猫、暮らす(裏面) その2
何処に行くんだろう…
女の人の後ろを歩き、地下鉄の階段を降りる
この猫?も、他の人には見えてないみたいだ
普通、地下鉄のホームに猫がいたら、女子高生は騒ぐだろうし、裸足で駆けてく陽気な人もいるだろう
サラリーマンの鞄と肩を伝い、車内の網棚に飛び乗る猫
背後霊の僕は、満員電車の天井スレスレで浮いている
日本の働く人は大変だなぁ…
二駅で女の人が地下鉄を降りた
猫?と僕は、後を追ってSuicaもなく改札を抜ける
…うSuicaら(笑)
何で後を着けるの?
『護衛である』
そう言った後、猫?の様子がおかしくなった
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
アフロディーテよりも美しく、コノハナサクヤよりも可憐、パールヴァティーよりも優しい
数多の女神ニャど足下にも及ばニャい程の愛し人
宝珠よりも、神器よりも
奇蹟よりも、神秘よりも
何よりも愛おしい愛し人に危機が迫った時、吾輩の怒りは天を貫き地を焦がす
ゲイボルグであろうと打ち砕き、アイギスであろうとも打ち抜くであろう』
二本足で立ち、両手を広げ、片足でターンを決め、左手を胸に当て、騎士の洗礼であるかの様に跪き、右手を差し出して、そう言いきった
どうした? 猫…?
あっ!
ほら、あの人が男の人に声かけられてる
『ニャぁ~にぃ~!!』
陶酔モードに入っていた猫?の周囲の大気が瞬時に歪み、目に見えるレベルでの放電現象が起きる
『やっちま…
なんだ… ティッシュ配りのお兄さんか
…うところであった』
逆立っていた毛がヘニャっとし、ボフッと膨らんだ鍵尻尾も元に戻る
『危ニャい危ニャい
こんニャ街中で、人間を"滅"する訳にはいかん
君も紛らわしい事を言わんでくれ』
勝手に僕の考えを読んでるくせに、勝手な事を言う猫?
どうやら、ティッシュ配りのお兄さんにも、わざわざ頭を下げる律儀な飼い主の女の人を見守っているらしい
過保護と言う言葉が似合うのかは分からないけど、猫?にとってみれば、何よりも大事だと言っているのが伝わる
でも、声をかけただけで、滅せられたらたまんない
『今のは君のせいである
吾輩も、愛し人の恋愛にまで口を出す気はニャいのでニャ
吾輩が愛し人のお相手にニャれれば一番良いのであるが、ニャにぶん、吾輩、猫であるから…』
少し寂しそうな顔…をしているのかは表情からは読み取れないけれど、猫であるという部分は一切譲らない猫?の語尾が少し掠れていた
ねぇ、猫?さん…
『いちいち?を付けなくてもよい
それに吾輩、バニ男である』
…じゃあ、バニさん
『ニャんである?』
何してんの?
女の人がビルに入って行くのを確認した後、七階建てのビルの壁を、まるで普通に歩くかの様に登り、現在、屋上の手摺に腰掛けて煙に目を細めながらタバコを吹かしている…
のを、僕が見てるんだけど、護衛はどうしたんだ?
『愛し人のお仕事を邪魔してはいけニャいである
それに建物の中に問題はニャいである』
お仕事って?
『子供向けの本に挿し絵を書くお仕事である
いらすとれ~た~と言うらしいニャ』
へ~
『愛し人は、将来、世界中で愛される絵本を書くことが夢ニャのであるから、今はお仕事とはいえお勉強中の身であるニャ
がんばり屋さんめっ!』
なにデレか知らないけども、バニさんは携帯灰皿でタバコを揉み消した
どこにしまってたんだ?
『時に…、君、ニャは?』
ニャ?
『ニャである』
?
『君のニャ前』
あぁ… 名前か…
僕は吉田 小龍
『流行りの綺羅綺羅ネームとやらであるか?』
違うよ
おじいちゃんが元は香港の人なんだ
ずっと日本で暮らしてて、僕もお母さんも行ったこともないけれど
おじいちゃんは、本当はシャオロンって呼びたかったんだって
香港じゃ、ロンは偉大だからって
『その偉大な男が、何故死んでも構わニャいと?』
『言いたくニャければ、言わニャくても良いである』
どっちにしろ喋れない僕の考えを読んで知ったであろうバニさんは、タバコを2本取りだし、1本をくわえて、もう1本を僕に差し出してきた
僕、まだ13才だけど?
『吾輩、まだ2才である』
細くて長いタバコに火をつけ、僕の右手をポンポンと叩く
なんということでしょう
動かなかったはずの僕の右腕が、自然とタバコを受け取るように動いたのです
ゴホッゴホッ
『まだまだ子供である』
むせる僕を横目に、美味しそうに紫煙を吐き出すバニさん
『とある少女がいた
その少女は、まだ5才の頃に火事で両親を亡くした
両親に守られる様に火事場から発見された少女も、背中に一生消えニャい火傷を負った
放火だったそうである
かろうじて一命をとりとめた少女は、他に身よりもニャく、施設で暮らすこととニャる
世界はそれほど優しくはニャい
いろいろあったであろう
辛く泣きたい時もあったであろう
それでも少女は、記憶の中にしかいニャい、いつも絵本を読んでくれていた両親に感謝し、生きていることを全力で楽しむことを止めようとはしニャい
少女はいつしか大人にニャり、幼き時に感じた、大好きだった絵本を読んでもらった時の喜びを、自分が書いた絵本で感じて欲しいと思うようにニャった
生きているからこそ
生まれてきたからこそ
自分にできる何かを探し
自分ができる何かを見つけ
その命を使う
その使い方は、自分のためであっても、他人のためであっても構わニャい
それが人間である』
短い指で、器用に灰を落とす
『その友達のことが嫌いであるか?』
…
『ニャらば謝れば良い
謝って許してもらえば良い
それができるのも、生きていればこそである
言ったであろう
天国の門も地獄の門も、ただ列に並ばされるだけであると
アニメタルもスーザン・ボイルも、そこでしか聴けニャい物ではニャく、iTunesで配信済みの曲であるよ』
ニッと牙を見せ笑う
猫に説教されるとは思ってなかった
『安心するが良い小龍
君の祖父は良いニャをつけた
世界中の誰に嫌われたとしても
世界中の猫が君のことを好きである』
え?
『中国では龍はロン
日本では古くは龍のことを“タツ”と言った
小さきタツ
誇るがいいである
“コタツ!”』
途中から意味不明なことを言いながら、手摺の上に立つバニさんは、空を睨んでいた
『護衛の時間である』




