猫はケンカ、白薔薇は赤く
猫の後をついて歩いてしばらく猫道を進むと、一つ扉の前に辿り着いた。
扉はそんなに大きくはないけれど、凝った彫り物が縁に施されていて素敵な古臭さがある。少しだけ白薔薇と出会った洞穴で見た戸を思い出す感じ。 あ、この扉にはノブついてない!
僕が観察している中、そのノブのない扉を猫が手でノックする。
けれど爪がカシャカシャと扉を叩く微かな音が鳴るだけで、扉に音は響かない。
けれど猫はそんなことなど気にせずに扉を押し開けた。
「ただいま帰ったのだ! ちこく人間も入るのだ」
「おう主任、おつかれ。 つか遅刻人間てなんだよ」
部屋の中からは野太いおじさんの声が聞こえてきた。
「ちこく人間はちこくした人間に決まってるのだ。 寝ぼけたのかミクラス。 ん? どうした、ちこく人間。 ほら、早く中に入るのだ」
軽口を叩いた後で、猫は僕の後ろに回ってグイグイ押す。
高さ的にやっぱりお尻をグイグイ押して、ぴょんこぴょんこ跳ねては押してくる。
猫に押されるままに入った部屋は窓が無いのに明るかった。
部屋に居たのは一人。こっちに背中を向けて椅子に座り、机に向かって何か書き物をしている、猫と話していたおじさんだけ。
「あんまりこの部屋に人を入れないで下さいっていつも言っているのに、主任はもう……」
おじさんは振り向きざまに苦言を呈する。
しかし苦言はそこまでで、喋っていたおじさんは話の途中なのに僕をガン見したまま動かなくなった。
「お前は相変わらずせせ細い事を言うの。 あんまり気にしすぎて禿げたらいいのだ」
猫のあんまりな言葉にもおじさんは反応をしない。 ただ僕を見つめるだけ。
「人間……? 嘘だろ、あり得ない。 主任、この方を一体どこから連れて来たんだ」
再び動き始めたおじさんはひどい事を言い出した。 なんておじさんだ。
「わらしの教え子だ、あんまり失礼な事を言うなバカモノ。 きっちり、人間なのだぞ」
「本気か? 主任。 もう一方なんて考えるまでも無いぞ? その目はちゃんと見えてないのかよ」
「うるさいぞ薄らハゲめ」
「誰がハゲだ!」
「わらしから見たらお前なんぞつるっぱげ同然なのだ」
「毛むくじゃらから見りゃあ、そうだろうが決して禿げてないぞ」
「ははん、そんなものは時間の問題なのだ。じじいのじじいのそのまたじじいもみんなハゲとったぞ」
猫とおじさんがケンカしているのを見ながら、僕は王様のことを考えていた。
子供に囲まれていたのに王様がいないことが少し変な気分だったからかもしれないけれど、そうじゃないかもしれない。自分でもよくわからないまま何となく王様を思う。
「ねぇ、しろ?」
「……んぅぅ……ぇぇぅ……」
白薔薇は返事をしてくれない。 唸るだけ。
「しろ、電話はどうやればいいんだっけ?」
「……にゅぅ……」
白薔薇は唸るだけで、やっぱり応えてくれない。
仕方がないので実力行使。
浮いていられる白薔薇から一旦手を離して両手の自由を得ると、白薔薇の左右の耳たぶを摘む。
そのまま引っ張ろうかと思った耳たぶは、ほんにゃりと柔らかくてあたたかい。
何だか壊れそうな柔らかさに思わず手を離した。
かわりに両手でほっぺを挟み込んで、親指で丸を描いてさすってみる。
「王様と話がしたいんだけど、どうしたらいいのかわかんないの」
ほっぺをくりくりくり。
「さっき出来るって紺碧ちゃん、言ってたよね」
ほっぺ、さわさわさわ。
それでも白薔薇は返事をしない。
しょうがないなと白薔薇の小さな鼻をそっとつまみ、口も手で塞いでみる。
きっと息が苦しくなれば、考え事どころじゃないのだ。
十数えても白薔薇は全然苦しそうにしないし平気な顔。
おかしいなと思って塞いでいた手をどけ、口に顔を近づけてみた。
ん〜……息を感じない。
吸ったり吐いたりしてないのかな? じゃあ吐かないんなら空気を入れてみようかな。
僕はつまんだままだった手も離して空気を吸うと、白薔薇の口に口をくっつけて空気を送り込んだ。
ちょっと空気を入れだしたら、白薔薇の目が開いた。 お、こっちを見た!
白薔薇が反応をしたけれどまだ吸った空気が残ってるから、残りも入れとこう。
まだまだ空気が残ってると思ったのに、出してみるとすぐに無くなった。
全部出したら苦しくなったので、口を離して深呼吸。
「はー。 ふー。 息って思ってるより吸ってないんだな。疲れるや」
自分のほっぺたを触るとちょっと暖かい。 きっと赤くなってるぞ。
白薔薇を見てみれば白薔薇も自分の赤くなったほっぺたを触ってる。 吐いても赤くなるけど、吸っても赤くなるのか、知らなかった。 今度思いっきり吸ってみよう。
「しろしろ、目が覚めた? 聞きたいことがあるんだけど」
白薔薇は収まらない赤い顔を手で押さえたままで僕をチラッと見てから、すぐに俯いた。
「しろ? 王様と話がしたいんだけど、出来る?」
それでも白薔薇は俯いたまま。
ダメだったかと思っていると、ポケットから声がしていることに気がついた。
「や、やめ! くすぐったい!」
右と左の両方のポケットが喋って震えて、僕をくすぐる。
あんまりにくすぐったいからポケットを叩いてくすぐりを耐える!
それでも僕のポケットはプルプルしてはくすぐりをし続けてくる。
あまりにくすぐったいので僕はポケットを摘んで太ももから遠ざけ、やっとくすぐったいのから解放された。
「もう、なんなの!」
ポケットを睨むと、さっきよりも少しだけポケットの声が大きく聞こえた。
『……おーい、おいおーい。 神ちゃん聞こえてるー?』
ぬ? これは……水色ちゃんの声!
すぐにポケットに手を入れて、くすぐってくる小星をひとつ掴むと、震えるのは手のひらの小星だけになり、くすぐったくなくなった。
「聞こえたー。 なんでくすぐるのー?」
『ん? 擽る? 何のこと? それより呼んだでしょ』
「僕、呼んだの? いつ呼んだっけ?」
『王様と話がしたいって言わなかった?』
「言った。今言ったよ」
『それだよ。 喋るか振れば繋がるよって言っておいたでしょ』
あ、そう言えばそうだった。 すっかり忘れてたのだ。




