師匠とバス
鳥を脅すと先行きを示した。意外と賢い鳥の様だ。
鳥の指示に従い向かう先はどうも新宿の方向の様で、そこはもう二週間も捜し続けた方面だ。と、言うことは何か見つけられなかったものがあるということか。
着いたのはやはりゲサの言った通り、バスターだった。
「バー」
「なんだウルセェ、ここで待てってことか?」
「バー」
鳥が首を右に振って行動を示そうとしている。右に回れってか?
「ちっ」
その場でぐるりとゆっくり回る。なにが手がかりかわからんから無駄なことはあまりしたくない。違和感を探すがもちろんそんなものはなかった。
「おい、回ったぞ。これでどうなるんだ」
「バー」
「ああ?」
イラついているところに触る鳴き声だ。
鳥の示す通りに回ると目先にはさっきはなかったはずの映像が足されている。これを知らせたかったのか。
北から360度ぐるりと回り、元の位置に戻った後に15度ほど、無かった角度が増えて全部で375度。その残りの15度に今までなかったバスが現れていた。
俺は躊躇い無く、そのバスに片足を掛けて運転手に声をかける。
「乗れるか?」
すると運転手はこちらを見もせず、口も動かさずに車内のスピーカーからアナウンスが聞こえた。
「空いてる席にどうぞー」
運転手横をスルーして奥を見やれば、およそ高速バスらしくない間取りだ。
窓際に山手線と同様な配置の席が並び、そのままぐるりとコの字に続く。
俺は真っ直ぐ一番奥の短い席へ。乗客は一人たりとも居ない。
そこで横になり発車を待つ。
「変なバスだ、乗客の確認も無ぇ。路線バスか?」
寝転がって落ち着いてしまったが、これからどうするかを考えねばならない。
バスに乗ったはいいがこれは鳥の指示ではない。どこで降りるのかはわからないのだ。試しに鳥にどこで降りるんだと聞いてみはしたが、とぼけた面をしてやがった。当てにならないと考えてよいだろう。
あの子の手紙には途中で降りたとある。そしておそらくは魔の森という所にいるのだろう。
繋がりへと足は掛けた。探す先を得たのだから後は何とかなる筈だ。
そこでふと思い出す。未だに人を使ってしらみ潰しにローラーを続けて捜索範囲を広げさせていることを。
「やめ…」
小さく薄く、頑丈な携帯端末を取り出して掛けようかと思ったがやめた。端末を仕舞う。
「まだいいか」
まだ確定ではない。保険で探させておけばいいだろう。どのみち切っ掛けはどうあれ現在はあれらが自主的にやってる事だ、止めるべくもない。
「なあ、運転手!これは魔の森には行くのか!」
寝たままで声を張り尋ねると、スピーカーから返事が聞こえてきた。
「魔の森とは聞き覚えがありませんね。このバスは新宿からシトラスまでの直通ですよ」
この際運転手が振り向くことはなかった。
シトラスったあ、どこだ。直通?途中で降りたって事はこのバスは行き先すら違うのかもしれない。
「なぁ!ここからは別の行き先のバスはいくつ出ているんだ!」
スピーカーはここからは他に行き先のあるバスは出ないと答えた。
取り敢えずバスの窓から仰ぎ見る空をただ網膜に映しながら黙り、鼻息を一つ吐くとシトラスに着くまで寝る事にした。
漸う目が覚めた頃には窓の外は暗く、雨が降っていた。
バスには運転手以外に人影はなく静寂に満ちる。雨音は遠い。
そこに一つ鳴る電子音。猫が確認した携帯端末は圏外を示していた。
「ゔん?外は…」
車外を流れるのは暗闇に染まる草原と僅かばかりの星明かり。後に残す道はアスファルトが黒く湿り、道脇に白線は無い。
ボーッと星の瞬きを見つめている傍ら、左の手で粉薬の袋を指で弾き開けて、床で括られたまま寝ている鳥の嘴あたりにばら撒く。
鳥は気にした様子も咽せる事もなくムニャムニャやっている。
薬をばら撒いたのは医者にもらった薬の存在に今気づいたからだが、勿論言われていた用法用量とはかけ離れていた。
しかし、それに満足した猫は又候寝転がり瞼を閉じた。
窓の外が緩やかに明かりを灯し出す。いつからか道はガタガタと煩く音を立てる程に凹凸を作っていた。
結局瞼を閉じただけで眠る事はせずに朝を迎えたが、一因はあるだろう。
身体を起こしてバスのフロントガラスの先を見据えれば、草原も終わりに近づき、小さく街の端だろう塀の頭が姿を現しだしていた。
「おい…」
鳥を起こそうかと思ったが、別に寝てても起きてても変わらないかと思い、放置する事にした。
あれから起きていてずっと考えていたが、大した考えは浮かばなかった。それはそうだろう、考えるにも考慮に入れる材料が無さ過ぎる。まずは情報を集めて鳥を駆使して、それからだ。
「間も無く、シトラスに到着致します。お忘れ物の無い様にお気をつけ下さい」
やはりあれは街で合っていたようだ。
やがてバスは塀の中に入り、町並みが見えた。道は草臥れた石造りで雑草がわざわざ石の割れ目から生えている。建物も石造りで三階くらいある建物が多い。
「到着致しました。お降りの際は重ねまして忘れ物にご注意下さい」
緩々とバスが止まり、またアナウンスが流れた。床の鳥付きリュックを拾い上げ、肩に背負うと運転手横の出入り口へ。
「長時間お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております」
運転手の横まで来るとやはりこちらを見もしない運転手とスピーカーからの声がした。
「なあ、俺はまだ金を払っていないんだが、乗る前に払うんだったのか?」
仕事をする上で大切なはずの金の話をしても運転手は反応すら返さない。少しイラッとするが、すかさず反応したのはやはりスピーカーだった。
「郵便様のお連れに代価を頂くことなどできません、どうぞお気になさらぬよう。それとこれはきっと役に立つでしょう、持って行ってください。…こら、運転手!早よ渡しなさい」
スピーカーの声に促されてはじめて運転手が運転以外の動きを見せた。
制服のジャケットの内ポケットから麻の小袋を取り出し何も口にせず、俺に突き出す。
「この中には言葉を理解できるようになる翻訳豆が入っています。一粒口にすれば忽ち見知らぬ言葉を聴き取り、口に出来るでしょう。どうぞお使いください」
その小袋を受け取り、バスを降りた。バスの去る姿を眺めながらこれからの事を思い、あからさまに胡散臭い豆を睨みつけた。
「テメェが食っとけ」
袋から豆を取り出し、寝起きの鳥の口に弾き入れると鳥は飲下したが、別に喋り出したりはせず、ただバーと鳴いた。




