第一話:僕と”彼”との出会い。
某年 四月一日 水曜日。
春を語るにはまだまだ肌寒いような、午前七時頃の朝方。
本日も、晴天なり。
「おっ、おはよう兎田!なな、お前はどうだった?クラス分け!俺はな~…」
「おはよう、茉莉くん。ちょっと待ってね。僕、まだ確認してなくて…」
まだ朝早くだというのに、とても元気な同級生_茉莉 袮蕗くんへ挨拶を返しつつ、僕も生徒玄関の扉へと貼りだされているであろうクラス分けの書かれた表を確認しに向かう。
昨年度この日に入学してきた僕達は、なにごともなく無事に全員が進級することが出来た。
そうして今日は、また新しいクラスメイトとの共同生活が始まる日。
人によってはきっと、どきどきわくわくと緊張と高揚を心に浮かべてしまうような、そんな日。
…僕は別に、どうとも思わないけれど。
どの子と一緒のクラスになったって、やること自体は特段なにも変わらないんだし。
…なんて、学生らしからぬことを考えてしまう。
そんな僕の考えを、目の前の彼に勘付かれてしまわないように、“いつも通り”、にこやかに返答をする。
「…あ。今年も同じクラスみたいだよ、僕ら。やったね」
僕がそう彼へ伝えると、茉莉くんは、ぱぁあ、と分かりやすく表情を明るくさせた。
そうして満面の笑みを浮かべ、精いっぱいの喜びを僕へと全力でぶつけてくる。
それだけ嬉しそうにしているのを見ると、僕もなんだか嬉しくなってくる。
それと同時に、そんな茉莉くんが、ほんの少しだけ羨ましくも思えた。
…それだけ、素直に生きられるの、いいな。
僕には出来ないだろうから…、なんて。
「なな、早く教室に行こうぜ?外、寒いしさ」
「ん、そうだね。行こっか」
そう言う茉莉くんに同意し、二人並んで教室棟の建てられている方へと向かおうとした。
…丁度、その時だった。
僕の視線の先に、“彼”の姿がふっ、と映り込んできたのは。
「…」
ちらりと一瞬、クラス分けの表へと視線を向ける彼は、その内容に特に喜ぶでも絶望するでもなく、ただ静かにその場を立ち去った。
綺麗な黒髪を首元まで伸ばした、容姿端麗な男の子。
きらりと輝いた水色の鋭い瞳に、思わず見惚れてしまった。
「…格好いい人、だなぁ」
ぽつりとそんな言葉が小さく、口元から零れ落ちた。
ほんの少しだって違和感を感じないほどに、ごく普通に。
「…兎田?どしたん、行かねぇの?」
「っあ、ごめんごめん。今行くよ」
その場にぼぅ、っと突っ立ってしまっていた僕を見かねてか、不思議そうに小首を傾げる
茉莉くんがそう、声を掛けてくれた。
…いけない、僕も早く行かなきゃ。
そう思い、僕はようやく茉莉くんの隣へならんんでゆっくり、歩き出したのだった。
いまだ、“彼”のことをぼんやりと脳裏に浮かびあげながら。
なんだか、無性に気になる、彼のことを。
◇◇ ◇
「おっ!俺の席、一番後ろだ!やた~!」
「良かったね。…授業中に寝ちゃ駄目だからね?」
「゛なっ…。分かってるっての~…。相変わらず、兎田は真面目だなぁ…」
「っ…」
…出た、“真面目”。
彼の口から発せられたその言葉に、ふっと息が喉奥に詰まる感覚がする。
…いけない。
もう忘れたはず、なのに。
_ゆうくんって、まじめすぎ~!
いっしょにいてもたのしくない…。いっしょにいたくない!!
