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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第四章 雛沢ももえの雌伏
22/71

4ー1「いびっては潰し、いびっては潰しを繰り返し」

「わぁ、キレイ………!」

――ハイ、……もう一回。



 清都ナツコの代役として当てがわれたゲームの仕事の現場で、声優・雛沢ももえは「わー、キレイ」というセリフのテイク16を言い終え、即リテイクを言い渡された。ももえ……即ちとし子の顔からは既に表情が消え失せている。


 この現場の音響監督・笹本は、令和の時代に於いても未だ絶滅する事なくはびこり続けている「自称・職人気質&昔気質」の…つまりは独りよがりで何の意味もないこだわりを振り翳して収録を無意味に引き伸ばし、やって来る声優全員を嫌な気分にさせて帰らせる事に情熱と執念を燃やす女であった。

 収録現場の支配者は音響監督であり、演者はその手足であり、描いたビジョンを具現化する為の道具であり、ひいては奴隷である……という、どんな人生を歩んで来たらそんな発想になるのやら全くもって分からない考えの持ち主であった。


 当然これまで演者が泣きだしたり怒って帰ってしまったり、何なら笹本の行き過ぎた干渉によって作品が壊れてしまった事もある。

 にも関わらず今も笹本の下に仕事が舞い込んで来るのは、彼女の父親がアニメ業界では名の通ったあるレコード会社の重役だからだ。


 部下をいびっては潰し、いびっては潰しを繰り返して昭和の音楽業界を生き抜き財を築いた父親の下で何不自由なく育ち、小中高大の16年間をずっとスクールカーストの一軍で過ごしつつ程々にオタクカルチャーも嗜み、大学卒業後の進路相談の席上で芝居や演出のイロハもわからないのに「セーユー達をアゴで使う仕事をしたいな。だってアイツら、ただのアニメ芸者のくせにテレビや雑誌でさも偉そうに俳優ヅラしててムカつくんだもん。」と口にした笹本の夢を、父親はあっさりと叶えてしまったのである。




 この日やってきたのは元々この役に内定していた清都ナツコが直前でスケジュールNGとなり、事務所が代役にと差し向けてきた雛沢ももえというオバハンであった。オバハンは普段余り仕事がないらしく、滑稽に目を白黒させながら年相応に衰えた声で実に痛々しく17歳の女子高生を演じている。


 いつもは「元気です!明るいです!頑張ります!」と常時カラ元気を振りかざしていないと死んでしまう若手の心をボキボキと折って遊んでいる笹本だが、このオバハンの恨みがましさと浅ましさがこびりついた顔もこれはこれで妙な味があって悪くない。

 ノッてきた笹本はここで自らのイジメメソッドその13「ボツだけ出して具体的なダメ出しや提案を一切出さない」を使い、「プロならノーヒントで正解を出してみろ」と無言の圧をかけた。無論ジャッジは笹本だが、大体オタク共なんぞ推しの声優がベラベラ喋ってりゃ満足しやがるのだから真面目にディレクションしたって仕方ない。

 故に、芝居の良し悪しなんぞ分かりゃしないし見もしない。時間いっぱいまでさんざっぱら演者のメンタルをすり減らし、気が済んだところで「こんくらいしか出来ねぇのかよ、しゃあねぇなあ」という空気を出しながら渋々OKを出してやればいい。パワハラの手法としては古典的かつ単純だが、故に効果的で楽しい。



 一方のとし子は理不尽に降りかかるリテイクの嵐の中で、自分がこの現場にあてがわれた理由を悟った。

 清都ナツコは何も最初からスケジュールNGだった訳ではない。事前にこの音響監督の悪評を知っていて、事務所はとし子を生贄に差し出したのだ。

 ナツコがこの音響監督を呼び捨てにしていたのは仲が良いからなどではない。

 単純に嫌われていただけの事だったのだ。


     ◆  ◆  ◆


 今、雛沢ももえが「ハマってしまっている」のは、主人公とメインヒロインを含めた仲良しグループ数名が浴衣を着て夏祭りに行くシーンでのセリフである。


 雛沢ももえが演じる主人公友人A(仮名)が花火を見上げながら漏らすこの感嘆のセリフは、この後一気に距離を詰めて関係を進展させる主人公とメインヒロインのシーンにオフで挿入される。つまり、本筋には関係ない環境音の様な物だ。

 しかし、一見重要度が低げに見えるこういった何気ないセリフこそ、その場面場面に違和感なく馴染ませるのが難しく、肝要であったりする。ここでもし雛沢ももえのセリフが下手だったり解釈が間違っていたりといった事で悪目立ちしてしまえば、プレイヤーの没入感は半減し、場面そのものが台無しになる。この様な何気ないセリフをアンサンブルの一枝として、如何に場面に同化させるか……そここそが声優の技術の真髄であり、常日頃の研鑽とセンスの差が出る部分なのだ。


 ………というのが、笹本が若手をイビる時に使う説教構文の中で最近とみにお気に入りの一節だ。

 ちょっと前にある現場の飲み会で、上手くも無ければ人間性も最悪などう見ても運で売れたとしか思えない中堅男性声優がいい気になって語っていた、非常に便利なイチャモン付け用のフレーズである。無論笹本にはそんな些細な違いなど分かりはしない。分かろうとも思わない。

 恐らくこの雛沢とかいうオバハンは若い頃からそんな青臭いデートなんぞした事もなければ、花火に風情を感じる程お行儀のいい感性の持ち主でもあるまい。つまり、自分の引き出しの中にない感情をイチから作ってこのセリフを仕上げなければならないのだが、それ位の事は声優なら誰でもやっている事だ。

 やらなければならない。

 やれなければならない。

 やれなければいけない…という事は、ソレが出来ていないと因縁を付け、虐める事が出来るという事だ。



 今日のオモチャは長く遊べそうだ。

 オモチャの側が潰れてしまわなければ、だが。

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