猫の誤解
「オッスじゃないだろうよ、まったく。 髪は寝癖がついて、シャツは襟がヨレヨレ。 あんた、招集無視して今まで寝ていたね? 後で私のところに来なさい。 その生活態度を後悔させるから」
ため息を吐きながらお団子頭が窓を見上げた。
頭のお団子が巨大なので、上を向いた時に重みで首が持っていかれてる。
髪型に慣れてないのかな、それとも上を普段向くことがないのかな。
試しに思い切り真上を見るように空を見上げたら、首の普段使っていないところが縮んで気持ちいい。
夢中でやっていたら馬に跨ったまま上半身を起こして見上げていたために、未だ抱きしめて離さないミトラルカちゃんの方へとずり落ちそうになった。
「昨晩未明に帰ったばかりなんですよ、派遣させてる人間にはそこんところを融通して貰わなきゃ」
「ああなんだ、あんた昨日帰りかい。 そりゃ起こして悪かったね」
「いいですよ、元々そんなに眠りが深いタチでもないんで」
窓から見えるお兄さんは眠気を振り払うように目をこすり、大きくあくびをした。
「それよりもなんか、どこか出かけようとしてます?」
「そうだがー?」
お兄さんに猫が肯定の返事を聞こえるように、大きな声を出す。
猫と同じようにお兄さんを見上げたら、またミトラルカちゃんの方へと傾いた。
位置を直したいけど、馬の毛並みがツヤツヤで一度滑ると戻れないっ。
「そこに転がっている男と一緒に?」
「その通りなのだ」
「そりゃやめたほうがいいですね。 そいつ身元を偽っている可能性が高すぎますから」
「なぬ?」
「だってそうでしょう。 その馬は本物なのにそいつの格好は偽物なんですよ? 怪しさ爆発してるじゃないですか」
はー ……お兄さんが言っている本物の馬ってなんだろう。
馬は馬じゃないのかな。
でも本物がいるのなら、偽物もいるってことなのかな。
偽物の馬ってどんなのだろう。
ロバのことかな?
それともヤギのことかな?
もしかしたら馬に似ているけど馬じゃないのかも。
脚がいっぱいあったり、目が縦に五つづつ並んでいるのかも。
うーん ……ちょっと気持ち悪いような、不思議とかっこよいような不思議な感じな馬だなぁ。
「あとは…… 帰って来る一週間ほど前から耳にしだしたんですけどね、なんでも最近失踪やら人攫いやら物騒なことがちょこちょこ起こっているみたいですよ」
「ほう。 それもやめたほうがいいと言ったことの理由か?」
「ええ。 あ、あとそれと同時期くらいから技術者の引き抜きが流行っているみたいですよ」
「へえ、初耳だね」
「はい、帰ってきてからはすぐに寝たのでこの話は今初めてしましたから」
「なるほど。 てことは、なにかい? あんたは報告を後回しにして寝こけていたわけかい。 情報は鮮度が命だと重々知っている派遣任務についている身なのにねぇ?」
「あー……」
「うん、やっぱり後で私のところに来なさい。 素敵な説教タイムだ」
お兄さんが項垂れ、お団子頭の言葉が尖り出した。
かわいそうだけど怒られている人を他人がたいした理解もせず、何もわからずにその場の感情だけで介入してはいけないのです。
師匠が言うにはそれは人を貶める行為なのだとか。
師匠は僕のことをちょびっとしか怒らないからイマイチわからないけれど、僕が人に怒るときは僕とその人のことを考えているからきっとそこらへんが師匠の言いたい何かなのだと思うけどどうだろう。
ちょっと確信が持てないので、なんかもやもやする。
「のう、太郎」
「なーに?」
猫がこちらを見上げている。
僕はさっきからどんどんとミトラルカちゃんの方へとずり落ち続けていて、足をかろうじて馬の首に引っ掛けて、手ではミトラルカちゃんにしがみついているところ。
ミトラルカちゃんも僕を抱きしめてくれているけど、限界は近い。
「うーんっ」って言いながら白薔薇も落ちないように引き上げてくれようとしてくれているけどやっぱり近い。
僕ブリッジの崩壊はもうすぐのようだ。
「今の話を聞いてどう思ったかの」
少しずつ近づいていってしまう猫の表情は真剣に見えた。
「今の話ってどれー? ……馬のニセモノの話っ?」
「馬の偽物? そんな話、したかの?」
あれ? さっきしたはずなのに。
……あれ?
