一篇の詩
I never saw a wild thing sorry for itself
A small bird will drop frozen dead from a bough
without ever having felt sorry for itself
誇り高い小鳥は、木枯らし吹く中、空高く飛び
地に落ちて、凍え死ぬ瞬間でも、けして自分を哀れまない
(意訳)ユミ
ユミの部屋の壁に、A4用紙に書いて、貼ってある。
英国の詩人、D.H.ローレンスの、世界中で愛唱されている有名な作品である。
ユミが好きな映画だという、「G.I.ジェーン」の中で出てくる。
「私の好きな詩なの。デミ・ムーアを鍛える彼女の指導教官が、デミ達、訓練生にその詩を教えるの」
かつて、ユミが語っていた。
「ユミちゃん。怒らないで聞いてくれる」。壁に貼ってあるユミが好きだという詩を見ながら、タカマサが言う。
「ん?」
「もしね、今回の俺達の企画が、頓挫したとしても」
「キッ」。もう怒っている。瞬間湯沸し器だ。
「失敗した時の予防線をはってるんじゃないから、一通り、俺の話を聞いてくれる」
「う、うん。……」。まだ、疑っている。
「ユミちゃんは、今、映画制作者になる為の、いい勉強をしてると思うんだ」
「そう?」
「うん。実写の映像に拘らなければ」
「……」
「VRの映画なら、ユミちゃんのイメージしている映画作りは、けして不可能じゃないことが、ハッキリしたでしょ?」
「確かに。……」
「俺もね」
「うん」
「今回、すごい経験になってる」
「そうなの?」
「うん。俺、漫画家志望だったでしょ?」
「うん」
「でもね、漫画家って言いたいだけなら、大抵だれでも言える時代に、なってしまってるんだなぁって。……」
「……。かもね」
「でしょ?」
「それで飯を食っていける人だけを、漫画家って言うなら、俺は確かにまだまだだけど」
「……」
「それと、面白いマンガを描く人ってのは、これからの時代、イコールとも言えなくなるかもなぁって。……」
「ふ~ん。……」
「今、どんなジャンルのものでも、人の興味の向くものって様々じゃん?」
「そうね。……」
「作品を発表するのも、大手のメディアだけじゃなくて、その気になれば、誰でもできる時代だよね。……」
「だね」
「要は、内容が面白いかどうかだよね。……」
「……」
「『面白い』っていう基準も、人それぞれだし」
「うん」
「俺は門外漢だから、映画作りのこと、よくは知らないけど」
「ん?」
「作り方も、これからどんどん変わっていくんじゃないかな?」
「うん」
「俺、思うんだけど」
「ん?」
「まず、大事なのは、シナリオじゃないかな」
「……」。がっかりしてるユミ。当然のことだと言わんばかりだ。
「次に、そのシナリオから、映画完成までの、しっかりした綿密な作業行程」
「まぁね。……」
「どんな演者を揃えるのか。予算を抑える為に、エキストラで作れる場面は、とか」
「うん」
「裏方で動くスタッフには、どんな人が必要で、機材や撮影場所にかかる費用、それには幾らかかるのか、とか」
「……」
「エキストラばかり抱えているプロダクションとかあるだろうから、そういう業者と契約するのもアリか無しか」
「ふぅ~ん。……」
「裏方のスタッフだってそうだよね」
「……」
「予算、日時の都合に合わせて、プロフェッショナルな技術水準の
スタッフを、要望に合わせて派遣しますよっていう、……」
「なるほどね」
「誰がやったって、個人のお金だけで、可能な話じゃないと思うんだ」
「うん。……」
「要は、しっかりした綿密な企画書。シナリオ、人材の見当、お金の見積り、スケジューリング」
「……」
「『このお話を、制作日数〇日で、予算いくら幾らで』っていう企画書があれば、ユミちゃん、明日からでも、映画作り、始められるんじゃない?」
「いくら何でも、『明日』って。……」
「言葉のアヤだから」
「ふっ」と、笑うユミ。
「VRなら、も少し簡単にできるんじゃ、……」と、タカマサ。
「簡単に?」
「言葉に語弊があるなら、何と言うか、……」
「いい。だいたい分かる。言いたいことは」。手で制する。
「前にも言ったけど、仕上がりの水準を求めるなら、VRでも50万、いや50から100万かな」
「うん」
「でも、ユミちゃんのイメージを、一応の画像にまとめて、全体のあらましを伝えるだけなら、今の俺らの設備だけでも、何とかいけるんじゃないかなぁ。……」
「照明とか、VR用カメラとか、もう少し欲しい物、あるよね」
「そうか。……。俺、マンガのことにしか、頭、回らないからなぁ。……」
「そんなことないよ。タカマサ君の話、私に、とっても響く」
「そう?」
「うん!」
「だから、ユミちゃんは」
「ん?」
「ディレクターと言わずに、プロデューサーでも、何かのアシスタントでも、ユミちゃんが言うように、雑用係全般をこなすのは、絶対にいい勉強になってると思う」
「おぉ~」
「俺、偉そう?」
「うん、偉そう」。ユミが、クスッと笑った。
「俺達ね、いつかは、それぞれの道を歩き始めると、思うんだ」
「当然ね」
「でも、何かあった時、手伝ったり、相談したりできる仲間だと思うんだ」
「うん!」
「そういう仲でいる為にも、」
「ん?」
「ユミちゃんがこの前、言った、……」
「ん?」
「ユニット内、恋愛禁止って」
「あぁ~」
「いいと思うんだ」
「ふ~ん。……。あれは主に、こーちゃんに向けて言ったんだけどね」。首を竦めるようにして、笑った。




