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第7話 お前、見ててしんどいよ

 元ショッピングモールの中は酷い状態だった。


 何もない広いスペースはカビと埃と、放っておかれた店の看板などが放置され、さらに何者かが捨てたであろう廃材にまみれていた。


 タイヤを取られた自転車や、油やペンキの空き缶。……ビニール袋に入った注射器の山は見なかったことにしよう。


「それで、元カレはどこにいるんだ?」


 四衣凪がすっと天井を指した。


 つられて見上げると、天井がみしみしと不穏な音を立ててしなっている。

 意識した途端、それまで気づかなかった激しいリズムの音楽と、人が暴れているような騒ぎ声が鼓膜を震わせ始めた。


「三階の広場よ」


「三階かぁ。階段はどこにあるんだよ」


「向こうの奥――」


 四衣凪が遠くを指さす。


「遠いなぁ。こんな埃臭いところ、あんまり歩きたくないんだけど」


「――の階段は封鎖されているから、更に奥の階段よ」


「え!? まだ遠いの?」


「仕方ないでしょ、潰れたモールなんだから。ってゆーか、さっきから文句ばっかり言ってるけど、私のボディーガードなんでしょ? ちょっと歩くぐらいでぐずぐず言わないでよ」


「いや、なんかガラス瓶とか散らばっているし、不気味だし……」


 四衣凪がキッと怒った。

 けれど、次の瞬間にはもう力なく肩を落とし、大きなため息を吐き出した。


「……まあ、いいわ。今更帰れともいえないし。一階はこんなだけど、二階は綺麗よ。だからそこまでがんばって」


「ホントにぃ? どれくらい綺麗? ごはん食べても大丈夫なぐらい?」


「しつこいわね。ご飯食べれるぐらいキレイだから。そこでバーベキューしたこともあるから」


「何!? バーベキュー!?」


「そ、そうだけど。悪い? たかがバーベキューしたくらい、いいじゃない」


「いやあ、実は俺、バーベキューに目が無くてさぁ」


『主人よ』


 俺の頭の中はすでに、現代では口に入れることが不可能な、こんがり焼けた魔獣の肉のことでいっぱいだった。


「うまそうな魔獣を見つけたら、任務そっちのけで――」


 四衣凪が、あからさまに引き気味の視線を送る。


『背後から二人、ついてきているぞ』


「何、魔獣って。柊くんがアウトドアなイメージ全然ないんだけど」


「え!? そうなの? ……そっか。ちなみに四衣凪からみて俺のイメージってどんなかんじ?」


「……


()て。いやいや、何かあるだろ、思われていたらイヤだけど、なんかオタクっぽいとか、根暗だから話しづらいとか、そんな感じのイメージ」


 四衣凪が腕を組み、顎に指を添えて考える。


「そうね……しいて言うなら、()、かしら」


 数秒の静寂。


「変わってないし! なんで考える仕草したの!」


『そろそろいいか主人』


 異界の王の念話だ。


『何だよ。お前も俺のことを無だと言いたいのか』


『貴様、本気で俺の呼びかけに気づいていなかったのか……。まあ、いい。背後からついてきている奴がいたから、気絶させといたぞ』


「ちょ、おま! 何勝手にやってんだよ!」


「な、なによ、急に大声出して……」


『貴様が俺の呼びかけに答えんからだろうが!』


『おいおいおいおい。主人である俺に嘘つくとか、それダメじゃね?』


『――いつか必ず殺す。覚えておけ。とにかく、情報だけは伝えておく。ついてきていたのは頭の悪そうな二人組だ。身なりからして、元カレとやらの仲間だろう。それは、いい。だが、一つだけおもしろいことがあったぞ』


