師匠、落ち着く
「そういやお前郵便様とか呼ばれたな。あれなんだ?」
右手でリュックの肩紐を握りしめたまま、久し振りの地面の上で伸びをして、疑問を投げる。気持ち、体の動きが思う通りにいかずに、背伸びは中途半端な感じにモヤモヤする。
鳥は鳥で首こそ傾げなかったものの、何事かバーバー鳴いた。
「訳わかんねぇな。ま、鳥だしな」
そもそも鳥に答えを求めるとか、よく考えたらおかしいのか。
ま、伝は鳥しか無いから先行きを求めるのは仕方ない。
「だいぶ移動したけど何県なんだ?一応秋田には着いてたりすんのかね」
適当にバスに乗っただけで秋田県に着くはずも無いのだが、冷静を装いつつも自分でもわかるほどにだいぶ混乱していた。
シトラスと言われた街は全景が見えるほど小さな街ではなかった。
道沿いには商店が建ち並び、ほどほどの賑わいを見せている。人家の密集地は無く、疎らにそこいら中にと建てられていて人の暮らす感じが出ている。都会という感じでは無い。
「これからどうするか。酒場に行くにも朝っぱらじゃあ客も居ないだろうし、それこそ世間話でもしてみるしか無いのか。バスの運ちゃんに聞ければ良かったんだが知らないっつーし…あ、なぁ鳥。お前はこの手紙をどこから持ってきたんだ?」
鳥は一方向を向いて一声鳴いた。
「あっちか。よっしゃ、そんじゃあ先ず飯食うか」
適当な飯屋っぽい建物の入り口をくぐるとそこはちゃんと飯屋だった。空いている椅子にトスッと座り、壁のメニューを見上げる。
「おばちゃん!えっと〜…」
視線を壁から外し、テーブルの上のメニューを開く。
「なん、なぁ…何語?」
壁の物も含めてメニューには謎の、文字だろうものが表記されているが読めない。どこが値段を表すのかすらわからない。
そこへ、呼びかけに答えたおばちゃんが何事か言いながら近寄って、何かを話すがそれも全く内容がわからない。これが東北弁なのか?
よく呼ばれたと判断できたとおばちゃんを称賛してもいいくらいに、会話できる気がしない。にも関わらず、追い討ちをかけてくるおばちゃんのタクティカルトークが炸裂する。
取り敢えず適当にメニューを指差し、注文を終えるとそのままテーブルに突っ伏した。
「あー、頭痛い…」
実を言えば頭が追いつかず、首の後ろが凝り固まってしまっている。
可愛い可愛いうちの子が居なくなって、切羽詰まっていたところに手がかり得て、直ぐ様行動したが頭は全然動いてはくれなかった。変な鳥が来たまではまだなんとかなったが、テンパって鳥に質問したところから頭は追いついていない。
こともあろうか鳥が理性を見せて返事をした。そして指示通りに行動した先に次につながる事柄がちゃんと起こり、鳥の理性が肯定された。そこでほぼ完全に思考は持って行かれていたのだ。
謎の決断力でバスに乗り、冷静に努めて暴走して、挙げ句の果てに謎の街で謎の言葉に謎の文字。ああ、頭痛い。
一遍大声で喚いておいた方が建設的な行動ができた気がしてきた。
遂に溜息を一つ吐き、あの子の手紙を突っ伏したまま取り出して伸ばした手の先に支え、眺めた。
「ん〜…ちょっと幼児退行してるな」
字面が幼くなっているってことはだいぶキツイ生活か、甘える事が出来ているかのどちらかだろうが、この内容ならば後者か。
「おやぁあぶり、たすたん」
多分おまちどうさま的なことをおばちゃんが言いながら蓋付き丼と漬物と汁物を盆に載せて持ってきてくれた。
「いただきます」
そう言って受け取り、少し知らないタイプの割り箸を割る。開けたどんぶりの中身はかつ丼だった。
あの子との繋がりを見た事と飯を食べたおかげでだいぶ落ち着けた。かつ丼は豚肉じゃない牛でもない牛寄りの何かだったけど味は良かった。
鳥の飯はおばちゃんに鳥の嘴を指差したら理解してくれた。おばちゃんは頷いてから厨房に引っ込むと生魚を二尾持ってきてくれる。
それを丸のまま嘴に放り込んで、漬物を一つ追加で入れては隙を見てもう一尾入れておいた。
