おでかけの支度
焚き火はなかなか良いものだ。
火に近づき、肌が焼けるように水分が取られては熱から走って逃げる。楽しい要素が無いようなのに、なぜか楽しいのが不思議。
この前採ってきた芋を今日はみんなで焚べて焼き芋をしている。
始めにそのまま火に焚べたら丸焦げになったので、土に埋めてから焚き火をしているがどんなもんか楽しみだ。焦げはしないだろうが、焼けるかな。
「よく熱を加えないと弱い毒性があるからいきなり食べちゃダメだよ。おなかこわすかも」
「え?この前、生焼けの少しかじったけど大丈夫だった、よ?」
この芋の花を見つけた時に生焼けの破片を摘んで口に持って行ったことを口にすると、知らない植物を無闇に口にするなと口酸っぱく言われた。
なんか最近よく怒られている気がする。大人なのにな。
怒られないように気をつけよう。
大人だからね。
「それでね、師匠とね、食べた時はね、ほとんど食べる所が残ってなかったんだけどね、真ん中らへんは美味しかった〜」
「じゃあこれも食べられるとこがあるかもね、割ってみようね」
前に食べた焼き芋はどんなものだったのかを、焦げに焦げた芋をつつきつつ興味深げに聞くのは、暗く長い髪に星の瞬きを輝かせる宵闇姉さん。
「それでね、それでね、師匠がずっと同じじゃ飽きるって言ってね、蜂蜜としょっぱくないバターとジャムで食べたの!また今度はアイス乗っけて食べようかって言ったのよ!」
興奮でついつい白薔薇の口調がうつるが、そこは問題ではなくお芋にはさらなる可能性が存在することが問題なのだ。その証拠に話の内容にみんな夢中で目線をそらさないまま、笑顔でしきりに頷いたりしている。
「いいね、アイスクリン食べたい」
そう宵闇姉さんが口にすると、次々と同意の食べたいコールが湧いた。
次いで「アイスもいいけどジャムとかバターのも食べたい。ちょっとづついろんなの食べたい」となり、終いには「家には無いからおつかいに行こう」と、トントンと話が進んだ。
「早く行って帰らないと、お芋が冷めてしまう、紺碧!」
「はいはい。じゃああっちの方の大きめの街にしようか」
明日の方向の空を指差す紺碧姉さん。
ここは森、当然のように指し示す方向に街は見えない。周囲にも見える街はありはしない。
「みんな、行くよ〜」
気持ち背が縮み、目を閉じる紺碧姉さん。
えっ、待って。みんな行ったら火はどうしよう。辺りを見回すと木の根元、そこにちょうどいい御仁が。
「キノコのラリーよ火を頼む」
このキノコはただのキノコではなく、顔みたいな穴があって口の部分がパクパク動くのだ。
声は出ない。足はあるが三角座りで寂しそうというマイナス面もあるが彼のポテンシャルに委ねよう。
僕はそっとラリーを摘み、声に出して頼むと、口をパクパクさせるのを見て頷き、そっと火のそばに座らせた。
「神ちゃん、はやくおいで〜。行くよ〜」
準備の出来た紺碧姉さんのそばに集まっているみんなの中から宵闇姉さんが声をかけ、手招きしている。
そこに向かって駆けて行くと、途中で白薔薇がインターセプトしてきて縺れる様に宵闇姉さんへぽふんと抱きついた。
そしてあたりに透明な波紋が揺らぎ、その場から全員が焚き火とラリーに見送られて消えた。
ラリーの顔にはただ火の光が揺らぐ。
「あはは、おかあさん見て〜」
街路樹よりも背の高い建物もなく、空が広く輝く街の中央にある公園でレンガ敷きの地面を歩く往来の人々の目を愉しませる涼やかな噴水が勢いよく噴き出し、陽の光を乱反射して輝いた。
「あら、綺麗ね。でも今日はなんでこんなに勢いがいいのかしら?はじめて見たわ」
「え、噴水が嬉しいからじゃないの?」
「ふふ、そうね」
高くまで吹き上げられた水が散らばり太陽を閉じ込めては大地に引っ張られて落ち、水の波紋を作る。そのたくさんの波紋にひとつ、水滴が落ちずに作られた波紋が混じった。
誰にも気付かれずに作られた波紋は次第に大きく広がってゆく。
「おかあさん、おかあさん」
目を丸くして母親のスカートの裾を握り込んで揺する子供に母親はしゃがみ、目線の高さを合わせて「どうしたの」と優しく話しかけている。
「水にゆらゆらって」
「うん、そうね」
「ゆらゆら...あれ?おねえさんだった」
「お姉さん?」
顔を見て話を聞いていた母親が顔を上げて子供の視線の先を見上げる。
「あ!」
そこには噴水の水面の上、空に舞い上がった水は飛沫も含めて避ける様に捻り曲がり、屋根の様相を呈している軒下に音もなく多人数が現れていた。
「お姉ちゃんじゃない!久しぶり〜」
「え?みーに?わぁ、知らない間に大きくなってる!」
え、うそうそ!と噴水に現れたお姉さん達と母親は、わらわらと挨拶やハグをしあっている。
置いてきぼりにされて寂しくなった子供がまた母親のスカートの裾をくいくいと揺すった。
「おかあさんのしってるひと?」
「そうよ〜」
応える間にも再会を喜ぶ声は止まない。
そしてその声は次第に周囲で太陽を楽しんでいた人々からも聞こえ始めた。
「え?うそ!お姉ちゃんじゃん!」
「あなたあなた、久しぶりにお姉ちゃんが来たわよ!」
「おばあちゃん、お姉ちゃんが来てるよ!」
「あら、ほんとだねぇ。おゝい、お姉ちゃ〜ん」
周りの大人が騒げば騒ぐだけ、より一層小さな子供はひとりぼっちの寂しい気分に襲われた。
だがそれはちょっと目がうるうるって来始めた頃に母親のものと違う二つの手で頭を撫でられるまでのことだった。
優しく撫でてくれる二人に子供は見上げて、少しの不安を押し込めて一言口にする。
「おねえちゃんたち、だあれ?」




