光
本編スタートです。少し長くなってしまったかもしれませんが、楽しんで読んで頂けると幸いです。
それでは、お楽しみ下さい。
2
数ヶ月前。
朝、目が覚める。カーテンの隙間から漏れ出る陽光が眼を刺し、否応なく覚醒を促す。
「ん、んん〜ぅ」
大きく伸びをして起き上がる。時計を見ると朝の6時。いつも通りの起床時間。春の陽気を感じながら毛布をはぐり、ベッドから抜ける。
ボサボサになった前髪を横にどけて、足元のスリッパを探し出して足を入れる。
さて、まずは朝ご飯の準備だ。
我が家の住人は2人。僕と、その姉だ。姉は朝にとてつもなく弱いので僕が朝ご飯の準備を担当している。
とはいえまだまだ料理の腕は上達しておらず、朝ご飯と言えばパンを焼いて、サラダを作り、ハムエッグを作ってインスタントスープを入れる。この程度だ。
ひと通りの用意を終え、僕は姉を起こしに寝室へ行く。
《アスカ》と書かれたネームプレートが掛けてある部屋の前に立ち、扉を開ける。
部屋の中は相変わらず汚い。通販で届いたものの残骸であろう段ボールや、化粧品、キモカワイイ(らしい)ぬいぐるみなど、色々なものが散乱している。
僕はそれを踏まぬよう慎重に間を縫って歩き、ベッドで寝ている姉のもとにたどり着いた。
「姉さん、朝だよ。起きて」
優しく声をかける。怒鳴って起こすと拳が飛んでくる。無意識で。怖い。
「えぇ〜……? もう朝…?」
殆ど目の開いていない状態で身体をむくりと起こす。
「おはよう、いい朝だね」
そう言って毛布を強制的に剥がす。これが起こすのには1番効果的だ。
「あ、あ〜っ! やめてよー!」
剥がされた毛布に追い縋るようにしてベッドから落ちる姉。床に膝をついて僕の方を上目遣いで見る。
「私、こんな子に育てた覚えないわ!」
「はぁ、冗談言えるくらいならはよ起きて。もう朝ご飯できてるよ」
そう言って部屋を出る。
そうして食卓につき、朝ご飯を食べる。
さっきしっかり目を覚ましたと思ったが、姉さんはまだうつらうつらしていた。
頭を直接サラダに突っ込みそうになっている。
「危ないよ」
左手でパシっとその頭を受け止める。
「そろそろしっかり目を開けてご飯食べて下さい」
そういうと姉は恥ずかしがるように目を逸らしながらパンをかじりはじめる。
我が家のいつもの朝の光景だ。
朝飯を食べ終え、一足先に洗い物を済ませて制服に着替える。
そう、僕はまだ高校生だ。社会人の姉と2人で暮らしている。今日は新学期。高校2年生の始まりである。
あんなにだらしない姿を見えていた姉も、実はとても仕事ができるらしい。仕事仲間を家に連れてきたこともある。なにやら褒めちぎられていたようだ。その仕事ぶりの代償が家のだらしなさならば仕方ないだろう。
早くに準備を済ませ、テレビをつける。
いつも見る、国営放送のニュースがやっていた。
『今日は突発的な大雨が予想されます。日本全土に厚い雨雲が覆いかぶさっているので、注意してください』
ニュースキャスターが言う。
そんな馬鹿な、と思って冗談半分で窓の外を見る。僕は朝日で目を覚ましたのだ。雨雲が日本全土を覆っているのなら、外が暗くてもおかしくない。
ただやはり、外は晴れている。ここ一帯は春の爽やかな太陽の光の下だ。
「姉さん、雨雲があるらしいから傘忘れないようにね」
そう言うと、食卓から声が帰ってくる。
「こんなに晴れてるのにー? 雨なんか微塵も感じないけどー」
「僕もそう思うんだけどねー」
やはり考えることは同じである。だが警戒するに越したことはない。折り畳み傘を持って行こう。そう考えた。
「ノリ、私のスーツしらなーい?」
朝ご飯を食べ終わった姉から声が聞こえてくる。
ノリ、と呼ばれている僕の名前は紀人。樹田紀人だ。姉は樹田アスカ。8つ違いの血のつながった姉弟である。
「この前姉さんクリーニング出してなかった?」
記憶を頼りに声を返す。
「えっ? そうだ!そうだよ!受け取りに行くの忘れてた!」
どうしよう大変、と取り乱す姉さんの部屋へ行き、ひとまず宥める。
「大丈夫だよ、予備くらいあるでしょ?」
「あるけどー」
「ならいいじゃん」
そう言うと、姉さんは少し渋い顏をした。
「あれちょっとタイトで動きにくいんだよねー」
「姉さんのスタイルなら着こなせてると思うけどなぁ」
実際僕の姉はスタイルがいい。顔も綺麗。街を歩いていたらすぐスカウトに捕まる。
