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病弱な幼馴染の嘘がバレた日  作者: 月雅
第2章

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第8話「沈黙の告白」

――この人の隣を歩くことが、こんなにも怖い。


夜会の翌日、セシリアは王都別邸の自室で朝を迎えた。窓の外には春の陽が差し込み、中庭の木々が柔らかな影を落としている。


昨夜の夜会で、レオンハルトが言いかけた言葉がまだ胸に残っていた。「一つ、約束がある」。それだけ言って、途切れた。続きを聞けないまま夜が明けた。


朝食の席にレオンハルトの姿はなかった。王家への追加報告のため、早朝に王城へ向かったと従者から聞いた。


昼前、レオンハルトが別邸に戻った。


セシリアが客間にいると、従者が伝言を持ってきた。


「公爵様より、午後に庭園をお散歩されたいとのことで、セシリア嬢にもご一緒いただけないかとのお言葉です」


庭園。


セシリアの鼓動が跳ねた。


「話がある」と、従者は付け加えた。公爵様からの伝言だと。


マルガレーテが隣で衣装を整えながら、セシリアの顔を見た。何も言わなかった。だがその目が、静かに笑っていた。


午後、セシリアは別邸の裏手にある庭園に向かった。


王都の侯爵家別邸に付属する庭園は、辺境の荒野とは違う。手入れされた生垣、石畳の小道、木漏れ日の落ちる並木。春の花がちらほらと咲き始めていた。


庭園の入口で、マルガレーテが足を止めた。


「ここでお待ちしております」


セシリアは頷いた。マルガレーテが入口に控え、庭園の奥には近衛が遠く離れて立っている。未婚の男女の接触規範は守られていた。


並木の向こうに、レオンハルトが立っていた。


いつもの濃い灰色の外套ではなかった。王都での装いに合わせた、深い紺色の上着。だが姿勢は変わらない。背筋を伸ばし、腕を体の横に下ろして、木漏れ日の中に静かに立っていた。


セシリアが近づくと、レオンハルトが歩き始めた。セシリアがその隣に並ぶ。


しばらく、二人は無言で歩いた。


石畳を踏む靴音だけが響いた。木の葉が風に揺れ、木漏れ日が二人の肩の上で揺れた。


レオンハルトが口を開いた。


「俺は言葉が足りない。それは知っている」


声は低かった。いつもの簡潔さとは違う、慎重に言葉を選んでいる声だった。


セシリアは黙って聞いた。足を動かしながら、隣を歩く人の横顔を見ないようにしていた。見たら、自分が何をするかわからなかった。


「あの日、『いずれ証明する』と言った」


辺境の執務室でのことだった。セシリアを領地に留める公的な申し出をした後、レオンハルトが付け加えた言葉。「それだけが理由ではないことは、いずれ証明する」。


「証明の仕方を、ずっと考えていた」


レオンハルトの声が、わずかに低くなった。


セシリアの心臓が速くなっていた。指先が冷え、呼吸が浅くなった。この人が何を言おうとしているか、わかりかけていた。わかっているのに、自分からは何も言えなかった。


この人自身の言葉で聞きたかった。


レオンハルトが言葉を探していた。唇が動きかけて、止まる。もう一度開きかけて、閉じる。


「お前が領地に必要だから傍にいてほしいと言った。それは嘘ではない」


声は平坦だった。だがその平坦さの下に、震えに似たものがあった。


「だが、全部でもない」


レオンハルトの足が止まった。


セシリアも止まった。


レオンハルトがセシリアに向き直った。


正面から、目が合った。冬の湖面のように冷たいと思っていた瞳。だが今、その瞳の奥に、セシリアが見たことのないものがあった。


「お前がいない三日間、領地は回った」


レオンハルトの声が、さらに低くなった。


「だが俺が回らなかった」


沈黙が落ちた。


セシリアの視界がにじんだ。それが先に来た。言葉の意味を頭が理解するより先に、涙が目の縁に溜まった。


呼吸が止まった。胸の奥で、何かが大きく崩れた。


「役に立つから必要とされている」。ずっとそう思っていた。辺境での仕事があるから、ここにいられる。発酵食品を完成させたから、認めてもらえる。自分の価値は、自分が生み出すものの中にしかない。


