第26話:特別監査 — 孤立の始まり
第26話:特別監査 — 孤立の始まり
特別監査の通達は、城内全域に回った。
「王国戦略顧問、資源管理に関する調査開始」
紙一枚。
だが重い。
俺の執務室には、すでに監査官が二名常駐している。
「書類の持ち出しは禁止です」
「承知している」
机の上の帳簿はすべて検印済み。
俺はもう、補給に指示を出せない。
廊下を歩く。
これまで自然に交わしていた敬礼が、わずかに遅れる。
視線が増えた。
好意ではない。
観察だ。
小声が聞こえる。
「本当にやったのか?」
「でも証拠がな……」
「参謀殿がそんなこと」
信じたい者と、信じられない者。
空気が割れている。
会議室前。
扉の前で、衛兵が一歩前に出た。
「本日の軍議ですが……参謀殿は」
「出席停止だろう」
「……はい」
想定内。
だが実際に言われると、空間が一段冷える。
扉の向こうから議論の声が漏れる。
本来なら、俺がいる席。
代わりに座っているのは、赤外套の貴族だ。
俺は背を向ける。
廊下の窓から中庭が見える。
兵士たちは訓練を続けている。
戦は待たない。
だが俺は、戦から切り離された。
夕刻。
リディアが現れた。
「軍議は荒れた」
「想定内だ」
「補給の再配置が甘い」
「そうなる」
「……お前なら、どうした」
俺は即答する。
「中央集約は危険。分散させろ」
「やはりそうか」
彼女は小さく息を吐いた。
「だが今は、お前は口を出せない」
「規則だからな」
沈黙。
彼女は少し迷ってから言った。
「監査官が、かなり強硬だ」
「背後に貴族がいる」
「分かっているのか」
「当然だ」
俺は冷静だ。
感情がないわけではない。
だが、焦りは計算を狂わせる。
「……信じている」
リディアが言う。
前より強い声。
だが、どこか疲れている。
「だが、証拠が多すぎる」
「完璧すぎる」
「何?」
「偽造にしては、整いすぎている」
リディアは眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「本物の不正は、もっと雑だ」
誰かが“見せるために”作っている。
だがそれを証明する手段は、今はない。
その時、廊下の奥でざわめきが起きた。
伝令が駆けてくる。
「北部境界で小競り合い発生!」
リディアの表情が変わる。
「規模は?」
「百規模!」
彼女は俺を見る。
一瞬。
助言を求める視線。
だが。
監査官がすぐ横に立つ。
「参謀殿は軍事指揮権も一時停止中です」
冷たい声。
リディアは拳を握る。
「……分かった。私が出る」
彼女は走り去った。
俺は動けない。
戦が始まる。
だが俺は、盤面に触れない。
それが一番、危険だ。
窓の外、赤外套がこちらを見ていた。
口元がわずかに上がる。
次の一手は、戦場で起きる。
俺がいない戦場で。
孤立は完成しつつある。




