冒険者組合
王立地誌院・冒険者組合共同編纂
『グロウ禍およびランカー制度概説』
公開閲覧用写本
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■ グロウとは何か
近年、エルニド各地において、従来の魔物分類に収まらない知性体の出現が報告されている。
彼らは人語を解し、道具を用い、群れを作り、時には村落や街道を計画的に襲撃する。従来の魔物のように本能のみで動くわけではなく、獣人族や精霊種とも異なる。人間、長耳族、ドワーフ、獣人族、竜人族のいずれにも属さず、しかし明確な意思と目的を持つ。
冒険者組合は、これらの存在を総称してグロウと呼ぶ。
グロウという語は、もともと北方方言で「喰らって育つもの」を意味する。初期の討伐報告において、彼らが魔物、人間、精霊、魔導具、さらには土地に宿る魔力まで吸収する性質を示したため、この呼称が広まった。
現在、グロウは単なる魔物ではなく、新たな魔族的知性種として扱われている。
ただし、王立学院と冒険者組合の間でも、その分類については意見が分かれている。ある学派は、グロウを地脈異常によって生じた突然変異体と見る。別の学派は、魔物が長い年月を経て知性化した存在と考える。神学派の一部は、世界の秩序を乱す異端の民であると主張する。
だが、いずれの見解においても一致している点がある。
グロウは増えている。
グロウは組織化している。
そしてグロウは、世界に対して明確な敵意、あるいは改変の意思を持っている。
■ 外見と特徴
グロウの外見は一様ではない。
人型に近いものもいれば、獣に近いもの、虫に似た外殻を持つもの、影のように輪郭が曖昧なもの、骨と仮面を思わせる頭部を持つものもいる。共通しているのは、体のどこかに白灰色または黒色の硬質部位を持つ点である。
この硬質部位は、しばしば仮面、角、胸甲、爪、尾、背骨状の突起として現れる。破壊すると高濃度の魔力が漏れ出し、個体によっては激しく暴走する。
多くのグロウは、顔または頭部に仮面状の器官を持つ。完全な仮面ではなく、骨が皮膚の上に浮き出たようなもの、片目だけを覆うもの、口元だけを裂くもの、額に小さく埋まるものなど形状はさまざまである。
この仮面状器官は、グロウの魔力器官であると考えられている。攻撃時には仮面部分が発光し、咆哮、魔弾、幻覚、精神干渉、身体強化などの能力が発動する例が多い。
グロウの体内には通常の血液とは異なる黒紫色の体液が流れる。これは空気に触れると急速に結晶化し、砕くと灰になる。毒性は個体差が大きく、触れるだけで皮膚を焼くものもあれば、ほとんど無害なものもある。
彼らは魔力を食う。
肉を食う個体もいる。
血を飲む個体もいる。
記憶や恐怖、祈り、怒りに反応する個体もいる。
このため、グロウは単なる捕食者ではなく、対象の生命力、魔力、精神の揺らぎをまとめて餌とする存在と考えられている。
■ グロウの知性
グロウのもっとも危険な点は、その知性である。
下位個体は獣に近く、飢えに従って行動する。しかし中位以上の個体は言葉を理解し、罠を避け、陽動を使い、交渉を試みることさえある。
確認された事例では、グロウが人間の村に数週間潜伏し、住民の名前、家族構成、巡回兵の交代時刻を把握してから襲撃した例がある。また、討伐隊の一人を生かして逃がし、その記憶を利用して後続部隊を待ち伏せた例も報告されている。
さらに厄介なのは、彼らがしばしば人間の思想を模倣することである。ある個体は宗教者の言葉を借り、ある個体は貴族の礼法を真似、ある個体は学者のように問答を仕掛ける。
ただし、模倣は完全ではない。グロウは人の言葉を話せても、人の価値観を同じようには理解しない。彼らにとって、記憶、肉体、名前、国境、家族、死は、人間とは異なる意味を持つらしい。
ある討伐記録には、捕縛されたグロウが次のように語ったとある。
「名とは皮だ。
皮は裂ける。
裂けた下に、もっと正しい形がある。」
この発言の意味は不明である。しかし、グロウたちの思想を知る上で重要な記録とされている。