三年間、そう信じて生きてきた。


今、目の前のこの人が、それを根底から覆した。


領地は回った。だが俺が回らなかった。


それは、能力への評価ではなかった。存在そのものへの言葉だった。


セシリアがいなくても領地は機能する。だが、セシリアがいないとレオンハルト自身が機能しない。


レオンハルトの耳が赤かった。顔は無表情を保っている。だが耳の先だけが、はっきりと紅く染まっていた。


「合理的ではない」


レオンハルトの声が掠れた。


「だが、これが答えだ」


涙が一筋、セシリアの頬を伝った。


堪えようとした。だが、堪えられなかった。三年間閉じ込めていたものとは違う涙だった。痛みの涙ではなかった。


信じたかったものを、信じてもいいと言われた涙だった。


レオンハルトが「泣くな」と言いかけた。口が開き、音が出かけた。だが途中で止まった。


右手が動いた。外套の袖口から伸びた指先が、セシリアの頬に向かって伸びた。


途中で止まった。


指先がセシリアの頬の数寸手前で、空中に留まっていた。触れていいのかどうか、この人にはわからないのだ。


セシリアはその手を見た。


涙で滲んだ視界の中で、止まった指先だけがはっきりと見えた。


セシリアは自分から、その手に頬を寄せた。


レオンハルトの指が震えた。


硬い指先が、セシリアの頬に触れた。涙の上に、乾いた指の感触が重なった。


そっと、ぎこちなく、涙を拭った。


二人ともそれ以上動かなかった。


庭園の木漏れ日だけが揺れていた。風が木の葉を鳴らし、春の匂いを運んでいた。


どれほどそうしていたかわからなかった。


やがて、レオンハルトの手が離れた。ゆっくりと、名残を断つように。


セシリアは目元を袖で押さえた。涙の跡が、頬に冷たく残っていた。だがその冷たさの下に、指先の温もりがまだあった。


「……ありがとうございます、レオンハルト様」


声が震えた。小さく、かすかに。だがその声には、これまでにない透明さがあった。


レオンハルトは何も答えなかった。視線を庭園の奥に向け、小さく息を吐いた。耳はまだ赤かった。


二人は並んで、来た道を戻り始めた。


言葉は何もなかった。だが、沈黙の質が変わっていた。昨夜の夜会で並んで歩いた時とも違う。もっと静かで、もっと確かな沈黙だった。


庭園の入口が見えてきた。マルガレーテが木の下に立っていた。


セシリアの顔を見た瞬間、マルガレーテの目が大きく見開かれた。泣いた跡のある頬と、穏やかな目。その組み合わせの意味を、十年仕えた侍女は一瞬で読み取った。


マルガレーテは深く一礼した。顔を上げた時、その目も赤かった。


レオンハルトはマルガレーテの前を通り過ぎる際、足を止めなかった。だが、すれ違いざまに一言だけ言った。


「世話をかける」


マルガレーテは「もったいないお言葉です」と答えた。声が震えていた。


セシリアは自室に戻り、窓辺に立った。


午後の陽が、庭園の木々を照らしていた。さっきまであの木の下を歩いていた。あの木漏れ日の中で、あの言葉を聞いた。


胸の中は静かだった。嵐のような感情ではなかった。深い湖の底に沈んだ石のように、重く、温かく、動かないものがそこにあった。


この人は、自分の存在を必要としている。能力ではなく、存在を。


それを信じていいのだと、今は思えた。


マルガレーテが背後で衣装を整えていた。


「お嬢様」


「何かしら」


「明日のこと、公爵様は何かおっしゃっていましたか」


セシリアは首を振った。告白の後、具体的な話には踏み込まなかった。だが、レオンハルトがフリッツに正式な申し出をする意向であることは、あの言葉の先にあるものとして、セシリアには感じ取れていた。


窓の外を見た。


王都の空に、夕暮れの色が滲み始めていた。


明日、何が起きるのか。まだわからない。だが、怖くはなかった。


あの指先の温もりが、まだ頬に残っていた。

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