師匠、出立
俺は、けたたましくドアを蹴り開けてその店に入った。
外見は客が嫌忌して近寄りもしない潰れないのが不思議で仕方ない汚ぇ雑貨屋。用事がたとえあっても普通のやつなら他の店を探すだろう。
そんな店内をどこからどう見てもゴミに違いない雑貨に占領された、狭くて仕方ない通路を多少蹴飛ばしながら奥へと進む。
「テメェ!何度言ったら止めやがる。俺の店だぞ、フザケンナ!」
そんな言葉を聞き流し、真剣な目をして店主を睨みつけた。
「な、なんだよ…どうした、なんかあったか」
店主は浅黒い肌の清潔さとはかけ離れたドレッドヘアの四十過ぎのオッサン。ゲサと呼ばれる本名を捨てた、見ているだけで善意という言葉が思い出せなくなる中肉中背の情報屋だ。
「…うちの子見てねぇか」
「あ?テメェんとこの旦那いねぇのか?ここに来るってこたぁ近所はいなかったのか」
「公園はしらみ潰しに探したがいねぇ、あの子のよく行くところはいなかった。駄菓子屋も雀荘も、修理工のオヤジのところにも、あのうさんクセェババアんとこにもいねぇんだ」
「ちっ、しゃあねえ。ちょっと待ってろ」
そう言うとゲサはゴミまみれのデスクから古いパソコンを掘り出し、電源を入れずにパソコンを退かした。
そこから現れたのは黒電話。その黒電話についたジャックにどこかから伸びているコードを差し込むとどこかに通話し始めた。
「おう、ちょっと頼みがあるんだがよ、頼まれてくれないか…ああ、資料を送ったから行方を頼む…恩にきる。また奢らぁな」
勢いよくゲサが受話器を置いた。
「わかったぞ。向かった先は新宿のバスターだ。秋田行きのチケットを買ったんだがバスの発車時間には来なかったからまだ新宿にいる可能性が高いな。他の交通機関に乗り込んだ形跡もないし行っても徒歩圏内だろうよ」
それを聞き、だいぶ浮き足立っていたことに今ようやく気付いた。ため息をひとつ吐く。
「助かる、幾らだ」
「イラネェヨ、こんな児戯。さっさと行け」
ぶっきら棒にゲサは言うが、どんな些細なことでも仕事をしたからにはカネを取るゲサにはあり得ないこと。ゲサも気にかけているんだろう。
ありがたく思うも口に出すわけもなく、片手だけ挙げ店を出た。
俺は自宅の古い革のソファに足を投げ出して寝転がり、思案に耽っていた。
新宿周辺を隈なく捜し、人を使ってローラーもしたが空振りに終わった。既に二週間が経ち焦る中、帰ってきているかもとついさっき家に戻ってきたところだ。
だが、それにも振られてしまった。
捜索の中で情報は上がったのだが途中で全て途切れてしまう。目撃者もいて、バスに乗り込むところも見られていたのだがそこがおかしい。ゲサの話と食い違う。
信頼第一の情報屋が、しかもゲサがそんな間違いを今の今まで放置するとは思えない。どういうことだろう。
午後三時を過ぎ、もう一度自らの足で捜そうと体を起こして玄関を出ようとしたところで家のポストがガタガタと鳴り、可愛げのない鳥の声が聞こえた。
そっと覗くなどという選択肢が存在しない俺は自宅の玄関扉を蹴り開け、壁に扉がぶつかる衝撃音で耳を晦まし、重心低く扉にぶつからぬ様少し迂回めに音の発生しているポストの元へと迫る。
そこには白い大きな鳥がポストの中身を漁っていて、ワサワサと羽を舞わしているところだった。驚きを殺して飛び上がり、鳥の首を捕らえて地面に叩きつけた。
「てめぇ、何してやがる」
鳥はバーバー鳴いて煩く暴れるが人の余裕がないときに現れたこいつが悪い。絞めるか、と手に力を入れそうとする寸前、鳥の喉がグニャグニャと蠕動して、その気持ち悪さに少し力を緩めた。
その緩めた隙を何かが鳥の喉を駆け上って行き盛大なむせと共に、俺の顔面に湿った吐瀉物がぶち当たった。
「殺す」
「バー!バー!」
「暴れるな、苦しんで死にたいのか」
鳥の翼を流れる様に砕き、飛べなくした後で顔面に張り付いたベトベトをつまんで剥がす。
なに吐きやがったとつまんだものに目を落としたとき、私は驚きに包まれていた。
その吐瀉物は白い紙包に見覚えのある滲んだ文字で「師匠宛」と書かれていたからだ。
「おい鳥!テメェこれどこで食った!」
しかし鳥は泡を吹いていて返事をしない。
「くそっ」
そんなことより今はやっと得たこの手がかりの方が大事だ。
ベトベトした紙包を開き、中を確認すると手紙が一枚出てきた。それは包みに書かれていた通りに俺宛の手紙だった。
師匠。一人前になったから秋田にお仕事しに来たんだけど途中の森で降りちゃったので途中で辞めました。
僕はここで友達と暮らしています。楽しいから師匠も遊びに来てくれると嬉しいです。
僕は師匠と同じ殺し屋さんの仕事はやめてここで暮らす人になろうと思います。バスでお尻が痛くなるのは僕には向いてないと思うのです。
友達もいて今日も楽し
そこまでで手紙の文字が滲んで読めなくなっていたが、だいたいの内容はわかった。
文字が楽しそうなので切迫した心配はしなくても大丈夫だろう。
しかしまさか俺のいないうちに依頼を受けて出かけていたとは予想外だった。依頼したやつをぶち殺したいがそんなことは後回しだ、今すぐうちの子を迎えに行こう。
手紙と包紙に差出住所を探すと包紙に辛うじて読める一文が。
魔の森一番地一の一
おそらくこれだろうが全くピンとこない。
「どこだ?」
呟く俺の横でか弱く鳥が掠れ声を出した。
ハッとした俺はそこからすぐ鳥を手当てしたが砕いた翼はすぐに治るわけもなく、悪化せぬ様に獣医に連れて行き傷を治療した。
その後は準備を整え旅の支度。
「さぁ、いくか」
迷彩柄の細身のジャケット、下はタイトなジーンズ。左手首にシリコンの黒いリングをして小さな片掛けのリュックを背負う。
そして頭に黒い大きな猫耳のカチューシャをした誰も本名を知らない女殺し屋「猫」が弟子の元へと旅立った。
リュックに重傷の鳥を括り付けて。