■ グロウの思想
グロウは単に人を襲うだけの存在ではない。
彼らはしばしば、自分たちの行動を「修正」「再記述」「更新」「正しい形への回帰」と呼ぶ。特に上位個体ほど、世界そのものが誤った形で固定されていると考える傾向がある。
冒険者組合が押収した皮紙、骨片、石板、壁面刻印には、共通する文句がいくつも見られる。
「世界は一度、誤って読まれた」
「古き文は破り、新しき文を刻め」
「肉は文章であり、血は墨である」
「名を喰らえば、形は従う」
「存在とは、書き換えられる余白である」
これらの文言から、グロウは世界を一種の書物、あるいは記述可能なものとして捉えていると考えられる。彼らにとって、殺すこと、食うこと、侵食すること、支配することは、単なる暴力ではなく、世界の文章を直す行為に近い。
ゆえに、彼らの上位組織に属する者たちは自らを「書記官」と呼ぶ。
この呼称が比喩であるのか、宗教的称号であるのか、実際の役職名であるのかは不明である。しかし、確認された上位個体はいずれも、何らかの形で「書く」「刻む」「記録する」「裁く」という語を用いている。
■ グロウの階級
冒険者組合では、グロウを危険度に応じて暫定分類している。
下位種:グロウ・リム
もっとも数が多い個体群である。知性は低く、群れで行動する。人間大から大型獣程度の大きさで、爪、牙、魔弾、酸性体液などを用いる。銅章から鉄章の冒険者でも対処可能だが、数が多い場合は危険である。
中位種:グロウ・ヴァル
人語を理解し、簡単な戦術を用いる。武器を扱う個体もいる。村落襲撃や街道封鎖の主力となることが多い。銀章以上の冒険者による対応が推奨される。
上位種:グロウ・アルカ
高度な知性と固有能力を持つ。姿は人型に近いことも多く、会話、変装、心理誘導、魔術模倣を行う。単独で小規模な砦や集落を壊滅させる力を持つ。金章冒険者またはランカーの対応が必要となる。
特異種:グロウ・ノヴァ
通常分類に収まらない個体である。周囲の魔力環境を変質させる、記憶干渉を行う、死体や影を操る、一定範囲内の術式を無効化するなど、個体ごとに異常な能力を持つ。討伐には組合本部の許可と複数パーティの連携が必要である。
書記官級
グロウ勢力の中枢に属するとされる存在である。後述する十二審判団に該当する個体は、すべてこの級に分類される。
■ 十二審判団
グロウの上位組織として、各地の討伐記録、捕虜証言、押収文書に繰り返し現れる名称がある。
ドゥオデシム・スクリプトリア。
古王国語と旧教会語の混成語であり、直訳すれば「十二の記述座」または「十二書院」となる。しかし冒険者組合では、通称として十二審判団と訳している。
十二審判団は、十二人の書記官によって構成されるとされる。彼らはそれぞれ第一書記官から第十二書記官までの序列を持ち、その肉体のどこかに序列を示す数字が埋め込まれている。
数字は刺青ではない。焼印でもない。多くの場合、骨、角、仮面、胸部装甲、眼球、舌、手の甲などに、肉体と一体化した形で現れる。数字は古代文字にも現代数字にも似ておらず、見る者によって形が異なって見えるという報告もある。
十二審判団の構成員は、単なる戦闘指揮官ではない。彼らはグロウたちの思想、儀式、領域拡大、捕食方針を統括する存在と考えられている。各書記官はそれぞれ異なる「記述権能」を持ち、支配下のグロウを率いている。
以下は、冒険者組合が公開可能と判断した範囲での情報である。
■ 書記官という称号
グロウ上位個体が自らを「書記官」と呼ぶ理由は不明である。
しかし、彼らの行動様式を見る限り、これは単なる装飾的称号ではない。書記官級グロウは、対象を殺すだけでなく、対象の意味を変える。
村を襲う場合でも、すべてを焼くとは限らない。井戸だけを残し、家名を刻んだ扉だけを持ち去り、墓碑の名前を削り、教会の祈祷書に新しい文を加える。あるいは、住民を殺さず、全員に同じ夢を見せ、翌朝には村の名が変わっていることもある。
このような事件は、通常の略奪や虐殺とは性質が異なる。目的は資源ではない。恐怖だけでもない。
