第5話「アプリキャンペーン」
リアリティアで動きやすい衣装に着替えたドーネクトとダーケストは、街を歩き回った。
服装を替えただけで注目されることはなくなり、自由に探索できた。
その途中、道の端で何やら呼び込みをしており、人がたくさん集まっていた。
「これさえインストールすれば、犯罪から守ってくれます! 危ない目に遭いたくない人は、今すぐ入れましょう!」
中央にドーネクトと同じ年齢ぐらいの中年男性が立ち、スマホを見せながら防犯のアピールをしていた。
その後ろには、ダーケストと同じ年齢ほどの若い男性が看板を掲げて立っていた。
看板には、四角形で黒く塗られた不思議な模様が描かれていた。
「あの模様は何だ? リアリティアの魔法陣か?」
「『リアリティアには魔法は存在しない』と聞きましたが……」
ドーネクトたちは、リアリティアのQRコードも初めて目にした。
キャンペーンに関心を持ち、集まっているのは女性が圧倒的に多かった。
その中でドーネクトら男性が目立ったのか、男性司会者が二人へ手招きをした。
「後ろのお兄さん方、ちょっと来ていただいてよろしいでしょうか~?!」
ドーネクトは驚きつつも、自身を指さした。
「『お兄さん』って、俺も含まれているのか?」
「ただのうたい文句ですよ。あなたを『お兄さん』など、相当判断力が鈍っていないと言えません」
「何だとぉ?!」
助手の皮肉にドーネクトが声を荒げると、集まっていた女性たちが一斉にこちらを見た。
さらに男性司会者はニコニコしながら、二人から目を離さなかった。
「何だ?」
ドーネクトは司会者の前に来るなり、無愛想に尋ねた。
「来ていただき、ありがとうございます! ちょっと、失礼いたします」
司会はそう言うと、スマホをドーネクトの前にかざした。
すると、スピーカーから子供向けの歌が流れ始めた。
「な、何だ、これは?!」
突然の大音量に耳を塞ぐドーネクト。
一方で、観衆にいた四十代から五十代ほどの主婦からは感激の声が上がった。
「これって、『ミー・ミー・ニャン』ですか?」
「そうです! 奥様方、お懐かしいでしょう?」
「はい、とっても!」
主婦たちが感動する中、二人は首をかしげていた。
今度は、無反応のドーネクトを見た司会者が口をあんぐりとさせた。
「あ、あの、ピンと来ていらっしゃらないようですが、ミー・ミー・ニャンはご覧になってましたか……?」
「何だ、そのふざけた名前は? 何かの魔法か?」
耳から手を離しつつ、ドーネクトがぶっきらぼうに聞いた。
「ミー・ミー・ニャンと言えば、今から四、五十年前の子供番組にあった人形劇よ! あなた、世代じゃないの?」
主婦の一人が説明した。
「ミー・ミー・ニャン」とは、昔やっていた子供向けの人形劇で、三匹の猫が活躍する話である。
ところが、異世界育ちのドーネクトたちはもちろん初耳だった。
「すみませんが、こちらの生まれではないので」
すかさずダーケストが庇うと、司会者と主婦たちはすぐに納得してくれた。
司会者は「まことに失礼しました!」とドーネクトらに謝った後で、観衆へアプリの説明を続けた。
「今、試しましたようにこちらのアプリ、自分を襲って来た相手の顔にカメラを向けるだけでいいんです」
「向けるだけで?」
「はい。そしたら搭載されたAIが相手の顔から年齢を推測し、その人の幼少時代に流行った曲を流してくれるんです。あくまで外見で判断するので、違う世代の曲が流れることもありますが……」
「エーアイ……? また知らん言葉が出てきたぞ」
ドーネクトが眉間にしわを寄せたところで、別の主婦が質問した。
「何で、幼少時代の曲なんですか?」
「人は子供の頃に聞いた曲を思い出すと、純粋だった頃の気持ちが少しだけよみがえり、犯罪を思い留まると思ったからです。それだけでなく、スピーカーから音楽が大音量で流れるため、犯人もビックリして逃げて行くという効果もあります」
司会者の説明に、観衆から納得の声が漏れた。
「カメラも無音で撮影してくれますし、警察へ行った際、こちらの画像をそのまま見せるだけでOKです! 数々の実験に合格したので、一〇〇パーセント保証します!」
司会者が説明を終わらないうちに、観衆は次々とバッグやポケットからスマホを取り出し始めた。
「治安が悪くなっている世の中、特に狙われやすい女性の皆さんには必要だと思い、提供させていただきます!」
「確かに、治安が悪くなってきているわよね」
「この前も、若い女の子が事件に巻き込まれたしね」