「おもしろいこと――だと?」


「あのさ。ぶつぶつ訳のわからない独り言してると、私まで怖いんだけど」 


『面倒くさいな。もういいからそういうの。お前、考えていることが口に出てるから』


「え!?」


「だから、その突然、叫ぶのやめてくれない? ビクッとするからイヤなのよ。やっぱり柊くん、ちょっとヤバくない?」


『早く言ってくれよ! もしかして、俺、念話しているつもりだったのが全部四衣凪に聞かれちゃってる!?』


『主人よ。これ以上くだらない会話につき合わせるなら俺はもう消えるからな。それでもいいなら、好きにしろ』


『……で、何があったんだよ』


『チッ――鼠どもは、魔力を宿していた。どうやら四衣凪瑛瑠の元カレとやらは、ただの卑小な羽虫ではなさそうだ』


 俺は、四衣凪の顔をまじまじと見る。


 魔力を感じることができない彼女は、俺が急に見つめてきたことに、少し怒った様子でこっちを見返してきた。


「何よ? 急に真剣な顔して」


『ククク――もともと魔力を持たぬ貴様は感知できまいが、上階から無様に洩れ出る力。無策で死にに行くのも一興だが……そこの女、魔力を持つかつての男に、どう抗うつもりだ? 冥土の土産に聞いておくのも悪くはあるまい』


 天井を見上げる。


 階段に近づくにつれ、鳴り響く音楽と人の喧騒が大きくなっていた。


「なあ、聞いていなかったけど、元カレにどう対抗するんだよ」


 四衣凪の表情がすっと冷たくなり、皮肉な笑みを見せる。


「その鞄の中の一千万。そんなもの渡して、本気で解決すると思っているのか?」


「なんだ。案外真面目に考えていたんだ」


「動画を公表しないことと、一千万。全然釣り合っていないだろ。それに――」


 俺は手を後ろに回して頭をかいた。


「それだとボディガード雇う必要ないよな?」


 沈黙。


 座った目のまま俺を見つめる四衣凪。だが、耐えきれなくなったかのように笑い出す。


「アハハ……本当にウケる!」


 笑いながら彼女が鞄を開く。そこには札束など入っていなかった。


「そんなの当然でしょ。どうせ、お金渡したって、その場を凌ぐだけ。ほとぼりが冷めたら、また要求してくるに決まってるじゃない」


 どこか無理にふざけている彼女に、違和感を覚える。

 だから、俺は勿体ぶらずに真相に踏み込んだ。


「じゃあ、そろそろ教えてくれよ。逆転の秘策を」


 四衣凪がスマホをとりだし、動画を再生させる。


 差し出されたそれを受け取り、俺は画面に目を落とした。


「お前、これ……」


 冷ややかな笑みを浮かべたままの四衣凪。

 映し出されたのは、彼女と男が交わる姿。


「そう。私が撮ったエッチな動画。これで、逆に脅すの。彼を」


『ククク――イカれてるな。この女』


「これは何かあったときのための隠し動画。こんな時の為に、無理矢理襲われているように振舞っているの。警察本部長様の息子が、強制わいせつしている動画が世間に流れたら、さぞかし楽しいイベントになるでしょうね」


 その笑顔は、崖っぷちで踊る道化師のようだった。復讐という名の自爆。それが彼女の選んだ、唯一にして最悪の抵抗手段。


 四衣凪と元カレの声が響く動画を止めて、俺はスマホを返す。


「……いいの? 私のエッチな動画見れるチャンスだったのに」


 受け取ったスマホを、余裕そうにひらひらとさせて見せる四衣凪。

 けれど、その手元のスマホは小刻みに揺れていた。


 彼女の瞳は助けを求めるように激しく泳いでいるように見えた。けれど、それを拾ってやる義務はない。


「いや、もういい。お前の考えはわかった」


 俺は早歩きで階段を目指す。


 そんな俺を追うようについてくる四衣凪。


「どうしたのよ急に。もしかして、ショックだった? 私が他の男と寝ている姿を見て」


 階段に足をかけたまま顔だけで振り返ると、四衣凪は薄笑いを浮かべてこっちを見ていた。


「どうでもいいよ。さっさと済ませてしまいたくなっただけさ。半額セールの時間もあるしな」


「――何よ、真剣になって。今更、ビビってんの? 童貞の根暗君には刺激が強すぎたかしら」


「あのさ――」


 階段にかけていた足を戻し、体ごと振り返る。


「お前、見ててしんどいよ」


 階段の上から、見下ろすように四衣凪へ視線を向ける。


 恐怖と屈辱に歪む彼女の貌に、俺の心は更に冷めてしまった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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