彼らは、場所や人が持つ「意味」を壊し、別の意味を与えようとしている。
そのため、書記官級グロウが関与した地域では、討伐後も長期的な影響が残る。土地の精霊が沈黙する。住民が自分の家系を思い出せなくなる。古地図と実際の道が一致しなくなる。教会の鐘が鳴らなくなる。子どもたちが同じ知らない歌を歌う。
王立学院はこれを精神汚染、地脈変質、魔術的暗示の複合現象と見ている。
冒険者たちは、もっと単純にこう呼ぶ。
「書き換えられた」と。
■ 確認されている審判団の影
十二審判団の全員が確認されているわけではない。むしろ、多くは噂と断片記録に過ぎない。だが、複数地域の証言が一致する者については、組合本部が警戒対象として扱っている。
第一書記官
詳細不明。いかなる姿を持つか、どこに現れたか、確実な記録はない。ただし、捕縛された上位グロウの多くが第一書記官の名を口にする前に自壊している。グロウ内部において絶対的な地位を持つと推定される。
第二書記官
「白い頁の者」と呼ばれる。姿を見た者は少ないが、この個体が現れた後には、周辺の記録が白紙化する例がある。村の帳簿、貴族の系譜書、冒険者の登録証から文字が消える事件との関連が疑われる。
第三書記官
「骨筆」と呼ばれる。人型に近く、背中から十二本の骨のような筆状器官を生やすとされる。戦場跡に現れ、死者の名を集めるという噂がある。
第四書記官
「赤墨」と呼ばれる。血液を媒介に呪式を広げる個体とされる。討伐隊の傷口から同じ紋様が浮かび上がる事件が報告されている。
第五書記官
「綴じ手」と呼ばれる。複数のグロウを束ね、一つの巨大個体のように行動させる。群体戦術に長け、砦攻めに関与した疑いがある。
第六書記官
「喉なき詠唱者」と呼ばれる。声を出さずに人の精神へ言葉を送り込むとされる。討伐経験者の中には、戦闘中に自分の母親や死んだ仲間の声を聞いた者がいる。
第七書記官
「仮面蒐集家」と呼ばれる。殺した者の顔を奪うという伝承めいた報告が多い。変装能力を持つ可能性があるため、都市内部への潜入が警戒されている。
第八書記官
「黒い欄外」と呼ばれる。周囲の術式を歪ませ、魔術を暴発させる個体とされる。魔術師部隊との相性が極めて悪い。
第九書記官
「余白喰らい」と呼ばれる。地図上の空白地帯や未踏領域に現れるとされる。調査隊が残した地図の余白に、後から黒い文字が浮かぶ事件が複数確認されている。
第十書記官
「逆さ文字」と呼ばれる。鏡、湖面、剣の刃、窓硝子などに映る姿として出現するという。実体の有無は不明。
第十一書記官
「欠けた証印」と呼ばれる。組合員の登録情報、商会の印章、貴族の紋章を改変する事件との関与が疑われている。
第十二書記官
「末尾の子」と呼ばれる。最も若い、あるいは最も新しい書記官とされる。小柄な人型で現れるという証言があるが、信頼性は低い。下位グロウの発生地域に先立って目撃されることがある。
以上の情報は未確定部分を含む。十二審判団と遭遇した場合、交戦よりも撤退と報告が優先される。
■ グロウ勢力圏
グロウは、初期には辺境の森、廃鉱山、旧遺跡、戦場跡に出現していた。しかし近年では、街道、農村、港湾、地下水路、果ては都市周辺にも活動範囲を広げている。
勢力圏と呼ばれる地域では、次のような兆候が見られる。
獣が消える。
鳥が鳴かなくなる。
井戸水が鉄臭くなる。
夜に白い仮面の影を見る。
古い文字のような傷が木や石に刻まれる。
住民が同じ悪夢を見る。
子どもが知らない名前を口にする。
死体が残らない。
墓地の土が盛り上がる。
教会の聖印が黒ずむ。
これらの兆候が複数確認された場合、地方官は速やかに冒険者組合へ通報しなければならない。
グロウの巣は「巣」と呼ばれるが、通常の獣穴とは異なる。洞窟、廃屋、地下水路、森の奥、遺跡内部など、既存の空間を侵食して作られる。巣の中心には、黒い繭、骨の柱、仮面の山、文字が刻まれた肉壁などが見られることがある。
巣を放置すると、周辺の魔力が変質し、下位グロウが自然発生するようになる。このため、グロウ討伐では個体撃破だけでなく、巣核の破壊が重視される。
