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第6話 道端の石ころにも劣る光景

「すみませんしたっ!」


 後輩警察官が深々と頭を下げる。


「申し訳ない。新人が手柄をあげようと先走ってしまったようだ」


 先輩警察官も軽く、頭を下げた。


「邪魔して悪かったね。それじゃあ」


 先輩警察官が背を向けて歩き出そうとしたとき、急に足を止めてこちらを振り返った。


「……四衣凪さん。最近、この辺りは物騒だ。用がないならすぐに去った方がいい」


 先ほどまでのフランクな様子と打って変わり、その目は細く鋭いものに変わっていた。

 ギルドにいた凄腕のハンターたちと同じ、獲物を射抜くような視線。

 

(……この警察官。相当な場数を踏んできたな)


「特に廃モールは良くない。あそこは、我々も近いうちにどうにかしようと思ってましてね」


 先輩警察官が放つ逃げ場のない圧に、さすがの四衣凪も思わず目をそらす。


「いつまでも、目をつぶれませんよ」


 嫌な含み笑いをしながら、警察官たちは俺たちから遠ざかっていった。


 彼らの足音が聞こえなくなり、辺りがしんと静まり返るまで、俺たちは動けなかった。


 その背中が消えたのをじっと見届けてから、俺は口を開く。


「どうする?」


「何が?」


 わかっているはずなのに、彼女はわざととぼける。


「廃モールだよ。あの警告。それでも、行くのか?」


 怖がって止めたいわけじゃない。行かなくて済むなら、そのほうがいいと思っただけだ。


「笑わせないでよ。あんなのの言うこと真に受けて、びびる必要ある?」


 四衣凪は嘲笑うような笑みを向ける。まるで、俺が警察官の言葉にびびっていることにしたいみたいに。


「べつに、ここで別れてもいいわよ。対価を払ったわけじゃないし」


「……いや、そういう意味じゃないんだけど」


「肝心なときに逃げられるくらいなら、今ここで終わりにしましょう」


「――あの警察官。お前が会おうとしている奴のこと。多分、把握してる」


 四衣凪が俺から視線をそらす。

 連れていくべきじゃない。でも、俺がいないと困る。そんな迷いが、その沈黙に出ていた。


「俺には廃モールで何があっても、助けてやれない、って言ってるように聞こえた」


「だから何!!」


 夕暮れの路地には人の姿がなく、車だけがひっきりなしに通り過ぎていた。

 その音に負けないように張り上げた四衣凪の声は、誰もいない道に、妙にはっきりと響いた。


「そうだとして、今更引き返せるわけないでしょう! あそこに行かないと私は――」


 感情的になった自分に気づき、はっと口をつぐんだ。


「……そろそろ、聞かせてもらってもいいか? お前が、何に会おうとしているのかをさ」


 四衣凪が上目遣いにこちらを窺う。

 何かを訴えるような視線だったが、俺は敢えて何も答えない。


 すると、彼女は意を決したかのように、わざとらしく大きく息を吐き出した。

 

 重い口が少しずつ開いていく。


「これ……見て」


 彼女はカバンからスマホを取り出すと、流れるような動作で俺の前に画面を向けた。


 無機質なデジタルノイズ。

 液晶の中では、一人の中年男性と若い女性の秘め事が生々しく映し出されていた。


「何、この動画……隠し撮り?」


「そうね。……この男、誰かわかる?」


「……お前、わざと聞いているだろ」


 俺の答えに、四衣凪がふふと喉を鳴らして笑う。


「このクズはね。私の父――四衣凪雅人よ」


 俺ははっと、彼女の顔を見直す。

 だが、そこに悲愴感はなく、彼女はただ疲れた表情で、不敵に笑っていた。


「医療法人静凪会の理事長。警察や政界にも影響力をもつ、この街の権力者。そして、皆の命や健康を支える、街きっての英雄、聖人君子様……」


 画面からは、女性の悲鳴のような喘ぎ声と、荒々しい男の声が漏れ続けていた。


「その男の本性。それが、この動画」

 

