第11話 小話 — 森の迷子
王都の西に広がる小さな森。
本来なら討伐や警備の対象にもならない、穏やかな場所だ。
今回の任務も緊張感は薄い。
「迷子の子どもが森に入ったらしい」
女騎士が腕を組みながら言う。
「年は七つ。村の商人の娘だ」
主人公は即座に周囲を観察する。
足跡。
草の踏み分け。
折れた小枝。
「侵入からおよそ一刻。移動速度は遅い。恐怖状態ではありません」
「分かるのか?」
「歩幅が一定です」
女騎士は苦笑する。
「お前の世界は本当に数字でできているな」
「はい」
森は静かだった。
木漏れ日が差し込み、小鳥の声が聞こえる。
戦場とは違う空気。
主人公は地面を見つめる。
小さな足跡が、途中で不規則に乱れている。
「ここで方向を誤認。音に反応して右へ進んでいます」
「音?」
「水音。小川があります」
二人はゆっくりと森を進む。
やがて、小川のほとりに小さな背中を見つけた。
少女はしゃがみ込み、水面をじっと見つめている。
「おーい」
女騎士が優しく声をかける。
少女はびくっと肩を震わせた。
「……だれ?」
「王宮の騎士だ。迎えに来た」
少女は目に涙を浮かべる。
「おうち、どっちか分からなくなっちゃって……」
主人公は周囲を見渡す。
太陽の角度。
影の長さ。
風向き。
「村は北東です。ここから直線で約八百歩」
少女は首をかしげる。
「はっぴゃくほ?」
「ええ。ですが歩くのは三倍くらいかかります」
「分かりにくい」
女騎士が小声で突っ込む。
少女はおそるおそる主人公を見上げる。
「おにいちゃん、すごいの?」
「計算ができます」
「けいさんってなに?」
主人公は少し考えた。
合理的な説明は難しい。
「迷わないための方法です」
少女はぱっと笑った。
「じゃあ、つよいね!」
強い。
その単語に、主人公は一瞬だけ沈黙する。
戦えない自分。
剣も魔法も不得手。
だが。
「迷子を見つける確率は高いです」
女騎士が笑う。
「それで十分だ」
帰路。
少女は女騎士の手を握り、主人公の隣を歩く。
「どうして森に入ったんだ?」
女騎士が尋ねる。
「うさぎを見つけたの!」
主人公は即座に周囲を確認する。
獣の足跡。
小さな爪痕。
「確かにいますね」
少女が目を輝かせる。
「ほら! うそじゃないよ!」
「疑っていない」
女騎士は柔らかく笑う。
森の出口が見えてくる。
村人たちが駆け寄った。
「よかった……!」
母親が少女を抱きしめる。
主人公はその光景を静かに見ていた。
涙。
安堵。
抱擁。
どれも数値化しにくい。
女騎士が横に立つ。
「どうだ」
「損害ゼロ。成功です」
「そういう意味じゃない」
主人公は少しだけ考える。
胸の奥に、わずかな温かさ。
これは何か。
「……悪くありません」
女騎士は満足そうに頷いた。
「お前にも分からないものがあるんだな」
「計算外です」
森を抜ける風が心地よい。
戦も政治もない、静かな一日。
主人公は空を見上げる。
今日の出来事に、合理性は薄い。
だが。
生存確率でも勝率でもなく。
ただ――よかった、と思えた。
その感覚を、まだ彼はうまく言葉にできない。
だが確実に。
数字だけでは測れない何かが、少しずつ増えていた。