■ 冒険者組合の拡張
グロウ禍の拡大に伴い、冒険者組合は従来の民間請負組織から、より軍事的・政治的な機関へ変化しつつある。
かつての冒険者組合は、依頼を仲介し、報酬を管理し、冒険者の等級を定める組織だった。しかし現在では、情報収集、戦力配備、危険地域封鎖、都市防衛、対グロウ研究、魔導装備開発まで担うようになっている。
この変化には批判もある。貴族の一部は、組合が王国軍に匹敵する武力を持つことを警戒している。商会は、組合が危険地域の通行許可を握ることで物流に影響を及ぼすと懸念する。教会は、グロウ討伐の名のもとに過剰な武力行使が行われることを危惧している。
だが、現実問題として、グロウに対抗できる即応戦力は冒険者組合をおいて他に少ない。
王国軍は正規戦には強いが、遺跡、森、地下水路、山岳、群島での小規模かつ異常な戦闘には不向きである。騎士団は名誉と規律を重んじるが、グロウは名乗りもせず、夜に紛れ、精神を攻撃し、毒と幻を使う。
冒険者は違う。
彼らは汚い戦いを知っている。
逃げる判断も知っている。
罠を疑い、暗闇を歩き、死体を調べ、未知のものに触れる覚悟を持つ。
ゆえに、組合は拡張された。
■ ランカー制度
グロウ禍に対抗するため、冒険者組合は新たにランカー制度を導入した。
ランカーとは、一定以上の魔力指数、戦闘能力、任務達成率、対異常存在適性を持つ冒険者に与えられる特別資格である。
従来の銅章、鉄章、銀章、金章、黒章は、経験と任務実績に基づく等級だった。これに対し、ランカーは個人の戦力値と危険任務への適性を重視する。
ランカー認定には、以下の審査が行われる。
魔力指数測定。
身体能力測定。
実戦記録審査。
精神耐性検査。
対魔物戦闘評価。
異常環境下での判断試験。
組合上層部による面談。
魔力指数とは、単に魔力量の多さではない。瞬間出力、持続力、制御精度、外界魔力との同調率、暴走危険度を含めた総合値である。魔力量が多くても制御不能なら高評価にはならない。逆に魔力量が中程度でも、精密な制御と冷静な判断があればランカー候補となる。
ランカーには専用の識別章が与えられる。識別章は黒銀製で、中央に星環と剣、裏面に個人番号が刻まれる。偽造防止のため、本人の魔力波長に反応する簡易認証術式が組み込まれている。
■ ランカーの階位
ランカーは、危険度と実力に応じて階位分けされる。
Cランカー
地方のグロウ・リム討伐、小規模巣の調査、住民避難任務に参加できる。鉄章上位から銀章冒険者が多い。
Bランカー
グロウ・ヴァル級との交戦が許可される。中規模パーティの指揮、街道防衛、遺跡封鎖任務を担う。
Aランカー
上位グロウとの戦闘経験を持つ者。都市防衛、危険地帯突入、巣核破壊、重要人物護衛を任される。多くは金章冒険者以上である。
Sランカー
国家級危機に対応する者。個人または少数で戦況を変え得る戦力と見なされる。任務内容は非公開が多い。王国軍、騎士団、学院、教会との合同作戦に参加する。
王命ランカー
王国または組合本部が極秘に認定する最上位資格。存在自体が公表されないこともある。十二審判団級の脅威に対処するための戦力とされる。
ランカー制度は、冒険者たちに新たな名誉と報酬をもたらした。だが同時に、命をすり減らす危険な道でもある。ランカー任務の死亡率は通常任務より高く、精神障害、魔力汚染、記憶混濁、身体変質を起こす者もいる。
組合はランカーに高額報酬、医療支援、遺族補償、装備貸与、情報閲覧権を与える。その一方で、緊急招集への応答義務、危険情報の守秘義務、任務拒否に関する制限も課す。
自由な冒険者であり続けたい者にとって、ランカーは名誉であると同時に鎖でもある。
■ 組合と政治
ランカー制度の導入によって、冒険者組合は大きな政治力を持つようになった。
地方領主は、グロウ被害を抑えるため組合支部への資金提供を増やしている。商会は護衛契約を結び、危険街道の通行権を確保する。王国議会は組合の活動を監督しようとするが、実際には組合なしに辺境防衛は成立しない。
