第3話「恐怖の穴」
翌日。
宿を出る際、ドーネクトはすでに気だるそうだった。
「とりあえず、北へ進むか」
目標を立てていないらしく、彼は適当に言った。
「『とりあえず』って……。またあてもなく行くんですか?」
ダーケストは納得できず、訝しげな顔になった。
「だって、しょうがないだろ。『今すぐ目標を立てろ』って言われても難しいし……」
「脳が凝り固まってきたのでは?」
「何ぃ?!」
ダーケストの聞き方にドーネクトは腹を立て、思わず声を荒げた。
「本当にアビクリスを超えたい気があるなら武闘を習うとか、魔力をより強化するなど自身を鍛えるべきです。あなたからは、それらが感じられません」
「俺には俺のやり方があるんだ!」
「またそうやって逃げるのですか? あなたが遊んでいる間に、アビクリスはどんどん強くなっていきますよ」
助手からの容赦ない言葉に、ドーネクトは反論できなかった。
悔しいが、彼の言うとおりだった。
「俺もただ、遊んではいない! クエストでモンスターを倒しつつ、自分を鍛えているのだ!」
「一応、我々は悪役の類ですよね? していることは勇者と一緒ですよ」
再びダーケストからの鋭い指摘を受ける。
言われてみると、クエストを受けるのは勇者のやることだった。
悪役なら拠点で待つ側のはずだが、ドーネクトたちは旅をしていた。
「俺らは本来、アジトからモンスターを放つ側で、旅して倒す側じゃないだろう!」
「今頃、気づいたのですか……?」
ダーケストは呆れてため息をついた。
「よし! なら、アビクリスを勇者にして俺がラスボスだ! 今すぐアジトを持って、そこで待つぞ!」
「彼女を勇者にしたら、ますますあちらの株が上がるだけですよ。そうでなくても、すでに『ビラーレルの英雄』と讃えられていると言うのに。あと、アジトを持つ金はあるのですか?」
ドーネクトはまたうなだれた。
ダーケストの言うように、またアビクリスが賞賛される上に、アジトを持つ余裕もなかった。
「うわ~! 俺はなんて不幸な闇魔導士なんだぁーーー!」
悔しさが頂点に達し、ドーネクトが号泣し始めた。
「闇魔導士をしている時点で、幸せを手放しているようなものでしょう……。アジト代にはなりませんがクエストで討伐した際、報酬として金銭をいただきましたよね?」
「昨日のは特に大きかったな。ああいうのをやりまくって、金を稼ぎまくるか!」
「短命に終わると思いますが……」
「やっかましい! だが、しばらくは遊んで暮らせそうだ」
「何か言いました……?」
ドーネクトの企みを、ダーケストは聞き逃さなかった。
改めて、この闇魔導士には成長する気が微塵もないことを確信するのであった。
二人が町を出て草原を歩こうとしたその時、突然、空間が歪み始めた。
次の瞬間、彼らの前に大きな穴が開いた。
「な、何だ?!」
宙に浮いた穴は、いきなり凄まじい吸引力で二人を吸い始めた。
「うわーーーーー!!」
すかさず、ダーケストが杖を掲げてバリアを張るが、あっさりと破られてしまった。
「何だ、この力は……?」
優秀な助手ですら、この穴は理解しがたかった。
あわてて町へ戻ろうとするが間に合わず、二人は穴の中へ吸い込まれてしまった。
◇
穴の中。
周囲は闇に包まれていた。足場があるのかもわからない。
だが、不思議とダーケストの顔だけは見えた。
「ダーケスト、無事か?」
「え、ええ……。ドーネクト様は?」
「俺も何とか……。あの穴は何なんだ?」
「わかりません。魔法とは違う何かを感じました」
「俺ら、死ぬのか……?」
前後左右どこを見ても暗い空間が続き、ドーネクトは不安になってきた。
「それもわかりません。ですが、この暗闇はあなたには打ってつけでしょう。闇魔導士なのですから」
「闇魔導士でも、こんな場所は不安だ!」
「ビビってるんですか? 闇魔導士の分際で」
「違うわっ! あと、『分際』って何だ?! お前こそ助手のくせに!」
正体不明の穴に吸い込まれたにも関わらず、二人はいつもどおり言い合った。
おそらく彼らはどこへ行っても、このような漫才を無意識に繰り広げるのだろう。
突然、二人の前方から光が射し込んできた。
◇
まぶしさで目をくらます二人。
目を開けると、いつの間にかどこかの部屋の中に来ていた。
「どこだ、ここは……?」
薄いピンクを基調とした壁、大理石の白い床に、ジュエリー系の装飾品がある部屋。
中は広々としていた。キレイに片づけられており、床には塵一つなかった。
しかし、ドーネクトらは部屋に見惚れている場合ではない。
「お、俺ら、外にいたよな? 何で室内にいるんだ……?」
「シッ!」
ドーネクトが話そうとした瞬間、ダーケストがその口を塞いだ。
助手が指す方向には、お姫様が寝るようなレースの天蓋がついたベッドがあり、そこにはウェーブ掛かった金髪の女性が眠っていた。
「何だ、あいつは?」
ドーネクトも思わず小声になった。
「わかりません。きっと、あの方の部屋なのでしょう。出ましょう」
ダーケストも小声で返した。
「もしかすると、穴について何か知っているかもしれんぞ?」
「そんな上手い話は簡単にはありません」
二人で話していると、ドアが開く音がした。
幸い、この部屋は二重扉になっており、今開いたのは外側のドアだった。
内側のドアが開かれるのも時間の問題だとわかると、二人は魔法で部屋から出た。
二人がいなくなってまもなくして内側のドアが開くと、長い銀髪を一つに束ね、黒いスーツを着た長身の男性が入って来た。
「起きて下さいませ!」
彼はいきなり、眠る金髪の女性へ声を荒げた。
「ん~……」
男性の怒号を聞き、女性は苦しそうに寝返りを打った。
「今すぐ起きて下さいっ!」
男性が再び怒鳴ると、女性は重そうに自分の体を起こし、頭を押さえた。
「頭、痛ぁい……」
「痛くて当然です! 朝の七時まで飲んでいたのですから! 今日がオフでよかったものの……」
どうやら女性は、朝までお酒を飲んでいたらしく、酔いつぶれて昼間まで眠ってしまったらしい。
「とんでもないことをしましたね、ミカネ様?!」
「何よ、サーモン~?」
「サーモンはやめて下さい。あと、とぼけないで下さい! 酔っている間に、また異世界から人を呼び出しましたね? そのせいで何人かが迷子になっているんです!」
「しょうがないじゃない。お酒飲むと気分が良くなって呼びたくなるんだから。つい、誰かと飲みたくなるのよね~」
「『よね~』じゃありません! 迷子をこれから探して参りますので、異世界へ帰す準備をしてて下さい! いいですね!?」
サモレンに怒られたミカネは「はーい」とだるそうに返事をした。