「カメラの画像をそのまま警察へ提出できるなら、便利だわ」
「ご興味を持っていただいた方はぜひ、こちらからインストールお願いいたします!」
司会者は満足げに、青年が掲げるQRコードを指した。
観衆は次々とQRコードを読み取り、アプリをインストールしていった。
その光景をドーネクトたちは、呆然と見つめるのであった。
「何がどうなってるんだ……?」
「狙われることを危惧した女性たちが、あの四角い模様からアプリとやらを、札の中に取り入れているのですよ」
ダーケストがわかりやすく要約した。
そんな彼も、仕組みはまだ理解できていないようだった。
「アプリって何だ? あと、あの札は? 俺らも向けられただろう?」
「それらは勉強しなければわかりません」
「とにかく、あの四角い模様に向ければ、あの何とかってのが手に入るのだな?」
ドーネクトは手に魔法を込め、QRコードへ向けた。
彼の紫色に光る手を、ダーケストが急いでつかんだ。
「やめて下さい。リアリティアには魔法が存在しないのですよ。むやみに使わないで下さい」
「じゃあ、あの四角い模様は何だ? 魔法じゃないのか?」
「それはわかりかねます。とりあえず、ここを離れましょう。今の我々には無縁です」
◇
キャンペーンをしている場所から離れると、二人は小さな店に入った。
壁は透明で、中の様子がうかがえたため、すぐに店だと判断できた。
しかし彼らは早速、リアリティアの洗礼を受ける。
少し近づいただけで、透明なドアが左右の方向へに開いたのだ。
「おわぁっ! と、扉が勝手に開いたぞ?! まさか、魔法か?!」
初めて見る自動ドアに、ドーネクトが驚きの声を上げた。
店内にはすでに他のお客さんもおり、大声を出した彼を見てクスクスと笑い出した。
「何がおかしい?! こんな自動で開く扉があったら、誰でも驚くだろうが!!」
「おじさん、自動ドア知らないの~?」
「まさか、コンビニも初めてだったりする?」
ちょうど近くにいた、制服を着た女子高生二人がドーネクトへからかうように聞いた。
「自動ドア? こんびに? 『コンビーフ』なら知ってるが?」
ドーネクトが答えると、女子高生らはゲラゲラ笑い出した。
相当面白かったのか一人は腹を抱え、一人は手を叩いて爆笑した。
「やめましょう。この世界では、この店も自動の扉も、すべて常識のようです」
「しょうがないだろ! 実際、知らないんだから!」
「知らないなら大口叩かない方がいいですよ。そうでなくても、人生のイロハもわかってらっしゃらないので」
「それぐらい頭にあるわっ! 何年生きてると思ってるんだ?!」
今度はダーケストから皮肉を言われ、ドーネクトはますます屈辱的な気分になった。
その時、二人の横から高齢の女性が話しかけてきた。
「あなたたち、ここは初めて?」
女性の頭は白一色で、毛玉のないカーディガンにタイトスカートという上品な出で立ちをしていた。
気品の良さも感じられる彼女を見て、二人は固まってしまった。
自分たちと格が違いすぎたからだ。
「は、はぁ……」
ダーケストですら呆然としながら返事をした。
「だったら教えてあげるわ。このお店の使い方を」
女性はにっこりと笑い、二人を怪しむでもなく、カゴの使い方から商品の説明、そして会計の方法など様々なことを一から丁寧に教えてくれた。
なので二人は、コンビニがいかに便利なのか知ることができた。
「感謝いたします。おかげで、こちらのことが少しだけわかりました」
「それはよかったわ。そうそう、これから家に来る? こちらの詳しいことを、もっと教えてあげるわ」
突然の誘いに、二人はさらに緊張した。
「そ、そちらは大丈夫なのですか? 何かご予定などがあるのでは……?」
初めての世界で良くしてくれる女性へ、ダーケストも思わず気を遣った。
「大丈夫よ。家事をする時以外は時間があるの。それに昼間は私一人だから、話し相手が欲しかったのよ」
女性は常にニコニコとしていた。
二人はお言葉に甘えて、彼女の家に行くことにした。
同じ人間のはずなのに、何故か彼女の前では怒りの感情が湧かず、ドーネクトは生まれて初めて「尊い」と感じたのである。
◇
コンビニを出て老婆の家へ向かう途中、先ほどの場所でまだ人だかりができていた。
「まだやっているのか」
「かなりの人数が利用しているようですね」
ダーケストは人々の手元を見た。
皆、同じような分厚い札を手にしていた。
「あれが、この世界の『力』というわけですか……」
彼は早くも、この世界で生きるために必要なものを理解するのであった。