このため、組合は半ば独立した軍事商業機関として機能している。
組合は依頼を受ける。
報酬を設定する。
危険度を判定する。
冒険者を派遣する。
戦果を管理する。
情報を売る。
装備を貸す。
保険を扱う。
葬儀費用まで取り決める。
一部では、組合がグロウ禍を利用して勢力を拡大しているとの批判もある。確かに、危機が大きくなるほど組合の重要性は増す。ランカーは英雄として称えられ、組合関連商会は武具、薬品、魔導具で利益を得る。
だが、組合職員の多くは反論する。
「利益が出なければ、誰が壁の外へ行くのか」と。
グロウは話し合いだけで止まらない。
祈りだけでも止まらない。
王都の机上で決めた法令は、森の奥の巣までは届かない。
誰かが行かなければならない。
誰かが剣を抜かなければならない。
その誰かを集め、訓練し、送り出し、戻らなかった者の名を記録するのが、現在の冒険者組合である。
■ 民衆の反応
グロウの存在は、人々の暮らしに影を落としている。
辺境の村では、夜間外出が禁じられ、子どもは森へ近づかず、家畜小屋には護符が吊るされる。街道を行く隊商は護衛を増やし、宿場町では見知らぬ旅人への警戒が強まった。
王都では、グロウを題材にした芝居や怪談が流行している。白い仮面の魔族、名を奪う怪物、夢に入り込む書記官。人々は恐怖を娯楽に変えることで、不安を飲み込もうとしている。
一方で、グロウに魅入られる者もいる。
世界を書き換えるという思想に、歪んだ憧れを抱く者がいる。貧民街の若者、失脚した学者、破門された神官、復讐に囚われた者。彼らの中には、グロウを破壊者ではなく解放者と見る者もいる。
王都警備隊は、こうしたグロウ崇拝者を厳しく取り締まっている。彼らは巣に人を誘導し、討伐情報を流し、グロウの刻印を街壁に刻むことがある。
グロウ禍は、外から来る脅威であると同時に、人の内側にある不満や絶望を映す鏡にもなっている。
■ 対グロウ戦闘心得
冒険者組合は、対グロウ戦闘における基本心得を以下のように定めている。
一、単独で追跡しない。
二、仮面状器官を確認したら記録する。
三、人語を話しても信用しない。
四、死体を放置しない。
五、巣核を破壊するまで任務完了と見なさない。
六、仲間の記憶に食い違いが生じた場合、即時撤退する。
七、知らない声が聞こえた場合、返答しない。
八、討伐後は必ず浄化処理を受ける。
九、書記官級の疑いがある場合、交戦せず報告する。
十、生還を最優先とする。
最後の項目は、特に強調される。
グロウ討伐において、無謀な勇気はしばしば被害を広げる。倒せない相手から逃げ、情報を持ち帰ることは恥ではない。むしろ、それによって次の討伐隊が生き残る。
冒険者組合本部の入口には、古い銅板が掲げられている。
「死んだ英雄は一度しか戦えない。
生きた臆病者は、百度仲間を救う。」
■ 結語
グロウは新たな脅威である。
彼らは喰らう。
彼らは増える。
彼らは考える。
彼らは世界を、書き換えようとしている。
だが、エルニドの人々はただ怯えているだけではない。冒険者は剣を取り、魔術師は術式を編み、鍛冶師は武具を打ち、学者は記録を読み、神官は祈り、商人は補給路を支え、村人は門を閉ざし、灯台守は夜の海に火を入れる。
ランカー制度は、その時代の必要から生まれた。
それは栄光への階段であり、同時に死地への通行証でもある。
十二審判団の正体は、まだ完全には分かっていない。
グロウの起源も、最終目的も、すべてが明らかになったわけではない。
しかし一つだけ確かなことがある。
彼らが世界を文字として見るなら、
人々は自らの生を、まだ誰にも書き渡してはいない。
エルニドは今、静かな戦争の中にある。
剣と牙、魔術と思想、記録と忘却の戦争である。
その戦いの最前線に立つ者たちは、今日も冒険者組合の扉を開ける。
依頼書を受け取り、識別章を胸に下げ、仲間と共に街の外へ出る。
帰ってくる保証はない。
勝てる保証もない。
それでも彼らは進む。
この世界が、まだ誰かの手で勝手に書き換えられてしまわないように。




