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まいごは今、異世界  作者: heina
ほぼ家出編
45/120

風はまだ友達になれない

 夢のお姉さんはたくさんのことを教えてくれます。

「ちょうちょ結びが縦になるのは二つめの結び目が問題なのよ」

 なるほどです。

 僕の手には夢のお姉さんが先ほど「プレゼントよ」とくれた、自分の手首に結ぼうとして口を使ってみたけれども、どうしても上手く行かなくて解くしかなかったハンカチが握られています。

「ほら貸して。こうして……ここをこうよ」

 僕は自分の手首にお姉さんの手で巻き直されたハンカチを見つめてうなずきます。

 そういえば師匠も色々言ってました。

 足音は立てるべき時とべきでない時があるんだぞ、とか聞いた覚えがあります。

「君の師匠、あの子はそんなこと君に教えてないと思うんだけど」

 確かに師匠は僕には教えてくれていません。僕は師匠に抱っこされているときに聞いた師匠の言葉を覚えているだけです。

「教えてもらって覚えるんじゃダメだって師匠言ってたから」

「ふ〜ん。あ、そろそろ出かけるよ」

 おぉ、そろそろお出かけですか。

「今日はどこに行くの?」

「今日はね、スペシャル。スペシャルなんだから! 楽しみにしてていいよ」

 スペシャルという言葉にウキウキが滲みますが、知られてはなるまいと「はー、そうかー」と頭で強く思うことで誤魔化してみている僕をひょいと抱き上げて、夢のお姉さんはジメジメの空で歩みを始めました。

 抱っこはちょっと嫌だったけれど、ずーっと白薔薇がくっついていた背中が暖かなこの空の上でもほんの少し寒さを感じるくらいには寂しくて、少し心細かったので少しホッとしたのはナイショです。

「そうだね」

 夢のお姉さんは僕の背中を撫でながら、そう言いました。


 今まで行ったことなかったから知らなかったけど、空の上ってば足を動かせば前に進めるみたいなのです。

 僕を抱き上げたまま空の上で夢のお姉さんが前へと歩けば、凄い速さで風がバサバサと音を立てて顔面を襲ってきます。

「夢ちゃん、風が……」

 髪の毛がパシパシ目に入るのが痛くて少し嫌。

「えへへー、夢ちゃんだって。いいね! だって可愛いもの!」

 手のひらで懸命に髪から目を守ろうと顔を撫でている僕を、夢ちゃんは構わずにお腹へと頬を摺り寄せてきます。

「うんんっ、目ぇ痛い……」

 ちょっと涙が滲んできました。

「あっ、ごめんね。今、風避けるからさっきのハンカチで涙を拭いて?」

 夢ちゃんが前を見るだけで風は来なくなりました。どうやったのか、さっぱりわかりません。

 夢ちゃんにやり方を聞いてみると簡単に仕組みみたいなことを説明してくれたけれど、やっぱり僕にはよくわかりません。ひぎな、とかがなんたらだそうです。いきなりの謎単語に引っかかって、その後もちょっと難しくて無理。

 気づくと周りの景色に地面の割合が大きくなっていました。そこは荒野が広がり、進む先にはだんだんと緑を増やしていく大地。緑と黄土色の斑らの地面に近づいたぶん夢ちゃんの歩くスピードがよくわかります。前に師匠と乗った飛行機よりも早くてスッゴイ。

「夢ちゃんは歩くの速いねぇ」

「そう? ほら、それよりも周りを見ててごらん。そろそろ見えてくるはず」

「なにか、あっ!」

 夢ちゃんが右を向いたので僕が左に顔を向けた時、僕は憧れの存在を目にしたのです。

 それは遠く遠くに小さく見える、黒くて大きそうな生き物。

「あっ、あっ、あっ、あっ」

 僕は思わず夢ちゃんの服を掴んでいました。

 夢ちゃんは川がそばに流れる森の端に足をつけます。

「うん、いたいた。おーい! タリちゃーん、みんなー! 遊びに来たよー!」

 すると遠くにいたさっきの生き物が一生懸命走り寄ってきます。

 土煙を立ち上げどたどたと走るその姿は王者の風格は微塵もなく、まるで犬のようです。

 僕は到着を心待ちにしていましたが、それでも遠くからここまで来るのは時間がかかり、あの黒くて二本足で走る生き物よりも先に夢ちゃんが声をかけた他の生き物が集まってきました。

「おいで、みんな。大事だいじない?」

 夢ちゃんの姿を認めるとぞろぞろと色々な生き物が出てきます。森の中からと川の中からもです。

 はじめに近寄ってきたのは見たことのないシマシマの入った大きめの犬。野生に生きているのに毛並みはふわふわに見えます。

 シマシマ犬は夢ちゃんの足元まで来ると、自分の尻尾を追いかけてくるくる回り、こてんとお腹を出してひっくり返りました。

 僕は犬のお腹に触りたいのを我慢して犬に姿が見える位置でしゃがみ、犬にお伺いを立てます。

「はじめまして、犬。撫でてもいいですか?」

 僕だっていきなり知らない人にお腹を撫でられるのは少し嫌なので、ちゃんと聞きます。師匠がよく「人のことはわからない。なら、わかる自分のことだけでも考えてみなさい」と言っていたので僕もたとえ役に立たなくても、ちゃんと考えるのです。

 犬はしっかりと僕の瞳を見つめると、少し気の抜けた反応を見せ、一声優しく鋭い声で鳴きました。

「いいって。よかったね、撫でよう」

 夢ちゃんの言葉に頷いて二人で撫でた犬のお腹は柔らかく、毛は見た感じよりもずっと硬くてゴワゴワでした。

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