ということで少しダサめなスーツを着ているらしいのだが、新入社員として今勤めている会社に入る時に使っていたスーツが予備のものとして残っていて、所謂タイトスーツでスタイルがもろにでるのだ。
着たがらないのは動きにくいのもあるが注目を集めるのが嫌だからだろう。
「姉さんは少し自信をつけて歩けばいいんだよ。仕事もできるんだからさぁ」
すると、姉さんはなお一層渋面をつくる。
「だからなのよ…」
「?」
僕が首を傾げると、嫌な記憶を掘り返すように姉さんは語る。
「新入の時ね。その頃から私は仕事できる人だったんだけど、ある飲み会にそのスーツで行ったの。そしたら変態オヤジ共のセクハラが酷いのなんの! あぁ思い出しただけで腹が立つ」
勢いよく言い切ると、記憶の流れを断ち切るように笑顔になる。
「だ、か、らー。私今日は会社休もうかなぁー!」
「え、いいの? 仕事できるポジじゃないの?」
少々困惑しつつ聞く。そんな簡単に会社って休めるもんなの? いいの? それ。
「だって私今まで入社してから有給使ったことないもーん! 今日くらい休んだるわ! いぇーい!」
はっちゃけている。相当疲れていたのかもしれない。確かに有給一度も使ったことがないなら当たり前だ。たった1日かもしれないが、今日は思う存分休んでもらおう。
僕は苦笑しながら姉さんに話しかける。
「姉さんがそう言うなら仕方ない。でも! 休むならとことん休みなよ! 家事禁止ね」
姉さんも僕に習うように笑い、
「勿論!」
と言った。
▪︎▪︎▪︎
「じゃ、いってきまーす」
手を振る姉さんを後ろ目に家を出る。
親の残した2人で住むには大きすぎる一軒家。玄関をでて無駄に長いスロープを降りて、大きな鉄の門から出る。
我が家は敷地が大きい。それに比例して家も大きく、掃除されていない閉め切られた部屋が大半だ。
家の周りはおしゃれな鉄柵が囲んでおり、庭には色とりどりの花が彩られている。
これは週末に呼んでいる業者さんの賜物である。
そんな家の前をすぎ、2キロほど歩いた時だった。ゴォンッと地響きのような、大きな音が鳴った。
それは地面の一部からというわけではなく、今自分含め周りの通行人も立っている地面が一枚の板のように揺れている、という状況だった。
バランスを取る為脚を踏ん張っていると、今まで晴天だった空が一瞬にして暗くなる。
ただの雨雲ではない。夜のように、暗く、重く、光を閉ざす雲だ。これはただごとではない。僕は異常を感じて空を見上げた。
その時。僕の真上の空を一条の光が通り過ぎた。
その光は目にも止まらぬ速さで突き進むと、少し離れた先に落下した。
その瞬間、光が視界を包み込んだ。その後に耳をつんざくような爆発音が耳に届く。
周りに乱立しているビルや家の群をものともしないその光と音と爆風は、僕の身体を容赦なく叩く。
どうにかして近くにあった電柱につかまって事なきをえて、辺りを見渡すと自分の周りを歩いていた通行人が軒並み地面に倒れ伏していた。
光と爆発がおさまった後、僕はもう一度光の落ちたところを見る。
「家の方だ…!」
飛び上がるように走り出す。嫌な予感がしていた。
焦っている時特有の嫌な汗が脇やうなじにぶわっと吹き出す。
心臓の鼓動が速くなり、歩を進める速度も速くなる。
息を切らしながら走り、1キロ程走った辺りで景色が変わる。
家やビルの窓ガラスが割れて辺りに散乱している。爆風をもろに喰らったのだろうか、塀に叩きつけられて頭から血を流している人もいる。
ただ僕はそれにかまっていられなかった。
ただひたすらに悪寒が身体を支配して止まなかった。
「無事でいて…!」
一心不乱に走る。
▪︎▪︎▪︎
家の元に着き、僕は惨状を目の当たりにした。どうやら光の落下地点、爆心地は僕の家の庭だったらしい。
辺りの家はバラバラに吹き飛び鉄骨が所々露出している。それは僕の家も例外ではない。立派に彩られた庭は焼け落ちて真っ黒になっていて、家も爆心地側は完全に鉄骨が見えてしまっている。
僕は息を切らしながら玄関から家に入る。飛び散る家具と瓦礫を避けて、姉さんがいるであろう一階奥の部屋へ向かう。
部屋の扉は、瓦礫で覆い尽くされていた。
何やら周りには大きな植物のツタが絡まり、余計に捜索を困難にしている。
奥を見ると、壁にぽっかり穴が空いていた。そこから家の外へ出て、裏の窓ガラスを割って姉さんの部屋に入る。
中には異様な光景が広がっていた。
目の前には、姉さんと思われる肉塊を貪る人間と瓜二つの生き物。そして、部屋を埋め尽くす大きな植物のツタと葉。