その単語が僕の耳に入るたび、“あの頃の出来事”がさも目の前で行われているかのように、脳裏にはっきりとフラッシュバックする。
…なんで、どうして。
昔のこと、なのに。
「~…って、おい兎田。聞いてんのか?」
茉莉くんからのその声掛けに僕は、ようやくはっと我に返る。
…また、ぼうっと呆けてしまっていた。
そんな彼のことを見てか、茉莉くんにも深く溜息をつかれてしまう。
…ぅ、申し訳ないな。
眉を下げてしまいながらも、僕は茉莉くんにそう聞き返した。
すると彼は、なにやら怪訝そうな表情を浮かべながらも、先程述べていたであろう言葉を、再び僕に伝えてくれた。
「や、別にいーけどさ…。席どこだった?って聞きたかっただけだし」
「あぁ、ちょっと待ってね…?」
そう茉莉くんから聞かれ、僕はようやく黒板へと貼りだされていた席順表を確認した。
えぇと、僕は“とだ”だから、多分…。
あぁ、あった。
真ん中の列の前から三番目、教室のど真ん中。
どうやら茉莉くんとは席がかなり離れてしまったようだった。
そりゃ、そうだよね。
た行とま行だから、僕ら。
そんなことを考えているといつの間にか、ただじっと真っ直ぐ、席順表を見続けてしまっていたらしい。
「…なぁ、今日どうしたんだよ?やけにぼーっとしているような…。大丈夫か?」
「えっ?あ、いや、大丈夫大丈夫。気にしないで?」
やたら行動がふわふわしてしまっている僕に流石に不信感を抱いたのか、茉莉くんがそうドストレートに聞いてきた。
それに僕は、咄嗟に誤魔化してしまうかのように、否定の言葉を口にした。
相手に、心配を掛けてしまわないように。
これ以上、彼に不審がられてしまわないように。
“僕自身”を、隠してしまうかのように。
「ふぅん…。ま、ならいーけどさ。あんま無理すんなよ?」
「…ん、ありがとね。茉莉くん」
「おー」
茉莉くんは一年の頃からなにかと僕に気に掛けてくれている、優しい、同級生の一人だ。
見た目の通り明るく活発で、友人の多い彼がなんでこう僕なんかに構ってくれているのかは、分からないけれども。
「…おい」
そんなこんな二人で会話を続けていると、後ろからそう、急に声を掛けられた。
落ち着くような低い、格好いい、男らしい、そんな声。
それに釣られてしまうかのように、くるりと後ろを振り返ると、そこには、
「…いつまでそこ突っ立ってんだよ。邪魔」
先程、生徒玄関で偶然見かけた、綺麗な黒髪に、水色の切れ長の瞳を持った美青年_“彼”が気だるそうに、しかし鋭い目つきで僕達の方をじとりと真っ直ぐ睨み付けていた。
…同い年だったんだ。
どこか大人っぽい雰囲気がしていたから、三年生なのかと思っていた。
声も、思っていたよりもずっと格好よくて、目もきりっとしてて…。
「…おい。聞いてんのか、お前ら」
「っあ、、ごめん。すぐ退くよ」
…いけない、いつもの癖が。
明らかに復元そうな彼の声色に怯えてか、僕の後ろで“ひぃ…”と茉莉くんが小さく悲鳴を上げた。
へぇ、茉莉くんみたいな明るくて無邪気な子でも、苦手な人とかいるんだ。
…じゃない。
邪魔しちゃってるのは僕達だし、早く退かなきゃ。
そう思考を切り替え、茉莉くんと一緒にさっ、と教卓付近から少し離れる。
すると彼は、ちっ…、と短く舌打ちをした後、黒板_座席順へと視線を向ける。
そうして今朝と同じように、特になにも発することなく、ただ静かに自分の席であろう方向へすたすたと早足に歩いていった。
…気付けば僕は、無意識にもその様子をただじっと見つめていた。
それがなんでかは、僕にも分からない。
分からないけれど、なぜだか気になる。
名前も知らない、彼のことが、無性に…。
っあ、そうだ、名前…!
