第6話「老婆と大家」
ドーネクトとダーケストは、コンビニで出会った老婆の家に上げてもらった。
「ごめんなさいね。主人の仕事の都合で散らかっていて」
家はアパートの一室で、書類をはさんだファイルがいくつも積まれ、仕事の忙しさがうかがえた。
ゴミは落ちておらず、あくまで「手が回っていない」だけの散らかり方だった。
二人は、こたつのような低いテーブルの前に座った。
老婆はすぐにお茶とお菓子を出してくれた。
お茶は緑茶で、菓子はせんべいだった。
もちろん、異世界育ちの二人は初めて目にするものだ。
「緑の飲み物……? 薬より色が薄いですね」
「それにこれは……? クッキーでもビスケットでもなさそうだな?」
「あら、クッキーやビスケットの方がよかったかしら? ごめんなさいね。今、家にはせんべいしかなくて」
「い、いや、構わん! これもリアリティアの文化の一つだろう! ありがたく、いただかせてもらう!」
ドーネクトが断るも、普段気遣うことがないからか、変な敬語になってしまった。
彼はせんべいを、ダーケストは緑茶を「いただきます」と言ってから口にした。
「う、美味い……!」
「こちらも美味しいです。苦みもありますが、それが逆に美味しさを引き立たせております」
二人がそれぞれの感想を述べると、老婆は口に手を当てて笑った。
コンビニで出会った女子高生とは違い、笑い方に嫌味などは感じられなかった。
「お茶とせんべいで、そこまで喜んでもらえたのは初めてだわ。あなたたち、本当にこの土地が初めてなのね」
不思議と二人は、老婆に笑われても受け入れられた。
特にドーネクトは、普段からかわれると顔を真っ赤にして怒るが、彼女の前ではそれができなかった。
一方でダーケストは「この老婆になら安心して聞ける」と思い、早速尋ねてみた。
「よろしければ、教えていただけないでしょうか? 人々が使っている札のようなもののことを」
「札のようなもの? ……もしかして、スマホのこと?」
「すまほ……?」
老婆は自分が持っていたスマホを取り出し、こちらも一から説明してくれた。
「今はね、インターネットっていうのが主流でね。これ一つで色んなことができるのよ。お店で安くなるクーポンも使えたり、予約もできたり……」
「いんたあ……? アーポン? 何かの呪文か?」
「『アプリ』と『クーポン』が混じってますよ」
「は、初めて聞くんだから仕方ないだろう!」
老婆に説明されても、ちんぷんかんぷんのドーネクト。
一方で、ダーケストは早くも名前だけは頭に入ったようだ。
「そうだわ。よかったら、うちへ習いに来る? 私は仕事上インターネットを使うし、スマホはもちろん、パソコンの使い方も教えられると思うの」
「よ、よろしいのですか……?」
老婆からの優しい提案に、ダーケストは思わず引け目を感じた。
「それに、夫はこのアパートの大家をやっているし、つい先日、退去者が出たから部屋が一つ空いているのよ」
「す、住まわせて、いただけるのですか……?」
老婆がさらに提案してくれるが、二人は部屋を借りるほどのお金はなかった。
リアリティアに来たばかりで仕事もない。
いくらクエストで稼いだと言っても、長期間リアリティアで暮らす自信もなかった。
それに、いつ頃フィーヴェへ帰れるかもわからなかった。もしかすると、今晩急に帰れるようになるかもしれないし、逆に一年経っても帰れないかもしれない。
見通しが立たない中で部屋を借りると、金銭が続くか不安になった。
「部屋を借りた方がいいわ。でないと、ホテルの手続きも今はネット予約しないといけないし、外もまだまだ寒いわ。大丈夫。パソコンやスマホの使い方さえ、学べば仕事はたくさんあるわ。今ならリモートの仕事もあるし」
「また、わからん言葉が……」
ドーネクトがうなる。
その時、玄関のドアが開くと、老婆の夫と思われる男性が帰って来た。
老婆と同じ歳ぐらいで、スキンヘッドにダボダボのセーターを着ており、「おや、お客さんかい?」と穏やかに笑った。
「ちょうどよかった。ねえ、あなた。この前、空いた部屋にこの人たちを住まわせてあげてくれない? この人たち、この地域が初めてなのよ」
早速、老婆が頼んでくれた。すると……。
「いいよー」
老人は理由も聞かずに、たった一言返事をした。
それも、満面の笑みで。
「いいのか?! ラッキーだが、ノリが軽いな。大丈夫か……?」
さすがにドーネクトもあっけに取られたが、彼らはあっさりと老婆たちのアパートに住めるようになった。
ダーケストは心の中でこの老人を「いいよ大家」と命名した。
たった一言のインパクトが強く、妙にしっくり来たからだった。




