ようこそ! 水色ちゃんと草
僕の手のひらの小星は、水色ちゃんの声で話すたびに小さく震える。
くすぐったくなるのは、これなのかな?
『聞いてるー? 返事してー』
小星から水色ちゃんが僕を呼んでいたみたい。 違うこと考えてて気づけなかった。
「あ、ごめんね。あんまし聞いてなかった」
『もう! ……わかった、今からちょっとそっち行くから』
「来るの? そっか、じゃあ待ってる」
水色ちゃんとの話を終えて視線を小星から外す。
猫とおじさんのケンカもいつの間にか終わっていて、僕たちの方を見ていた。 とくにおじさんはなんでかすっごくびっくりした顔で固まってて、少しだけおもしろい。
おじさんと猫以外を見回しても、部屋の中は楽しそうなものもないし見るものもなくてヒマ。 なので小星を手のひらから落とさないように気をつけながらくねくね踊ってヒマを潰して待っていると、白薔薇が手を伸ばしていつも通りにくっついて来た。
「ん? おかえり」
「……うん、ただいま。……考えてた事が頭から飛んでっちゃった…」
「なんで?」
「……」
白薔薇はおでこを僕に擦り付けるだけで返事はしなかった。
もしかしたらチューしたのがダメだったのだろうか。 でもチューくらい大したことないのに。 師匠とだってしてたし、白薔薇ともこの前した気がする。
この前と違う点が何かあったのかな……?
考えてもわからなかったので再び踊りだすと、僕につられて白薔薇も踊りだした。 二人でくるくる踊っていると、手のひらの小星が少しだけ明るく光り始めたのに気がついた。
「光った」
「なんなのだ? それは」
光る小星にふらふらと猫が寄せられている。
すごくすごく虫みたいだけど、嬉しくない話なので口を開くのはやめておいた。
猫って僕の想像だとたぶん虫とか草も食べるんだけど、「ニンニクみたいだね」とか「クッキーに似てる」なんて自分が食べるものに例えられても僕は嬉しくないなと思ったから。
だから言うのは心の中だけ。
ふらふらと近づいてくる猫虫は前だけを見て足元を見ていなかったからか、草に足を取られてつるりと転ぶとそこにあった水たまりに落ちた。
水たまりの少ししかない水のほとんどを猫のシャツが吸い取ったので水たまりはなくなってしまった。
「な、なんなのだ。 びっくりしたのだぞ!」
猫が水たまりに驚き少し暴れたので、シャツからパシャンと跳ねた水が乾いていた床も濡らす。
「そもそもなんで部屋に草が生えているのだっ。 もうっ!!」
猫が自分のつまづいた草をぺんぺんと叩く。
草はへにゃっと倒れて、猫が手を離すと少しだけ立ち直る。
少しへこたれた草はゆっくりともとどおりに立ち上がるとふるふると震え出した。
「なんだ? 草っぱが怒ったのだ」
草は震え続け、次第に葉の先から白い花を咲かせはじめた。
葉の先に直接咲いた花はすぐに散り、また咲きを繰り返してはどんどんと白い範囲を広げていく。
「ぬ? なるほど。 怒ったわけではなく、広い範囲へ飛ばすために震えておるのかの」
猫は納得顔をするが、おじさんは困惑していた。
「いやいや待てよ主任。 なんなんだよこの植物は。 少なくとも俺はこんなものは見たことがないぞ」
「ははん、ミクラスよ。 世界はお前の知っとる事の方がずっと少ないのだぞ。 そしてそれはお前が死ぬまで逆転はせぬだろうな」
「今はそういう話じゃないだろう、主任。 種も何もない場所に、しかも急に生えた草だ、不気味だろう」
「なんだと……ミクラス貴様草のことばっかり言うってことは水たまりはお前のせいか! こんにゃろ!」
猫がおじさんの脛をげしげし蹴る。
「なにをこぼした! なにをこぼしたのだ!」
「知らん知らん、水のことも知らん。 本当に俺は何にも知らん!」
おじさんの言葉に猫はキョトンとした。
「そうなのか。 すまんミクラス、わらしの早とちりだったのだ」
猫の言葉におじさんは苦い顔。
「物わかりが良すぎるから主任はこういう時面倒がなくていいが、気持ち悪いし心配にもなる」
「気持ち悪いとは何事なのだ。 謝った先からケンカか? ケンカがしたいのかの?」
「……悪かった、主任。 そういう意味じゃなかったんだ。 誤解させてすまない」
「うむ、誤解なら仕方ない。 そういうことはみんなにあることなのだ。 誤解して悪かったの」
「……ああ」
その時、猫とおじさんを見ている間も踊っていた僕の手のひらにある小星が一際輝いた。
目を向けると小星からまた声がする。
『ごめーん神ちゃん、なんでかそっちに現し身が出られないの。 替わりに出した小さい私が呼んでるから拾ってくれる?』
「呼んでるの?」
『そうだよー』
小さい水色ちゃんってなんだろうと思いながら近くを見回して探してみると、猫の濡れたシャツのポケットからちっちゃな水の球が僕の方へ一つ、また一つとゆるゆる飛んで来ているのに気がついた。
なるほど、これかな。
猫に近づいて、ポケットにそっと手を入れると指先に触れる小さな手があった。
「なんでそーっとわらしのポッケに手を入れるのだ? 今日はもうみんな出したか何にも入ってないのだぞ?」
猫が僕を見上げるので「ちょっと待って」と待ってもらい、人さし指を中の子に届くまで差し入れた。
「つかんでみて」
入れた指には、すぐにしがみついてくる感覚がした。
「引っ張りあげるから少しがんばって!」
指をそーっと引き抜くと、指にしがみついていたのはちっちゃな水色ちゃん。
手のひらに乗る大きさでちいちゃくて、幼いという意味でもちいちゃかった。
「わあ! なんなのだ?! わらしのポッケが子供を産んだのだ!」
猫が目をまん丸にして耳を上に立てて驚いてる。
『それじゃあ神ちゃん、私をよろしくね』
小星から水色ちゃんの声がすると、小星から明かりが消えていった。
「ようこそ、水色ちゃん」
ちっちゃな水色ちゃんが頷く。
白薔薇も水色ちゃんの頭を指で撫でて歓迎してる。
猫も背伸びして僕の手を上を覗き込んだので、少し下げて見やすくしてみた。
「よく生まれて来たのだ。 ポッケから生まれたからお前はシャツの子供なのか? お父さん似なのかの?」
水色ちゃんはぶんぶん首を振った。
「違うのかの? 大っきくなるとシャツになるのかの?」
水色ちゃんはぶんぶんと首を振る。
「ん? どういうことなのだ?」
猫は首を傾げて唸ってしまった。
「え、おい……草はなんなんだよ!」
おじさんの声が大きくてうるさい。
おじさんが叫んだからか、水色ちゃんが草の方を見ている。
「水色ちゃん、あれなんの草?」
水色ちゃんは質問した僕の顔を見ると、猫と同じように首を傾げたのでした。