僕は彼の座った席を確認した後、再び黒板の方へと視線を移した。
四列目の、前から三番目の席…。
あ、あった。
「…春千夜、一狼…、くん」
へぇ、一に狼で、“いちろう”って読むんだ。
珍しい名前…、というか、名前まで格好いいんだ。
凄い、なぁ…。
「…うわ、アイツが隣の席なのか。ツイてねーな、お前」
「え?」
うげぇ…、と表情を曇らせた茉莉くんが、僕の真隣で同じ席順表を見ながらそう言った。
…僕の隣の、席?
改めて、席順表を確認する。
霧谷くんか。
彼は確か昨年、学級委員長を務めていた。
いわゆる“真面目”な生徒だったはず…。
彼のことじゃあなさそうだな、きっと。
じゃあ、右隣…?
『出席番号 二十一番 春千夜 一狼
出席番号 十五番 兎田 結羽
出席番号 八番 霧谷 一生』
「…春千夜、一狼くんだ」
そう小さくぽつりと呟いた。
それを聞いた茉莉くんは、どこか憐れんでいるような視線を僕へ向けながら、小さく口を開いた。
「まさかあの、“孤高の一匹狼”の隣の席だとは。まぁ、うん…。どんまい」
「…?なに、それ」
孤高の…、なんて?
彼の述べたその言葉の意味は僕にはよく分からなくてつい、そう聞き返してしまう。
すると茉莉くんは、まるでありえない物を目の当たりにしたかのような、驚いているような表情を浮かべ僕の方を見てきた。
…え、何?
僕、なにか変なことでも言った…?
そう若干困惑していると、茉莉くんは再び口を開き、僕の為にと軽く説明をしてくれた。
「知らねーの…?孤高の一匹狼、春千夜 一狼。その名の通り、一人を好むクールボーイ。けどその反面、口は悪いし態度も悪い。たった一人で暴走族を一組のしたって噂もあるんだよ。喧嘩っ早いっつーか、暴力的っつーかさぁ…」
「…へぇ」
噂…、噂ねぇ…。
僕には、そうは見えなかったけれど。
確かに口が悪いっていうのは本当みたいだし、さっき舌打ちされたけど。
…けど、
「僕、そろそろ自分の席に行くね」
「っあ、おう。んじゃまたな、兎田」
「うん」
根拠こそ何一つないけれど、彼はそんな人じゃあない、と個人的には思う。
たかが噂だし…、ね。
そもそも僕、噂話自体少し…、いや、かなり嫌いだし。
そんなことを考えながらも茉莉くんと別れ、自身の席_春千夜 一狼くんの隣の席へと腰掛けた。
ふ、となんとなしに“彼”の方へちらり、視線を向けてみる。
春千夜 一狼くん…は、眠っているみたい…?
机に突っ伏していて、ぴくりとも動く様子がない。
…まぁ、いいか。
眠っているのなら必要ないとは思うけれど、挨拶をしない方がなんだかもやもやするし。
…なにより、
「おはよ、春千夜 一狼くん」
今朝見掛けてからずっと、“彼”のことが気になってしまっているから。
せっかくのこの機会を、みすみす逃してしまう理由もないしね。
再び僕は、ふっと春千夜 一狼くんの方へと視線を向けてみる。
…机に突っ伏したままの、彼の姿。
やっぱり、眠っているのかな。
さっきもちょっと、気だるそうに見えたし。
…なんて少しだけ、残念に思う。
「なんでフルネームなんだよ…。やめれ、その呼び方」
「…!!」
あぁ、なんだ。
やっぱり、“違う”んじゃあないか。
言葉を、返してくれた。
相も変わらず、顔は机へと伏せられたままなのだけれど。
けれど、そんな彼の様子に、僕はついくすりと小さく笑みを零してしまった。
「…んだよ、笑うな」
「ごめんごめん…。改めて、お隣さん同士、よろしくね。春千夜くん」
「…ん」
これが僕と、なんだか気になってしまう彼_春千夜くんとの出会いだった。
更新が遅くなってしまい、すみません…!!!
読んでくれると嬉しいです…!!!




