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第8話 親善試合 ―序章―

 旧ショッピングモール。三階。

 セントラルコートに、数人の影がたむろしていた。

 

 巨大なソファにふんぞり返る二人の男と、冷たいタイルの上に直接腰を下ろした男。その中心で、やかましい爆音を撒き散らしながら、一人の男がノリノリでダンスを披露している。


「あれが、お前の言っていた元カレか?」


 四衣凪に聞くが、反応してくれない。


 先ほどの突き放すような俺の言動に怒っているのだろうか。


「あれが! 四衣凪の! 言っていた! 元カレか!?」


 俺は爆音に負けじと精一杯の声を張り上げる。


 四衣凪がこちらを向く。その小さな唇が、何かを伝えようと心許なく動いた。


「え!? 何? 聞こえない!?」


 更にもう一度聞くが、彼女は困ったように、また微かに口を動かすだけだった。

 

 やっぱり怒っているのかもしれない……。


 四衣凪の自分を粗末に扱う言動に、一度は心が冷めてしまったのは事実だ。


 けれど、彼女は、まだ年相応の危うさを抱えた女の子だ。


 我が儘も、自暴自棄も、全てひっくるめて受け流すぐらいのことをしてやれたのではないか、と今更ながら反省の念がこみ上げてくる。


 ……ここはやはり、大人の対応としてこちらから歩み寄るのが正解だろう。


 一歩、四衣凪との距離を縮める。

 拒絶するように彼女が遠のこうとするが、大人として強引に踏み込ませてもらう。


「四衣凪、怒っているのもわかる。けれど、今はお前の元カレを――」


『はい、ストップ、主人。またろくでもない行動を起こそうとしているぞ』


 頭の中に直接伝わる、かつての天敵オムニレクスの声。


『おま、ろくでもないって……俺の目を通して見えるだろう。このこじれ反抗期ギャルの姿が』


 反抗期ギャルは眉をひそめ、尖らせた口元を俺へと向けてもごもごと動かしている。


『な? なんか怒っているだろ?』

『いや、単にうるさくて何言っているか、「聞こえない」と言っているように見えるが』


「え!?」


 俺はもう一度、たむろしている集団へ視線を戻した。未だ狂ったように踊る男を中心に、それを取り囲む連中も、ネジが外れた玩具みたいに楽しげにワチャワチャと騒ぎ立てていた。


 ……たしかに、こちらに全く気づいていない。


 四衣凪を見ると、必死に耳を指さし手で×を作っていた。


「なんだそういうことかよ。早く言ってよ」


『言っても聞こえないから困ってたんだろうが』


 やれやれ、と俺は肩をすくめ、そのまま騒がしい集団の方へと駆け寄る。


『おい、突然どうした!? いきなり殴りかかるつもりか?』

「いや、うるさいから音楽を止めてもらおうと思って」

『は? 貴様、イカれてるのか!?』


 脳内をかき乱す異界の王の戯言を適当に聞き流し、集団へと声をかける。


「あのーすみませーん! ちょっと、音量下げてもらっていいすか?」


 大きく手を振りながら突っ込んでいく俺に、さすがの連中も気づいたらしい。一斉に、戸惑いの視線がこちらに突き刺さる。


「え……誰?」


 さっきまで踊り狂っていた男は、まるで魔法が解けたかのように、滑稽な姿勢のままピタリと硬直していた。


 沈黙の中、大音量の音楽だけがホール内に虚しくこだまする。


「止めろ、止めろ!」


 ソファに座る一人が苛立ったように叫ぶ。

 地べたに座り込んでいた男が慌ててスマホを操作すると、唐突に音楽が途絶えた。


 静まり返るセントラルコート。


「ありがとう音止めてくれて。うるさすぎて会話もできなかったからさ」


 俺の言葉に、その場の全員が反応した。


 音楽を止めるよう指示を出した男が、ゆっくりとこちらを見据える。


「なんだ、お前」


 その男の立ち居振る舞いを見た瞬間、俺の脳裏に一つの確信が浮かんだ。

 あちらの世界での常識として、最も高価な椅子に座る者が王だった。つまりは今、ソファに座って足を組んでいる奴が四衣凪の元カレに違いない。


「あんたが元カレで間違いないな?」


「はぁ?」


 自信満々に指を突き出す。だが、リーダー風の男は心底わけがわからないといった風に眉をひそめる。


 ……どうやら間違えたみたいだ。


「すまん、今のはナシだ」


 俺は即座に指先を動かし、スマホで音楽を止めた男を指さす。


「お前が元カレだな」


 ……しかし、その男も黙ったままで反応してくれない。

 