「そうではなくての、話とは人が何にせよ居なくなるという話の方なのだ」
「そんな話した…… した?」
「聞いてなかったのかの」
「うわっ!」
返事しようとしたらズルズル落ち始めた!
「……うんっ」
強くミトラルカちゃんを抱きしめることで、どうにか体勢を維持できた。
でももう体は吊り橋みたいに真横を向いちゃったから、もう馬からは降りようかな。
「聞いてなかったのか、まあいいのだ。 での? 人が居なくなるということはの、命尽きていなければ他の場所では人が現れる可能性が生まれとるということなのだ」
「……うんっ、ん?」
「ほんとうにわかっておるのか? 太郎、それは彼らはおぬしらと同じ境遇と言えるという意味だぞ」
「同じ? 僕はいなくなっちゃった人と同じなの?」
同じと言われて考えてみると、お姉ちゃんたちはともかくとして、師匠からしたら確かにおんなじだ。
でも一度だけ手紙は出したし、おんなじだったって方が正解かなぁ。
今度もう一度師匠にお手紙を出しておこう。
あの手紙を見て遊びに来たら僕はいないからね。
……いや、その時は僕が帰るか、師匠に来て貰えばいいのか。
手紙はもうちょっと後でいいや。
「もしかしたら、その居なくなったという人たちの何割かは太郎と同じような記憶の欠如が見て取れる状態になってしまっていて、連絡が取れないのかもしれぬのかもな」
手紙のことを考えていたら、猫が変な事を口にした。
何を言ってるんだろうこの猫は。
あんまりに変なことを言うから馬にかかっていた足が外れて落っこちるかと思った。
地面に落ちる前にミトラルカちゃんがそのまま僕を後ろから抱き上げてくれたから大丈夫だったけど。
「なんのこと? 記憶は何ともないし、連絡はちゃんととってるよ?」
何か勘違いをしているらしい猫にちゃんと誤解を解いておこう。
別に勘違いされていてもいいのだけれど、本当のことを知らないことで後々に猫が恥ずかしい思いをしたらなんか可哀想だから。
「それは変な話だの。 ……いやいや変ではなかった、記憶違いをしている人間には虚実による齟齬は認識できぬのだから正しいと思っていても不思議ではないのだ」
でも猫はその勘違いに何かしらの確信があるらしくて納得をしてくれない。
どう言えばいいのかと、抱き上げられていて仕事がない僕の足を見つめながらぶらぶらさせて考えてみたけれど、結局よくわからなくなっちゃった。
しかたないのでそのままを話してみればいいや。
「でも本当だよ。 師匠には手紙も出してあるし、お姉ちゃんたちは僕たちがここにいることも知っているもん。 むしろ何でそう思うのかが不思議」
「だってのぅ…… 太郎、おぬしたちは名を失くしておるではないか」
「ぇ」
「わらしだって昔の名は今は使っておらぬけれども、今もちゃんと呼ばれておる名はあるのだぞ。 わらしの今の名は「先生」とか「主任」とかいくつかあるが、人それぞれに呼ばれる名はあるのだ」
そう猫が言い終わると、ミトラルカちゃんが否やを口にした。
「あのね、先生。 「先生」とか「主任」っていうのは名前じゃなくて役職名ですよ? 現に他にもたくさん「先生」と呼ばれている人達が居るじゃないですか」
そう言ったミトラルカちゃんに猫は「ちちち」と手を振る。
もしかしたら指を振っているつもりなのかもしれないけれど、僕にはやっぱり手を振っているようにしか見えなかった。
ハンモックと大量の本を買って外で読む、という行為が楽しすぎて全てを後回しにしていましたけど、寒くなったのでブームが去りそうです。