そのツタは姉さんの部屋の天井を貫いて上へと伸びていた。
僕はその場で立ち尽くしてしまった。あまりにも絶望的な光景に。そして現実とは思えない異様な光景に。
僕の存在に気付いたのか、生き物2人がこちらを見る。
姿形はヒトと同じ。独特なデザインだが服も着ている。そんなモノが理解できない言葉でこちらに何か言っている。
僕は呆然としていた。頭に入ってくる情報が脳をぐるぐると巡り、オーバーヒートを起こしていた。
おもむろに、目の前の2人が腰に手を伸ばす。そこから出てきたのは銃の形をしたものだった。明らかに銃口はこちらを向いており、濃厚な敵意と共に2人はそれを構えている。
身体が危険を察知し、動け、動けと命令するが足が竦んで動けない。
2人のうちの1人が声をあげ引き金を引こうとした、その瞬間だった。
僕の後ろからなにかが飛び込んでくる。それは、女性だった。黒髪のロングヘアをさげ、幾何学チックな黒い戦闘服を着ている。
銃を構えていた2人が後ずさる。
「下がっていろ」
黒髪の女性はそれだけ言うと、手の平から大ぶりの長剣を取り出した。取り出した、というよりは生み出したの方が正しいだろうか。柄から刃まで真っ黒なその剣は、僕の後ろから差し込む微光によって鈍く光っている。
黒髪の女性は剣を身体の正中線に振り上げた。
「ハッ!」
掛け声と共に剣が振り下ろされる。空気ごと切り裂くような速度で振るわれた剣は、銃を構えていた1人を頭から両断した。
僕は女性の後ろから、刀が姉さんと思われる肉塊に当たらないか心配で見ていたが、寸分違わず振り下ろされた黒剣は対象のみを斬ったようだ。
すると、斬られなかった方の生き物は何か大きな声で言葉を叫んだ。
その瞬間、身体がツタへ溶け込んでいき、数秒もしない内にその姿はかき消えてしまった。
「逃がしたか……」
女性は落胆するようにため息をつき、剣を手の中から消す。まるでその場になかったかのように、光の粒子と鳴って黒い長剣は姿を消した。
「おい、そこのお前」
いきなり話しかけられて、驚く。
「は、はい」
「この死体の身内か?」
それはこの肉塊のことを言っているのだろうか。最早原型をとどめておらず、そこら辺に内臓や液体、骨が散らばっているが、ここにいたのは間違いなく姉さんだろう。
「そう…だと思います」
「そうか」
そう言うと、女性はおもむろに肉塊の真ん中辺りに手を突っ込んだ。
「な、なにしてるんですか!」
姿が分からなくても、それは姉さんだったものだ。僕はその死体に駆け寄り、女性の手を引き抜かせる。
女性は少し驚いた表情をしていたが、すぐに平静に戻り手に握っているものを僕の顔の前で見せた。
それは、光輝く1つの球だった。真っ白に見えて少しだけ翠の混ざったような色合いの球。これが姉さんの身体の中から出てきたとは認められないような、異次元の物体にみえた。
「受け取れ」
血に塗れた女性の手から、僕はその球を受け取る。
「これは…これはなんですか」
今にも泣きそうな声で、震えながら僕は言う。
「それは、お前のこの身内の中枢だ。大切なものがそこに入っているだろう」
意味が分からなかった。女性の言っている事も、球の存在も。
脳回路がショートして、正常な働きを失っていく。姉がいまこの場で死んでいる事を決定づける言葉に、僕の頭はぐちゃくちゃにされていた。
「あ、あ、あぁぁぁ、」
僕は、死体の上に崩れ落ちた。血がつこうが、汚れようが構わなかった。認めたくない、認めざるを得ない現実が全身を叩きのめす。
ひと通り泣き、涙が枯れた。
まだ女性は僕の側にいた。
「私と共に来るか?」
女性はいきなりそう言った。
不覚にも僕はきょとんとしてしまった。名前も知らない女性にそんな事を言われたら当たり前の反応だと思う。
「どういう、ことですか?」
僕は聞いた。
「今この状況を作り出した奴らを倒さないか、と言ってるんだ」
受け止めるのに時間がかかったが、理解は出来た。ありがたい申し出でもある。姉を殺した張本人を殺せるなら願ったり叶ったりだ。
「やりたいです。復讐させて下さい」
思いの外決意はすぐに固まった。僕は姉を殺したやつを殺す。この世で1番惨めで残酷な殺し方をしてやる。そう決めた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
拙い文章だったかもしれませんが、ここまでお付き合いしてくださった皆様に感謝を。
それでは、続きを乞うご期待。




