第23話:城内の穏やかな一日
第23話:城内の穏やかな一日
戦勝から三日。
城内は平穏だった。
中庭では兵士たちが木剣で訓練をしている。
商人は笑い、子どもは走り回る。
戦の緊張は、すでに遠い。
俺は書類の束を抱え、廊下を歩いていた。
「参謀殿!」
若い兵が敬礼する。
以前より明らかに視線が違う。
尊敬。信頼。
計算しやすい感情だ。
だが、扱いを間違えると暴走する。
曲がり角で、リディアと鉢合わせた。
「おっと」
鎧ではなく、軽装の騎士服。珍しい。
「非戦闘日くらいは楽にする」
「合理的だ」
「お前は相変わらずだな」
並んで歩く。
不思議と、この時間は悪くない。
中庭のベンチに腰を下ろす。
風が穏やかに吹く。
「なあ」
リディアが空を見上げたまま言う。
「もし、お前がいなくなったら、この国はどうなると思う?」
唐突だ。
「戦力効率は約18%低下する。だが致命的ではない」
「そういう答えじゃない」
「……政治的な意味か」
「そうだ」
俺は少し考える。
「一時的混乱は起きる。だが制度は個人に依存すべきではない」
リディアは小さく笑った。
「お前らしいな」
沈黙。
子どもたちが駆け寄ってくる。
「参謀さまー!」
「この前の戦い、どうやったの?」
「地形を使っただけだ」
「今度教えて!」
無邪気な目。
未来の兵かもしれない。
リディアが俺を見る。
「人気者だな」
「過剰評価だ」
「民衆の支持は力だぞ」
「同時に、脅威にもなる」
リディアは少し真顔になった。
「……やっぱり分かってるんだな」
俺は答えない。
遠くの回廊。
赤外套の貴族が立ち止まり、こちらを見ていた。
目が合う。
一瞬だけ。
彼は何も言わず、去った。
風が少し強くなる。
リディアが立ち上がる。
「午後は休め。今日は戦略会議もない」
「資源報告書をまとめる」
「真面目すぎる」
「怠慢は損失を生む」
彼女は肩をすくめた。
「……たまには、何も起きない日があってもいいだろ」
何も起きない日。
俺は空を見る。
雲の流れは穏やかだ。
だが——
城の奥では、別の書類が動いている。
物資移動申請書。
補給経路変更案。
印章の写し。
俺の承認印を模した、精巧な偽造。
静かに。
音もなく。
数字の土台が削られ始めていた。
俺はまだ気づかない。
城は今日も平和だ。
嵐の前の、完全な静寂。




