第19話:城内の整理 — 参謀の一日
第19話:城内の整理 — 参謀の一日
王都・城内。朝の光が石畳に柔らかく差し込み、城門前では衛兵たちが日課の巡回を始めていた。
俺は書庫から資料を手に取り、倉庫へ向かう途中だった。手にした紙には、昨日の小競り合いで損傷した物資や、補充が必要な備品のリストがぎっしり並んでいる。数字は正確に、誤差ゼロを目指す。
「参謀、もう行くのか?」
背後からリディアの声がした。鎧は着ていないが、軽装でも威圧感は変わらない。
「倉庫と訓練棟を確認する。小競り合いで物資に混乱が出ているからな」
「……また数字か。たまには休めばいいのに」
「休むのは効率が下がったときの最終手段だ」
リディアは肩をすくめ、軽くため息をついた。
倉庫に入ると、木箱や袋が整然と並んでいるかのように見えるが、よく見ると破損や乱れがある。俺はまずリストと照合し、損傷の度合いを計算した。次に必要な補充数と再配置の手順を紙に書き出す。
「参謀、何やってるんだ? 数字ばかり見て、目はどこにあるんだ?」
振り返ると、リディアが腕を組んで立っていた。
「物資の損傷率と補充必要量を計算中だ。効率的な配置を決めれば、補充時間も短縮できる」
「……ややこしい男」
リディアは笑いながらも、俺の計算表に目を走らせる。数字の列が延々と並ぶ様子は、彼女にとって呪文のように見えるのかもしれない。
計算を終え、指示を書き込んだ紙を兵士に手渡す。
「この順序で整理しろ。補充は赤マークの優先度順だ」
兵士たちは小さく頷き、淡々と動き出す。手順通りに進めば、混乱は最小限で済む。だが、計算通りにはいかないこともある。それを予測して、少し余裕を持たせた数字を加えてあるのが参謀流だ。
昼前、訓練棟に向かう途中で、リディアがぽつりと言った。
「参謀、今日はさっきの茶室みたいな時間はないのか?」
「……計算と整理で手一杯だ。だが、兵士たちの訓練を確認する間に、短い休憩は取れる」
「短いじゃダメだ。参謀にも息抜きが必要だろう」
言われてみればその通りだ。数字の海に沈みすぎると、頭が熱を帯びる。
「では、午後の報告後に再び茶室に行くか?」
リディアは微笑み、軽く頷いた。
訓練棟に着くと、若い兵士たちが剣や盾の基礎練習をしていた。俺は数字を控えつつも、動きの効率を観察する。手順の不備や無駄な動きを見つけるたびに、軽くメモを取る。数値化できない部分もあるが、経験で補うしかない。
「参謀、ここはこうしたほうが効率がいい」
リディアが腕を組んで指摘する。俺は頷き、数字に変換して計画に組み込む。
「君の感覚は、時に数字より正確だな」
「それを言うなら、あなたも……」
二人で軽く笑った瞬間、兵士たちの集中した動きに囲まれ、数字と感覚の間で世界が静かに回る。
夕刻、整理も訓練確認も終わり、城内は少しずつ静かになった。茶室へ向かうと、リディアは既に座って待っている。
「お疲れ、参謀」
「……数字の整理は終わった」
二人で茶を啜り、ゆっくりと蒸気を楽しむ。数字に追われた頭が少しだけ解けていくのがわかる。
「参謀、やっぱり人間らしい時間は必要だな」
「解析不能だが、今日は確かに必要だった」
リディアは笑い、茶碗をそっと置く。風が中庭を撫で、茶の香りが鼻先で揺れる。数字では測れない穏やかな時間。参謀としての一日を終え、ほんの少しだけ人間らしい気分で、俺は明日への計算を始めずに目を閉じた。




