さかなやさん
チャリンとカルトンに代金を置くと、お客さんは帰って行った。
三人は鼻歌を歌うおばさんのそばまで寄って行くと、お店のお手伝いをしたい旨を告げた。そのお願いを「それじゃあ、すこしだけ手伝ってもらっちゃおうかな」と、おばさんは快く承諾してくれる。
店の仕事は見たまんま魚屋さんで、そんなに忙しいことはないという。
「とりあえずはお客さんが来てからね」とおばさんが言ったところで丁度良くお客さんがやって来た。
「こんにちは。あら、どしたのその可愛い子達」
お客さんは店のおばさんと同じくらいの歳の近所の奥さんで、エプロンをつけたままのちょい出掛けスタイルだった。
「いらっしゃい。ちょっとだけお手伝いしてくれる子達よ。多分お姉ちゃん達の連れの子ね、ここらじゃ見たことないもの。名前は、そういえばまだ聞いてなかったわね」
おばさんに「お名前は?」と尋ねられたが困ったことに返すべき言葉を持ち合わせていない。
「王様、名前持ってる?」
「今ちょっと、ないかなぁ。神ちゃんは?」
「生憎と持ち合わせがないよ」
「じゃあ神様はあります?」
「名前って何?」
三人で振り向いておばさんの目を見る。そして王様が一人で、おばさんに向かって口を開いた。
「好きに呼んでください。みんなそうしますので」
その答えにおばさん達二人は「ああ、やっぱりお姉ちゃんのとこの子だわ」と口を揃えた。
「それで今日は?」
魚屋のおばさんは気を取り直してお客さんに用命を促す。
「そうねぇ、お昼のおかずにアジを二尾、戴ける?」
お客さんは三人に向かい合うと目線の高さを合わせて、はっきりと注文をしてくれた。それを魚屋のおばさんに振り仰いで確認すると「アジだって、お願いできる?」と三人を促してくれる。
元気良く三人ともが返事をし、白薔薇がおんぶポジションから離れておばさんからタモ網を受け取ると、空を歩いて水槽の上まで登っていく。
その様子におばさん達は少し驚きを見せたが、何やら呟いて小刻みに頷くと納得顏になった。
そんな様子は気にも留めない白薔薇は、上から水槽を覗き込んでタモ網を水に入れるか入れないかのところでゆらゆらさせている。
「あじ〜、あじ〜、どれだ〜?」
残りの小さいの二人も、とことこと水槽に近寄ってガラス面に手を付くと中を窺っている。そしてテンテンと二人は水槽を指でつついて魚を指し示した。
「あれ!あれじゃない?目が大きくて、横に矢印のついてるの」
「え〜?あっちの大きいやつかもしれないよ?」
「大きいのってあそこの?お昼にあれ二匹も食べるのは違うと思うけどなぁ」
「大家族なんじゃない?」
二人で話している間も白薔薇は決め倦ねていたが、ふと決断を下す。
「店長、どのお魚?」
諦めるという決断を。
アジは銀色で瞼があるやつだった。
ちなみに大きいのはタイで、矢印のは「そんなやつ仕入れたかしら?」だった。
白薔薇が掬ったアジは三枚に下ろしてから受け渡すというので、立候補をして三枚下ろしをやらせてもらえることになってほんのり小躍り。
店長さんは白薔薇から一匹、ビチビチのアジを受け取るとまな板の上に横たえる。店長さんの「おいで」と呼ぶ声に近寄ると踏み台に乗っけられ、背後からやり方を教えられはじめた。
「包丁の持ち方は...うん、それで良いよ。そしたらまず、ひれを持って...」
教えられた通りに手を動かしながら、どうしてそこを切るのかなどを聞いて理解していく。ここに骨があるから刃が通し辛いなとか、力強くなくちゃいけないところには骨があるのか、とかを手応えとともに頭に染み込ませていく。
一匹目を思ったよりも大分綺麗に出来たと褒められて嬉しくて微笑み、上機嫌で二匹目を白薔薇に頼んだ。
「ほいほい」
軽く返事をした白薔薇のアジをスッと掬う様子は一回目よりも水飛沫を立てないようになっていて、上達が伺えた。王様はその様子をじっと見つめる。
白薔薇から二匹目を貰いに台から降りてアジを受け取り、トトトとまな板まで戻る途中に店長さんにひとつお願いをした。
「今度は一人でやっても良い?」
「見ててあげるからやってごらん」
「ありがと」
「あと、魚を持って運ぶときは抱っこじゃなくて良いからね。尾っぽの付け根を握って暴れるようなら目を隠してあげればいいよ」
「はい!」
すでに借り物のワンピースは湿ってしまっているが、気にならない。鱗がついていて、きらきらしててもだ!
