模様描き
「わかったのだろう……みんなもやってみるといいのだ……」
猫の言葉にみんなが「本当にいいのかな」と戸惑いを見せながらも動きだしました。
猫は随分と凹まされてしまい、言葉も弱々しくなってる。
それでも猫は、黒く焦げて穴の空いた床から少し離れたところに散らばっておずおずと模様描きに手を出し始めた子供たちの間を通っては、手が止まっている子供に「どこがわからぬのだ?」と話して回ります。
同時に、手の止まらない子にも目を向けては、褒めたり助言をしたりと暇をつくらずゆったりとした頼もしさを放っています。
「あれー? 先生ー。ここは抵抗噛ませるのー?」
「うん? どこなのだ? 見せると良いのだ。……ここかの。ここは全体で回せば減衰するから噛ませなくてもいいのだ。その代わりに始まりの方を補強しておくといいぞ。バイパスがオススメなのだ」
「そっかー。わかった、ありがとう先生」
なるほど、授業ってこんなんか。
いいかんじなの。
さて、と。それじゃあ僕もやってみるかな。
まずは子供たちの様子を観察してみよっと。
みんなは僕よりもずっと進んだ勉強をしているのだから、僕は僕なりにみんなの知恵を吸収しなきゃ。
僕が周りを見ながらホムホムと呟いていると、ポンポンと肩を叩かれた。
「あの、はじめてやる……んだよね。えっと、道具もないみたいだし……一緒に、やる?」
おずおずと声をかけてくれたのは薄い茶色の、きっとお日様の光を浴びればキラキラと輝く綺麗に手入れされた髪を肩までで切り揃えた、鼻が小さくて優しそうな目もとの女の子です。
右の目尻には黒子が小さく目をひき、背が伸びればきっと、よりステキな魅力を放つこと間違いなし。将来有望なのです。
「やる! 一緒にやるよー」
「///……じゃ、じゃあどうしようか。 えっと、そっか。まずは道具のことを教えるね
」
急に照れ出してどうしたのだろう。楽しいのかな? 楽しいのだな!
そうだな、僕も楽しいのだ!
浮かれ気分で女の子のほっぺを指でツンツン。
「ひゃあ! あ、あうあぅぁ……」
「あ、ごめんね。テンション上がっちった」
「い、いえ。楽しんでもらえているなら幸いです……」
なんてことだ。
この子は本当に子供なのか。
気も使えるし、しっかりしている。
子供のうちからこんなに大人っぽいと、大人になったらすごい大人になってしまうのではないのだろうか。
大人+大人=……おばさんかな、おばさんになるのか?
いけない。もっと子供らしくあっても良いのではないのか。
でもおばさんってカッコイイんだよね。
僕の友達の占いしてるおばさんは、相談にもすぐに乗ってくれるしすごくちゃんとしてる。ちゃんと大人。
逆にコンビニの、金髪でピアスしてる友達は優しくてはきはき喋るけど、大人とは違う気がする。本人はもう大人だって言ってたけど。
うー???
「あ、あの!」
は! 考え事してて女の子との会話を蔑ろにしてしまった。
ダメだ、こんなの大人じゃない。僕はやはり大人ではないのか……
「これを使って陣を描きます……あの、聞いてますか?」
ハッとして女の子の顔に視線を戻し、僕は動揺が隠れるように心掛けながらこっくりと頷く。
同じミスを連チャンでやってしまった衝撃から声を出せなかったのだ。
「えっと、これは黒炭です。線さえ引けていれば結構なんでもいいんですけど、授業では間違いを正せるように見えるもので描くんです。指でなぞるだけでも手の脂やなんかで陣は引けるらしいですよ」
「……なんでもいいの?」
「はい。大抵は大丈夫だって先生は言ってましたから。ただ、平たい床なんかに描くときと、小石やなんかが落ちている地面に描くのとでは勝手が違うので、陣自体を組み替えるみたいです。描き難い屋外では野方式とかなんとかがあるって聞いたことがあります」
「やほー?」
「はい。野方の式で野方式です」
なんか前にも聞いたことがあるような?
