葛藤
「去年、ダンス動画を載せたあたりから、ネガなコメントが増え始めたんだよね」
「そんなもの、見なきゃいいだけの話だよ」
「自分の動画に寄せられるコメント、気になるのは当然でしょ」
「評価を期待してるからだよ」
「それだけじゃないもん。否定的なコメントでも、向上の糧にしようと思ってるんだもん」
「なら、いちいち凹むな」
「凹んでないもん。でも、……」
「ん?」
「この頃、過激な内容なのが、SNSにも押し寄せてくるようになっちゃってて」
「無視してろ。そんなの」
「本の虫が偉そうに」
「なんだよ、本の虫って」
「暇があると、図書館にいるじゃない」
「俺の勝手だろ」
「図書館じゅうの本が、今に虫食いだらけになりそう」
「ふん」
「ふん」
背を向けたまま、PCに向かって作業を続けていたタカマサが、「クッ」というような笑い声を漏らした。
「ん?」とユミ。
「タカマサ君。今、笑った?」
「いや。だけど、仲がいいんだなぁって。……」
「仲よかないわよ、こんな奴。私が、面倒みてやってるだけよ」
「大きなお世話だ。それに、いつ、ユミの面倒になったと言うんだ?」
「ずーーーっと。これまで、ずずず、ずーーーっとよ」
「どんな!」
「友達にイジめられて、ベソかいてた時」
「ヘン。大昔じゃないか」
「大昔じゃないもん。中一の時だもん」
「大昔。もう時効!」
「ゴキブリ見て、ギャーギャー喚いてるばかりだった時、叩き潰して、紙に丸めて、捨ててやったの、忘れたの?」
「うん。忘れた」
「都合の悪いことは、全部忘れられるんだ。便利な頭でよかったね」
「フン!」
「もう、やめろって」。見かねて、タカマサが割って入った。
「私は、映画づくりに命を賭けようと思ってるの。だから、どうしても気になるんだよ」。平静に戻ったユミが言う。
「ユミを応援するメッセージだってあるんだろ?」と、康祐。
「そりゃ、あるわよ」
「そういうのだけ、見てればいいだろ」
「そんな訳には、いかないわよ」
「設定すればいいだろ?」
「わざわざ教えてくれる友達がいるの!」
「それって、友達か?」
「……」
「それに、……」
「ん?」
「そういう声って、ネットの中だけっていう訳じゃないし。……」
「ん?」
「サイバー空間と、リアル社会って、往々にして繋がってることが多いのよ」
「……」
「とにかく、今、私はこれに、命賭けてるの。お気楽に生きてるこーちゃんとは違うのよ」
「……。俺の、どこが、何が、お気楽だと言うんだ。……」
「この前、言ってたじゃない」
「何を?」
「何っていう目的とかなく、選んだ学部だって」
「……」
「ウチの店や、こーちゃんのお祖父ちゃんの税務申告なんかを、『俺がやってあげられれば、少しは役にたてるかな』って」
「……」
「それだって、立派な目的なんじゃないの?」と、タカマサ。
「タカマサ君は、ちょっと黙ってて」
彼を制して、ユミは続けた。
「これからは、領収書をスマホで撮影して、青色申告のアプリに読み込ませれば、確定申告まで自動で済ませられるようになるって。いや、もうそうなってるかもって」
「……」
「大学に入った意味が、なくなるかもしれないってのに、大してショックでもなく、ノホホンとしてるんだから、これをお気楽と言わないで、何を。……」
「……」
「ん?」。康祐を挑発するように、ユミが覗き込む。
「改めて、税理士や公認会計士を目指そうっていうんでもないでしょ?」
「俺だって、……」
「ふん」
「俺だって、思ってることはあるよ」
「へぇ~。何を?」
「この前、話した、……」
「えっ?」
「当たり前のことを、当たり前に言える世の中」
「……」
「俺の生涯のテーマになると、思ってるんだ」
「……」
「俺は、生活は、陶器の販売業で賄っていけると、思ってる。いずれ、実店舗は不必要になって、ホームページだけで商売しても大丈夫になる」
「……」
「それは、俺の生業。仕事は、別に考えてるんだ」
「……」
「ライフワークって言うのかな。物書き。それも、テーマは一つ。『当たり前のこと』。色々なアプローチで、それを書いていくのもアリかなぁって。……」
「……」
「でも、先のことは分からない。人は、誰でもそうでしょ?」
「……」
「明日、自分が生きているなんて保証は、誰にもないんだ」
「……」
「俺は、俺たちの第一作目の作品に、それを込めた。たとえ、第一作で斃れても、俺の主題が、誰かの目に触れて、誰かが俺の遺志を継いでくれるなら、俺は、それで本望としたい。今はだから、この作品を、どうしても仕上げたい」
「……」。ユミもタカマサも黙ってしまっていた。