包丁の刃を意識して、見えない刃先を確かな手応えとともになぞっていく。
骨に刃を食い込ませないように避け、難しければ骨を断ち切る部位を最小限に。
「そうそう、凄く上手よ。刃を戻すと断面が荒れるから思い切りは良くやりなさい」
「あい」
集中で言葉疎かに返事をした。
小さめな魚なので、あっという間に終わってしまったことに少しの満足感と共に大きな物足りなさを感じてしまう。
「普段からお手伝いしてるのね」
綺麗な布巾で魚の身をサッと拭い、毛抜きのような金属製の骨抜きで小骨を手早く抜きながら褒めてくれるが手の動きに淀みはなく、瞬く間に茶色い大きな笹の葉に包まれていく。
それを王様がやっときた出番に笑顔満開で受け取り、お客さんの元へと届けに歩いていく。
「おばさん、なにしてるの?」
店長さんはさっき捌いたアジの白い肝を手の甲にのせて舌でつついていた。
「目で見てから匂いと味で確かめているのよ。元気かどうかをね」
「へ〜」
元気かどうかわかるのは凄いけど、病気の魚だったらおばさんは平気なのだろうか。心配げな目をしていたのか、おばさんは言葉を繋げてくれた。
「ほとんど目で見たらわかるわ。舐めるのはどのくらい元気なのかを細かく知るためよ」
「おばさんは凄いねぇ」
店長さんは、はにかんで「普通よ」と頭を撫でてくれた。
王様の方はどうかと様子を伺うと、王様も頭を撫でられている。
「ありがとうね、お代はいくら?」
話すくらいの声量のその言葉が聞こえた店長さんは「五百でいいよ」と答えを返した。
「あら、いいの?」
「細かいと、ちょっとね」
「あぁ」
店長さんに気を使ってもらった王様は、代金の小銭一枚を受け取ると、握りしめて「ありがとうございました」と頭を下げた。
初めての客さんが帰って行ってからは「あらあら」と、まぁまぁ忙しいくらいに奥さん方が次々とお店にやってきて「この子たちが、話の子達ね」と口にしては頭を撫でていく。店長さんは途中でお客さんと話し込み始めてしまったが問題なくお手伝いを続行している。
「つぎはその魚取って〜」
「は〜い」
手慣れてきた様子で白薔薇が水槽から魚を揚げるが、名前まではさすがに教えてもらったものしかわからないので指差しなのはご愛嬌。
揚げてもらった魚はさっき見たあの矢印の書いてあるやつだった。
あれ?さっき言った魚と違うなと思ったけれど、お客さんは白薔薇とも話をして魚を指定するので知らないうちに入った注文だと思い納得する。
受け取った魚を慣れた様子で、もうゴツと音もさせることもなく捌いていく。次々と捌いているうちに魚が途中から捌いても暴れなくなってきたのでとても楽。
そこでふと思った。この魚は元気がないのではないかと。元気がないから暴れてくれないのではと。
よし、と肝を見つめてみる。...よくわからないけれど綺麗でぴかぴかしている。病気には見えないから違うのかなと舌をつけた時から意識は遠ざかり、視界はキューッと絞られほとんど見えなくなるとそこで感覚が鈍いことに気づき、周囲には悲鳴が響いた。
それはたぶん白薔薇のものだったろうに思う。




