ネズミ問答
「違うのだ、わらしは昨日ちみっこばあさんに騙されてから面白いことがあるかもと夕ごはんも食べずにここでいろいろ調べていただけなのだ」
猫は口元をくいくいと腕で拭いながら弁明を始めた。
それでも無意識にか口元を拭うその行動は、エミにネズミの存在を過らせるには十分だったみたい。
エミの目が僅かばかり細められた。
「じゃあ、その口の赤いのはなんなの? ……本当にネズミでもいた?」
頭には過ぎろうとも、エミの言葉からは否定の心持ちが読み取れた。
言葉には出したが猫が本当にネズミを襲おうとは思っていないみたい。
僕は猫がネズミを捕まえるのは当たり前だと思うのに。
もしかしたら猫はオシャレさんだし猫缶派なのかもしれない。
「何度も言っただろう、わらしはネズミを襲ったりなどしたけどしていないのだ。 あの時付いた返り血は別に口にだけではなかったはずなのに、なぜこんなにみんなから同じことを言われるのだ? 不思議で仕方ないのだぞ」
猫は首を傾げてみせるが、口元の赤い跡は擦られたせいでワイルドな野生が垣間見えている。
「はあ。 ま、いいですけどね、ネズミは食べてても食べてはいなくとも。 それよりも昨日あれからここに篭って調べていたんですよね」
「だからネズミは! ……もういいのだ。 確かにそんな些事よりもこっちの方が大事なのだ。 あれから調べた結果から言うかの」
そうして猫は一晩かかって調べたことを一つ一つ口にしだそうとして、なぜか口を閉じた。
「……その前に、まずは言っておくことがあるのだ」
猫は躊躇いを見せるような口調でチラチラとこっちを見てくる。
なんだろう。
言いたいことがあるのなら、はっきりと言った方がお通じがよくなるんだぞ?
師匠がそう言ってた。
僕はよくなったらたくさんトイレに行かないといけなくなるから、師匠から聞いてからはあんまりはっきり言わないように心掛けているのです。
あれ? なら言わない方がいいのかな。
よく分からなくなってきたぞ?
僕がトイレについて考えを行ったり来たりさせていると、猫が途切れたままだった話を再開しはじめたのでトイレから意識を戻した。
「のう、ちこく人間」
「主任…… 昨日言ったはずですよ。 私の恩人なので、そのように呼ぶのはやめて下さいと」
「おお、すまぬ。 そうだったのだ、えっと…… 名をわらしは聞いておったかの?」
ミトラルカちゃんに窘められた猫が僕に名前を聞いてくるけれど、まだちょっと名前は無い。
そういえば白薔薇は僕の名前のことは忘れてしまったのだろうか。
とにかくと僕は猫に首を振りながら「名前はまだ無い」と簡単に事情を説明した。
「ふむ、それなら適当に呼ぶのだ。 ええと……ちっちゃくて子供で……恩人…… うむ、ならちみっこさん、ちみっこさんがいい。 ちっちゃいことと恩人として敬うことを見事に両立できておるのだ。 我ながらなかなかだの」
僕は確かになかなか考えられていると思った。
けれどミトラルカちゃんとエミを見ると、寂しそうな瞳で猫を見つめている。
白薔薇は何にも考えてない顔で猫の言葉に頷いてる。
水色ちゃんは聞いてない、水玉を飛ばすのに夢中。
「よし。 それでの、ちみっこさん。 おぬしに聞いておきたいことがあるのだ」
「なあに?」
「おぬし、授業の時に描いた陣を覚えておるかの?」
「授業の時のは覚えてる。 そこの……」
僕は草だらけで見えなくなった、昨日描いた場所あたりをだいたいで指差す。
「それでしょ」
「うむむ? そこではないのだ。 隣の隣の部屋だっただろう? まぁいいのだ。 それでの、それを描いた時に何を思って、もしくは何を参考にしていたか覚えてはおらぬか?」
「考えてたこと」
「そう。 それを聞いておきたい」
昨日?
昨日は何を考えていたっけ?
あの時は確か……
女の子に教えてもらいながら、猫のマネをして……
「ああ!」
「お? 思い出せたのかの?」
「うん、思い出せた。 モヤモヤだった」
「モヤモヤ? なんなのだ、それは」
「わかんない、モヤモヤの感じを閉じ込めてる気分で描いてた」
「ほほう、聞いたところでさっぱり分からぬとは予想外だったのだ。 ではもう少し詳しく。 それは悪いモヤモヤか? 良いモヤモヤだったか?」
モヤモヤにいいとかわるいとかあるのか。
「モヤモヤはお手本を描き直してるのを見たときに感じたモヤモヤだからよく分からないよ。 強いて言えば普通より少し偉いモヤモヤだった」
「偉いのかの。 それでお手本とは、わらしの描いたやつのことでいいのかの?」
「そう」
「なるほどな。 ちょっとわかる気がするのだ」
さすが人にモノを教える立場なの。
喋った僕でもよく分からないところがあるのに、それでもちゃんと受け取れるところを見つけて自分のものにできるのか。
賢い猫なのです。
「主任? 話が要領を得ないんだけど、調べた結果は聞かせられるレベルに至らなかったわけなの?」
エミが焦れてきた。
エミはせっかちな気があるので待つのは苦手みたい。
「うむ。 まあ、あんまり言えることはまだ無いがの。 「おそらくは」程度で良いならばの、学舎が不満を抱えておるかもしれぬ」
「不満ですか? 学舎が?」
「そうだミトラルカ。 窓の外にもあるであろ? アレもわらしの考えでは肯定の、他の考えからの是正を意味しているのだよ」
猫がそう言ったところで猫のそばの草が揺れた。
そしてそこから一人顔を出した。
「おう、起きたのかの鰲赤。 みんな集まっておるぞ」
「あら……それはそれは。 みなさん、おはようございます」
「お、はよう、ございま……」」
学徒長の挨拶は注意散漫に返された。
他意があったわけではなく、他のことに注意を持っていかれたために。
「ねぇねぇ、寝る前にネズミ食べた?」
僕の言葉に怪訝な顔をする学徒長。
なんでそんなことを言うのかといえば、答えは簡単。
それは学徒長の口の周りが猫と同じく赤に塗れていたからなのだった。
今日は用事がたくさんあったから、寝る前に書くの。
けど眠くていつも以上にもやっとした出来かも。
もう眠くてわからないのです。