 どうやら、またしてもハズレを引いたようだ。


「すまん、今度こそ当てる。お前が元カレ――」


 踊っていた男に指を向けようとした、その時。


「違うから!」


 いつの間にか追いついていた四衣凪が、俺のすぐ後ろで大声を張り上げた。


「え!? じゃあ、もう一人のソファでふんぞり返ってる男が――」


「瑛瑠。このイカれた奴がそうなのか?」


 最初に元カレ認定した男が、妙に沈んだ声で四衣凪に質問した。


 彼女は怯えるように口をつぐみ、視線を逸らす。


『どうやらこの男が元カレのようだな』


 なんとなく上から目線のオムニレクスの言い方に、ムッときてしまった。


『いや、俺当たってたじゃん! なんで外したみたいな空気なってたのよ!』

『あのさぁ。主人……まあいい。少し黙って聞こうじゃないか。こいつらの話を』


 元カレが、苛立ちをぶつけるように床を強く叩いた。


「何無視してんだよ。こいつが()()なんだな? って聞いているんだけど?」


 剥き出しの威圧を放つ男を前に、四衣凪の肩が小さく震える。

 

 彼女は、縋るように言葉を絞り出した。


「……そう」

「あ? なんて? 聞こえないんだけど!?」


 その圧迫感に、彼女の中で何かがぷつりと切れるように答える。


「そうよ! 彼()()()()()()!」


 震える彼女の姿を見て、元カレは満足げに口角を吊り上げた。


 ねっとりとした嫌な笑みを浮かべたまま立ち上がると、俺の横へと歩み寄り、馴れ馴れしくその太い腕を肩に回してくる。


「よく来たな。怖くなかったか? ここまで来るのに」


『「え? 何が?」とか言うなよ主人。話がややこしくなりそうだから』

『……わかったよ。じゃあ、どう答えればいい? 「口臭っ!」、とかもダメなんだろ?』

『相手の言うことに頷いて、少し怯えた感じを演じろ。顎クイ主人ならできるはずだ!』

『あ、お前、顎クイは禁止つったのに!』


 脳内での言い合いを他所に、肩に回された腕にぎりぎりと力がこもる。


「なんとか言えよ。俺たちの縄張りに勝手に入ったんだぜ? 本当ならいきなり殴られてもおかしくないってこと理解できてるか?」


 呼応するように、ソファに踏ん反り返っていた男と、先ほどまで踊っていた男が下卑た笑い声を上げた。


「えっと……いきなり殴られなくて、助かった……?」


 俺の回答に、ハッハハハ! と元カレたちが一斉に爆笑し出した。

 

 顔が歪むほどに醜悪な笑み。男はその顔を鼻先が触れんばかりに近づけ、囁いた。


「な? どうだった、瑛瑠は。よかっただろう? 最高だっただろう? 俺が仕込んだぜ、あいつを」


 四衣凪の方へ視線だけ向ける。その横顔には、飲み込みきれない屈辱と悔しさが滲んでいた。


『おい! オムニレクス! これにはどう答えたらいい? 何もしてないって本当のこと言っていいのか!?』


『……』


「ちょ、おま! 今更黙るなよ!!」


「あ?」

 

 元カレの笑みが止まった。


 ――しまった。また、念話のつもりが口にだしてしまった。


 俺が元カレに対して反抗的な態度をとったと捉えられたのか、この場に緊張感が走る。


 すると沈黙を破るように、地べたに座っていた男が、立ち上がった。


「リーダー。こいつ、ヤッちゃっていいすか?」


 目の前に立ちふさがった男は、はち切れんばかりの筋肉を纏っていた。

 浮き上がった血管が毒々しく這い回り、一呼吸置くたびに、分厚い胸板が鎧のように軋む。

 

「ちょっと、やめてよ……」


 背後で、四衣凪が震える声で呟く。

 そんな彼女の反応に満足したのか、卑しい口調で元カレが俺の耳元に囁く。


「こいつさ。試合中に相手殺しちゃって暇してんだわ。怖いよな~。イヤだよな~。そんな奴に殴られるのは」


 勝ち誇ったような笑みを顔いっぱいに広げ、元カレは俺の肩を親しげに叩いた。


 うーん。


 どうやら俺は、今からこのゴリラのような体躯の男と親善試合を行う羽目になったようだ。


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