第7話「退去後」
老婆と、「いいよ」の一言が特徴的な大家のおかげで、二人は住むところが見つかった。
だが、家賃的な問題で二週間のみの貸し出しとなった。
その間、ダーケストは老婆たちの家に通い、パソコンやスマホの使い方、リアリティアでの働き方を少しずつ学んだ。
その甲斐あって、電子機器の扱いはすぐに覚え、インターネットの知識も身につけていった。
さらに、老婆と大家の紹介で、リモートでの入力業務の仕事に就くことになった。
住所は老婆たちの好意でこのアパートにしてもらい、会社からの郵便物は二人が退去後も、大家たちが代わりに受け取ってくれるようだ。
基本はリモートだが、必要な時だけ電車で出社するため、ダーケストはドーネクトの傍で仕事ができるのであった。
「ゲームキャラのダーケスト」とバレないように――つまり、異世界の住人だと悟られないように、社内では「ダーク」と名乗り、黒縁の伊達眼鏡を着用し、黒い髪も一つに結んだ。
ドーネクトはと言うと、助手が生活の術を学んでいる間、家を出た後のことをしっかりと考えていた。
退去前日、会社から戻ったダーケストへ彼は自信たっぷりに言った。
「ダーケスト! 俺はいいことを考えたぞ!」
「は……?」
開口一番で言われ、ダーケストは早速、あっけに取られた。
これまで、ドーネクトが言う「いいこと」はほとんど良かった試しがない。
今回もすでに嫌な予感がしていた。
「『は』じゃない! よく聞け! 俺らは明日、ここを出て行くだろ? その後の食生活について考えたんだ!」
「……何でしょう?」
ダーケストは期待ゼロ、不安一〇〇だった。
まともに聞く気がないのか、結っていた髪をほどき、眼鏡やネクタイを外すなどして着替え始めた。
構わず、ドーネクトは語り始めた。
「お前ももう知ってるかもしれないが、この世界にはハトやスズメなどの鳥類、川には魚、池にはよく探したらカモやアヒルがいる! そこでだ! そいつらを捕らえて飯にすれば、タダで飯は手に入るし、空腹もしのげ――」
「この世界には動物を愛護する法律があります。野鳥をむやみに乱獲することも禁止されております。それらがバレると、罰金が発生し余計な出費となり、最悪逮捕も考えられます」
ドーネクトの計画を、途中でダーケストの正論がさえぎった。
「そ、そうなのか? フィーヴェでは普通に狩っていたが……?」
「もう二週間もいるのでわかっていると思いますが、ここはフィーヴェではありません。リアリティアです」
ダーケストが、最後をあえて強調した。
「しばらくは、私が稼ぎます。日払い可能な会社なので、金銭はすぐに手に入ります。罰金などが出ると痛いので、なるべく変なことをしないで下さい。働いた分が台無しになるので」
「お、おう……」
さらなる正論でドーネクトは折れ、それ以上は言えなくなってしまった。
◇
そして翌日、二週間住んだアパートを出て行くことになった。
ダーケストは老婆からスーツケースを譲り受け、スーツや会社支給のノートパソコンなどの荷物はすべてそこに詰めた。
「もしお金が貯まって暮らせそうになったら、いらっしゃい。いつでも歓迎するわ」
「ありがとうございました」
老婆が優しい言葉をかけると、ダーケストが丁寧にお辞儀した。
「また緑茶やせんべいを、食べに来るからな!」
対してドーネクトが元気いっぱいに言うと、横からダーケストが「食べ物目的か……」と言いたげな目で睨んだ。
「いいよー」
それでも、いいよ大家は疑いもなく、満面の笑みで返事をした。
「この大家なら受け入れてくれそうだ……」と、さらに呆れるダーケストだった。
◇
アパートを後にし、二人は街中をさまよった。
ダーケストが使いこなせるようになったスマホ( 会社支給 )で、辺りの地図を調べ始めた。
「居住地を持たない分、寝泊まりできるところを探しましょう。調べたところ、リアリティアには意外とそういう場所が多いです」
「フィーヴェで言う宿屋みたいなもんか?」
「それもありますが、この世界ではホテル、ネット喫茶、カラオケというところでも寝られるそうです」
「色々出てきたが、どう違うのだ……?」
「ホテルは宿屋をより設備の整った形にしたもの、ネット喫茶はインターネットが使い放題の喫茶店、カラオケは歌を歌う店です。ネット喫茶もカラオケも個室があり、プライバシーはしっかり守られます」
「な、何だかよくわからんが、行ってみるぞ!」
「行く前に情報収集です。施設によっては、料金がだいぶ変わってきます。ましてや、我々は長時間の利用です。今日は平日だから大丈夫ですが、休日など混んできた場合は途中で退去させられます」
スマホをいじりながら話していたダーケストが、突然足早に歩き始めた。
「良い場所を見つけました。行きましょう」
「ち、ちょっと待て~!」
その後をドーネクトが、パンパンになった革袋を抱えながら追って行った。
ダーケストが歩いて行っていると、カバン屋の前で立ち止まった。
つられてドーネクトも止まり、店内を眺めた。
「ここはカバンの店か?」
「はい。荷物、持ちづらくないですか?」
「ああ。かなり……」
フィーヴェでは、二人は革袋に荷物を入れて歩いていた。
リアリティアに来てから急に持ち物が増えた。
まず、フィーヴェで着ていた衣服、ダーケストに関しては会社へ通勤用のスーツ、会社支給のノートパソコンが増えていた。
彼は老婆からもらったスーツケースがあったが、ドーネクトは革袋のままだった。
しかも、荷物が増えたので前のように担いだり、腰にぶら下げることができなくなり、両手で抱えるようにして持っていた。
ダーケストはスーツケースがタイヤ式なので、転がしながら楽に歩けていた。
「逆だろ!! 普通は、助手が荷物を持つんじゃないのか!? 何故、俺が持っているのだ?!」
「私は所持品が多い上に、スマホで調べごとをしなければならないからです。なら、スマホもパソコンも扱えないあなたは、荷物持ち一択ではないでしょうか」
現時点で、ネット関係の電子機器を扱えるのはダーケストのみ。
ドーネクトも勉強に参加してみたがさっぱりわからず、インターネット関係はすべて助手へ任せることにした。
荷物持ちに関しては、ぐうの音も出なかった。
「ここでドーネクト様のカバンを買いましょう。私と似たようなこの便利な形式のものを」
ダーケストは早くもキャリー付きのカバンが気に入ったらしく、ドーネクトにも同じものを持たせるためにカバン屋の前で立ち止まったのだ。
一番大きなスーツケースを買った。リアリティアでは長期旅行向けの大きさだ。
もちろん二人は旅行目的で来たわけではないし、長期で滞在するかどうかも現時点ではわからなかった。
「大きすぎませんか……? 私のものと同じ大きさもあったと言うのに」
「いいんだ、これで! 『大は小を兼ねる』と言うだろう!」
「リアリティアは人混みが多いゆえに、通行の邪魔になりますよ。まぁ、あなたがいいなら別にいいですが。止めてもムダなのはわかっているので」
「俺はこれで満足なのだ! 何せ、一番大きい方が良いだろう? いくらでも入るし!」
「はぁ……」
大きすぎるスーツケースに大満足のドーネクトに、ダーケストは生返事をするしかなかった。
それでも、ドーネクトの移動も楽になったので、これ以上の文句は言わないことにした。
二人の現実世界での生活は、不安を抱えたまま始まるのであった。




