無許可脱色
不思議な気分でおじさんたちに見られながら馬の首に抱きついて祈っていると、待っていた猫たちが戻ってきたことを知らせる話し声が聞こえた。
集中はまた中断して、目を開けて顔を上げる。
猫は準備をしに行った時と何にも変わらないように見えるけれど、お団子頭は大きな荷物を背負った人を連れてきた。
お団子頭自身は猫とおんなしで何も変わってないように見えるけど、なにか持ってきたのだろうか。
何しに行ったのだろうと思って見ていると、猫がちょっとスキップを始めた。
かと思ったら、すぐに足を止めた。
スキップの足の形で突っ立って、こっちを見つめてる。
「?」
見つめてくる猫の目は、講堂から見てくる人たちの目に似た印象を感じさせる。
よく見たらお団子頭も同じようにこっちを見つめて歩みを止めていた。
お団子頭の隣で荷物を背負った人、緑と茶色が混ざったあんまり綺麗じゃない色の長袖のシャツと、シャツとおんなじ色の長ズボンという格好で、長めの髪の片側だけを三つ編みにした細身のおじさんも講堂から見てるおじさんたちとおんなじ顔して固まっていた。
「どしたの?」
「……「どしたの?」ではないぞ。 何をしたのだ? 何をしたらそうなるのだ、それは」
猫が僕を指さしてくるけれど、なんのことだろう。
なんでもいいけど、猫の手は小ちゃくて指さしに見えない。 招き猫みたい。
「いや、解らなくはない。 解らなくはないが、それはおそらく第三連環浅下層の微最先端網花膜を弄らねば出来ぬと思うのだが。 ……一体全体何をどうやったのだ?」
猫がわけのわからんことを喋ってくる。
いったい猫は何をわかって、何をわからないのだろう。
「全然だよ。 何を聞きたいのか全然わかんない」
「ふむ……今、おぬしはそうやって馬に跨り、何を思って何をしていたのかと聞きたいのだ」
猫のさっきの言葉をどう捉えたらそういう意味として受け取れるのだろう。
学校へちゃんと行けばわかるようになるのだろうか。
僕は学校へ行ったことがないからわからないのだろうか。
「なんでそんなことを聞きたいの?」
僕の言葉に猫はピクッと一瞬だけ反応を見せたけれど、すぐに落ち着いた表情で言葉を返してきた。
「ふむ…… すまぬがその太郎が抱きついておる馬は何色なのかを言ってみてはくれないかの?」
「色? そんなの茶色だけど」
「なるほどの。 だが、もう一度聞くぞ。 その馬は何色かの? 今度はちゃんと馬を見てから答えて欲しいのだ」
そう言われて体を離して馬をよく見てみると、なんだか少し色がさっきと違う。
「あれ、こんな色だったっけ? もっと濃い茶色だと思ったのに」
「そうだ、もっと濃い茶色だったのだぞ」
猫がまた変なことを言う。
「でもそんなに濃くない、薄い茶色だよ?」
「今はそうだの。 なれば、その馬に手で触れていた部分の馬の色を見てみるとよい」
猫の言葉通りにすると、そこには僕の手の形そのままに真っ白の手形が残っていた。
よくよく見れば馬はなんだかコーヒーに牛乳をたくさん入れて、混ぜる前みたいな色の広がりになっている。
「それにの、馬だけではないのだ。 あれを見るのだ」
そう言うと招き猫は上を指し示す。
「生えてしまっておるだろう」
「はえた?」
猫の示す方には、建物の天辺から伸びた大きな木の枝先が見える。
もっと建物と同じ太さまで立派に育てば、まるで木をくり抜いて作ったみたいな建物になりそうだ。
生木に釘を打ったりするのはすごく縁起が悪いからダメだと言っていた師匠が見たら、釘を打つどころじゃないから気持ち悪がるかもしれない。
「昨日はあった屋上が綺麗さっぱり命の芽吹きに飲み込まれて、随分と立派になってしまった。 これはもしかしたら急成長の影響を受けて強度に不安要素が出ておるかもしれんな。 まあ、そこは追い追いだの。 それと……おぅい、そこにおるのだろう。 お主らも出てきて話に混ざるのだ!」
猫は講堂の方へと声を投げた。
「他人に自分の頼まれごとを押し付けておいて、なんでそんな感じなの?」
「話に混ざってもわからないことばかりですから、私達じゃあ役に立てないと思いますけど」
すると、猫の向いていた方とは違うところからエミとミトラルカちゃんが顔を出した。
猫は二人の方を振り向き固まると、目をそらした。
見かねたお団子頭に優しく小突かれてから、猫は再び話し始める。
「二人とも、いいからとりあえず聞くのだ。 さて太郎よ、ここ千年ちょいほどの間、ここで大したことは起こらなかったのだ。 室内に草は多分生えることもなく、雨漏りも多分無かった。 だが見よ、おぬしが訪れてからというもの建物は三階建てが高層化を果たし、未知の領域にある法は魔の名を持ってして目の前に現れ、遂にはミトラルカなどその生態に劇的の変化を得たのだ。 もうおぬしが馬に変化を与えたとて何も驚かぬ、驚けぬのだぞ」
そんなこと言われても困る。
「 皆で解決に向けて動いてはいるが、多分あんまし効果は見込めぬのだ。 解決というよりかは解明だがの。 そこでだ、一つずつ解決しようではないか。 だがそれには時間がかかる。 なのでいっぺん出かけて場を離れることにより、物事を客観的かつ冷静な目を持ってことの解決に到ろうと思うのだが、どうだ」
「どうだじゃないよ主任、あんたは面倒だからと後回しにする癖があるからね」
「そういう話ではないのだがの」
そこでスッと一人が手を挙げた。
シュッとした姿勢のミトラルカちゃんだ。
「あの……先生たちは原因、もしくは一因に、えっと」
ミトラルカちゃんが僕の元へとやって来ると、そのままの勢いで抱き寄せられた。
「彼女が関わり合いになっていると考える要因は何かお有りなのでしょうか?」
そのミトラルカちゃんの言葉に即座に反応したのはエミだった。
「ちょっと待ってよミト! 要因も何も他にどう考えるのよ、この娘以外に今までのことが起こった原因なんて考えられないでしょう?」
「ふむ、だがミトラルカの言うことは一理あるのだ。 目の前の簡単な答えなどに飛びつくなど研究者にはあってはならんのだ」
『ま、わかるけどそう言い切れるのはウチみたいな環境下だから言える話だよねー。 普通は研究費を抑えるために早く結果出せ出せ言われて道間違える人多いし』
猫の言葉に応えたのは、お団子頭でもミトラルカちゃんでもエミでもない。
声は上の方から聞こえた。
上を見上げると、そこにあったのは窓。
窓から知らないお兄さんが顔を出してこっちを見ていたのだ。
『オッスー』




