怒るのはステキ
「なんで怒ってるの? エミ」
置いてきぼりを食らっていたミトラルカちゃんが剣幕をよそにのんびりと声を出しました。急に大きくなってかららはじめて声を出したからか、少し上ずり気味です。
「ミト!」
「神様を怖がらせちゃダメ」
喜びの混じる声で読んだ名前は持ち主に汲み取られずに窘めの言葉となって返ってきました。
「神様? 神様って何さ」
赤い髪の人、エミちゃん、もしくはエミなんたらちゃんは当然に不満の声です。
それでもミトラルカちゃんは意に介しません。
ミトラルカちゃんの声色に相手が心配していたとかそこらへんが考慮に入っていないのは知らないからだけど。
「エミ、渡した本を今までちゃんと読んでなかったでしょ。先月渡した本にもしっかりと神様のことは出てたよ」
「だってミトの勧める本って読んでると眠くなるんだもの」
「エミはどんな本でも眠くなるでしょ。よく学徒をやっていられるよ」
「私は実践派だからね。使ったり創ったりが主だもん」
そこでおじいちゃんが思わずといった様子で口を挟んだ。
「主だもん、じゃないわ。いつも言うとるだろうgeneralistになれ、と」
「うるさいな。なってるでしょ?」
「お前の場合は「だいたい」とか「おおざっぱ」とかを抜粋した意味でだろう」
「む〜」
よく話がわからないので、目覚めたミトラルカちゃんと遊ぼうと数歩ベッドの方へと近寄ると、エミちゃん? が僕の動きを察してキッと睨んでくる。
その視線をヒラリと躱し気分でステップを踏んで、ベッドまで行き着いた。途中、軽い部品か何かを蹴飛ばしたけれど、気にせず辿り着いたベッド脇でミトラルカちゃんの手を取りニギニギします。
しばらくニギニギし合っていると、ミトラルカちゃんの手の動きがだんだんゆっくりになって止まりました。
ミトラルカちゃんは視線を止め、身動ぎもせず、心成しか息づかいまで穏やか。
目を開けて寝てるかもしれないと考え出した頃に小さな声でミトラルカちゃんが呟きます。
「私の手……大きくない?」
その声はとても小さかったけれど、部屋にいる全員にちゃんと聞こえるほどにはっきりと響きました。
「ん? 成長した自覚が無いのか?」
「確かに見るまで気づいてなかったみたいだな」
「無自覚という予測はある程度ついていたじゃない。 だって用意していた鎮痛剤の必要が無さそうなのよ? 平常時の成長とは別物よ」
「成長痛が無いのか」
「確かによく考えたら、いきなり大きくなるにしても身体を作る材料が無い。見た目は肉体的成長でも実際はまた別のものなのかもしれないな」
「幻覚とか?」
「それは無さそうだが……とりあえず全員が見えている姿の整合をとろう」
「そうね」
おじいちゃんおばあちゃんがみんなで話をはじめているけど、内容が難しいとかでなく真面目なのであんまり興味がわきません。やっぱり話をするなら楽しくなくちゃ。
何か面白いことを思い浮かばないかと辺りを見回していると、おじいちゃんが一人、比較的に埃のかぶっていない綺麗な機械から鏡になっている板の部品を取り外していました。
何をしているのだろうと見つめていると、おじいちゃんは少し重そうなその鏡を抱えてやって来ました。
「嬢ちゃんも見てみるといい。 驚くぞ」
おじいちゃんはベッド脇にボスンと鏡を置いて、ミトラルカちゃんに見てみるように促しました。
手鏡とか無かったのだろうか。
女の子なら持っておくものよ、と占い師のおばちゃんが言っていたからおばあちゃんの誰か一人くらいなら持っていそうなのに。
ベッドの脇を押し潰している鏡をミトラルカちゃんが覗き込むと、驚きの表情をしてまた固まっています。
ミトラルカちゃんが動かないので僕はその鏡に映り込み、固まった表情を解す為に両手の人差し指でミトラルカちゃんの口の端を突き上げて笑顔にしてみます。
口だけ笑っているミトラルカちゃんの目がこっちを向きました。
「おはよう。 喉かわいた? 水飲む? あとゴメンね、僕のせいで大きくなったみたいなの。嫌だったら頑張ってまた小ちゃくするからね」
僕のその言葉にエミは怒鳴り出しました。
「嫌だったらって何!? それともっと申し訳なくしなさいよ! 反省してない訳?」
そんなこと言われてもやってしまったことは戻らないし、申し訳なくってのは「ああ、イヤダイヤダ。なんであんなバカにわざわざ謝らなきゃならないのか。元はと言えばあっちのせいだろうが」って公園のベンチでブツブツ言いながら謝る練習してた、これから相手先の会社の人に謝りに行かなきゃならないサラリーマンの人が教えてくれた「バカにはこれに限る」って言ってたやつの事?
あれは賢い人には逆効果らしいから、ミトラルカちゃんにはダメだと思うよ?
あ、でも反省は大切だなぁ。
そんなことを考えて見つめ返していると、エミは顔を赤くしてもっと怒り出しました。手はげんこつの形です。
慌てたおじいちゃん達に腕を捕まえられてなお暴れているエミ。
でも、こんなに怒っているのはミトラルカちゃんの事を思っているから。
優しい人だな、と思わず笑みを漏らしたら、またエミは輪をかけてすごい怒るのです。
過ごしやすい小春日和は終わったが、文明の利器『オコタ』が現れた!
まだ眠気との戦いに終わりは見えないのだ!




