は笑いましたよ、ホント。」

「え?何すか?」

「ああ、君くらい若いともう知らないか。昔、あの人ね……」


「……準備できましたよ、行きますか。」

「あい。じゃ、テイク25!雛沢さん、イケる?」



 なお、これらの録音ブース側の会話はとし子に丸聞こえであった。金魚鉢での会話が録音ブース側に聞こえない様遮断する為のカフを、ミキサーがあげ忘れたのである。

 その後どの様に収録を終えたのか、とし子はよく覚えていない。気が付くとスタジオ近くのラーメン屋でアッツアツの特盛味噌ラーメンを食べていた。どうやら収録のストレスによって、体が油っこくて味の濃い物を無意識に欲したらしい。

 ラーメンを陰気に啜っていると、現場での記憶がほんの少しだけ蘇ってきた。収録が終わってスタジオスタッフに「お疲れ様でしたー」と声をかけて退出しようとした時に、笹本がコチラに返事を返さないどころか目も合わせず傍のゲーム会社のスタッフらしき男に話しかけていたのだ。

「やっぱ事務所にクレーム入れてさ、清都ナツコで別日にリテイクしましょう。新しく予算取れるでしょ。ちょっとコレじゃ使い物になんないからさあ。」


 ………どうやら今日録った素材はお蔵入りになりそうだ。

 まぁいいや、ギャラは出るのだ。次だ、次。

 その「次」とやらがいつ巡って来るのかは、皆目見当が付かないが。

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