勘定が手持ちの通貨では出来なかったので緊急用の金の小さな塊を出すと、おばちゃんは首を振って鳥に手のひらを差し向け、和かに何事かを話して手を振り、また首を振った。
きっとバスの時と同じような感じだろうと思うけど、よくわからないので金をおばちゃんに握らせて店を出た。
金を握らせたのは感謝を込めたかったからだ。飯のおかげで落ち着けた事への感謝を。
…金だと伝わってたらいいな。
鳥をなんたらって敬う感じでたぶん言ってたから、そんなのからは無価値の物を寄越さないと思ってくれるだろう。
店を出て右へ進む。とにかく先へと歩き出す。
「はー、金が必要か」
さっさと帰ることができれば必要はなかったんだが、これからが不明なので行動を円滑に進めるためには使いやすい費用が必要だろう。どう稼ぐか。
だがその前に天下の往来であるが、やっておかねばならない事がある。
「聞いてくれ、鳥」
肩にかけたリュックを一旦手に持つ。
「鳥。翼を砕いてごめんなさい」
手に持ったリュックを両手で正面に持ち、頭を下げる。
「バー」
平坦に抑揚なく鳥が答えた。
「許してくれって言ってるわけじゃない。けじめだ。エゴイズムでしかない」
「バー」
「完治したら償おう。何か考えておいてくれ」
鳥は目を閉じて頷いた。
人類の悪行、先送りを決めて鳥との痼りを残したが、ここで全てを終わらせたように装う方がよりエゴイズムだと思うので良しとする。そして金の工面に目処を付けるべく行動を開始した。主に徒歩行脚を。
「さっさと先に進みたいのに人気のないところに行くと寸詰まりだし…面倒だ」
行く道は風が吹くたび土煙が僅かに舞う。
風呂に入りたくなる系の嫌がらせを大自然から受けつつ、歩く先には建物が続く。
窓に格子の付いた民家と隣に並ぶ派手派手な花飾りのついた門松みたいなものが店頭に並ぶ葬儀屋を興味深く見比べて、横目に通り過ぎる。
魚屋だろう店先には大鋸屑に塗れた魚が息苦しそうに横たわり瀕死を晒していて、店の親父は頭の堅そうな魚を角材で叩いていた。
「何がしたいんだ?謎すぎる…」
売れ行きの頗る悪そうな魚屋を過ぎる。
杖ばかりが並ぶ杖屋の傍の野良犬の彷徨く路地には子供が行き倒れていて、その隣には入れ歯しか置いてない変な店が建っていた。
…
そろそろと数歩、後ろ歩きをして路地に戻る。
近場の野良犬を追い払い、子供を診てみると残念ながら既に事切れていた。
歳の頃はうちの子と変わらないくらいの小さな黒髪で浅黒い肌の子で、大きな布を巻いていて身なりは悪くない。
どうするか考えるが、どうにかできる気がしない。このまま放っておきたくはないのだが、言葉の通じないだろうここで交番を探して駐在員を連れてきても説明ができないし、する内容もない。
リュックを地面に置いて中を探り、何かないかと探してみるがそんなものはあるはずもなく、そのまま立ち上がり、ポケットから携帯端末を取り出してどうにかできないかと弄ってみる。が、未だ圏外のままなので少し唸り声をあげた。
そうこうしているうちに、布の擦れる音が耳に入ってきた。
「おい、鳥。死人にちょっかいだ…すな…」
顔を上げて鳥を諌めようとした言葉が途切れる。
「何、してる…?」
鳥はちょっかいを出してはいたが予想外の行動を起こしていて、ちょっとびっくりした。
鳥がリュックに括られたまま、行き倒れを頭から咥え込んでいたからだ。
「おい!こら!食うなやめろ!」
鳥に掴みかかろうとした途端、予想外に行き倒れの身体が灰を吹いた時のように軽い羽になって空中に散らばった。びっくりして後ろに飛ぶと羽は風に乗り散ってしまいその場には布だけが残る。
「なんだ…これ」
「なんだも何も私が読み取っただけですよ」
口を閉ざして声の方を見やれば、そこには先ほどの行き倒れの、羽になって散ったはずの子供が裸で白髪、色白になって立っていた。