んや、ないな。気のせいなのだ。
「じゃ、やってみましょう」
女の子は僕に一欠けの黒い塊を渡してくれます。
なるほど、これが黒炭なのか。はじめて触ったけど、硬くて軽いんだなぁ。
光にかざしてみたけど透けないし、ツヤツヤもしてないので輝かない。あ、手に黒いのが付いとる。
「線を引くのって意外と難しいんで、まず慣れた方がいいですよ。私たちも初めは線引きの練習からしましたし」
「わかった!」
返事をしたものの、これで線を引くだけがそんなに難しいものなの?
疑問符を浮かべながら白薔薇を抱えたまましゃがんで、床に黒炭を擦り付けて線を一本引いてみる。
「ん? んんん〜?」
「はじめはそんなものですよ。あんまり途切れてしまうと完成しませんけど、目に見えないレベルで繋がっていることがよくあるのであまり気にし過ぎてもダメです」
床に直接引いた線は、平らなところでさえ途切れ途切れで一本の線たり得ません。ましてや木目に引っかかっては飛び飛びになり、クルンと円を描けば掠れるどころか空回りしている感触で、跡もやはり残っては見えません。
確かに難しい。
「さ、私もやらなきゃ」
僕のすぐ隣で女の子も模様を描き始めました。しっかりとした線ではないけども、僕とはそれでも全然違う。やっぱり上手いのです。
僕も僕で頑張らねば。
線を引くのってこんなに難しいのかという事を思い知りました。
ん〜……ちょっと難しすぎるのではないのか。どうにかならぬものか。
うぬぬ。……要はこの黒いコゲコゲが模様になればいいのだよね。
て事はだ、別に擦り付けて模様を描かなくてもいいのか。
黒炭っちゃあ木の焦げたやつ……なんかな?
なら床も木だし、床を直接焦がしても大丈夫なんじゃないかな。
うーん…… ま、やってみればいいか。
あまり考えてもわからないので、僕は右手の人差し指と親指の間に電気を飛ばしてみる。
パチパチパチとちっちゃなカミナリが見えるので、それを床に付けてみる。
ほんわか焦げ臭さと薄い煙が立ち上ってから指をどけてみるとちゃんと床が焦げた。
「やった! ちゃんと出来た」
嬉しさ余ってそのままに、思うままの模様を描いていく。
まずはさっきの猫の真似をしようかな、と指をなぞったところで僕はさっき感じていたモヤモヤを思い出した。
そうだ、そうだった。モヤモヤだ、モヤモヤなのだ。
僕はモヤモヤを心に置きながら好きに模様を描いていく。
描いていくうちに、人差し指と親指じゃなくても人差し指と床でもちゃんと電気が飛んで、黒焦げになることに気づいた。
気づいてからは描くスピードがどんどん上がる。
あんまり大きく広げると子供達の邪魔をしてしまうので、こじんまりとした広さにグリグリと描き足していく。
興が乗り過ぎ、早くも完成かなといったところで気がつけば猫がこちらに回ってくる番が来ていた。
「うん、ちゃんと出来てるのだ! 偉いの! 」
教えてくれた女の子を褒め終えると、猫が僕の方へ出来栄えを見に来た。
「お、ちこく人間。ちこく人間は教えてもらってたみたいだけどどうなったのだ?どんな感じなのだ?」
「見て見て! いい感じだぞ!」
僕は猫に力作を自慢する。
僕のはまん丸の中に絨毯みたいな蔦の模様が入ってる。特にバランスがよく出来た。
「ほうほう、しっかりと描けているのだ。でもこれはなんの陣なのだ?」
なんのと言われても困ってしまう。
これは別になんでもない、モヤモヤを閉じ込めただけの模様だし。