 四衣凪は、自分の指先で再生される醜態を、どこか他人事のような冷めた目で見つめている。


「どう? 感想は」


 反応を窺うように、四衣凪が俺の顔を覗き込んできた。


「感想って……まあ……良い動画とは言えないよな」


『くだらん。この程度の児戯、何を騒ぐことがある。かつて見下ろした深淵に比べれば、道端の石ころにも劣る光景に過ぎん』


 俺の視覚を共有しているオムニレクスが、心底つまらなさそうに吐き捨てた。


『……だよなぁ』


 異世界での人身売買、差別、貧困、そして、そんな人の業すらもあっけなく終わらせてしまう圧倒的破壊の力。


 それらを体験してきた俺にとっては、この程度の出来事イベントでは、特に心が動かなかった。


「感想はそれだけ?」


 淡泊な反応に不服そうな四衣凪は、俺の手からスマホをパッと奪い返した。


 ――気持ちはわかる。

 

 父親が、自分よりも年下の女性と夜を共にしていた事実。


 四衣凪雅人が積み上げてきた社会的功績の裏で、このような行為を行っていたと知ってしまえば、父親という存在そのものや、功績によって得た富や名声にすら嫌悪感を抱いてしまっても仕方ない。


「わざわざ見せる必要はなかったかな。言葉だけでも信じたのに」


 他人に父親の醜態を見せてしまえば、傷つくのは彼女自身だ。

 これ以上、四衣凪雅人の話はすべきではないと思った。


「そう……。てっきり、疑うと思った。だって、街の発展に貢献したクズと、不良と交友している私。どっちを()()()()かは一目瞭然かなって」


 自虐するように、彼女は笑った。


「で、脅されているのか? その動画の撮影者に」


「ええ。一千万だせば、この動画は消すんだって。本当バカよね。こうやって送ってきた時点で、消してくれる確証なんてゼロに等しいのに」


 四衣凪は、カバンを大事そうに抱えている。


 部屋に上着は置いたままなのに、カバンだけはしっかりと持ってきた。


(なるほど、そういうことね)


「誰なんだよ。送り主は」


 一瞬の沈黙。そして、意を決したように四衣凪は口を開く。


「――元カレよ。久々に連絡が来たと思ったら、この動画。ほんっとう。何で私の周りはクズしかいないのかしら」


「……」


『顎クイ主人よ。さすがに、類は友を呼ぶ、とは言わなかったな』


『言うわけないだろ! ていうか、そろそろ顎クイいじり禁止な』


 ちらりと、横に並んで歩く四衣凪を見る。

 凛とした姿勢。けれど、脆い。少し触れれば、弾けてしまいそうなぐらい、張りつめているように見えた。


「なあ、四衣凪」


 呼びかけると、彼女は透き通った好奇心を隠すことなく、純粋な瞳で「なに?」と俺に問いかけてくる。


「俺にそいつらをぶっ飛ばして欲しい――ってわけじゃないんだよな」


 やろうと思えば数人どころか数十人相手でも、一瞬で殺すことができる。けれど、彼女が望む解決方法はそうじゃない、と直感した。


 四衣凪は一瞬、驚いたように目を見開いたが、俺が喧嘩を怖がって虚勢を張ったのだとでも思ったのか、すぐに安心したように笑い出した。


「何それ! 柊くん、あいつらと喧嘩する気だったの? ウケる!」


 わざとらしく腹を抱えて笑う四衣凪。俺の臆病さを茶化すその瞳の奥には、決して見捨てられないことを知ってしまった、無防備な色をしていた。


「そんなに、笑うとこか?」


 爆笑をさらうぐらいに、俺が弱そうに見えたのだとしたら心外だった。


「……まあ、いいけどさ」


 けれど、笑う四衣凪を見て思う。

 これで、父親の話から意識を逸らせたのなら、それで良かった。


「で。俺の腕っぷしに期待していないってことは、何か逆転の秘策がある、ってことでいいんだよな?」


「そうよ。ってか、あんた、意外と頭いいのね。全部言わなくてもそこまで理解できるなんて……ほんの数ミリだけ見直したかも」


「こう見えて荒事には慣れてるんでね。どんな理屈をこねようと、圧倒的な暴力の前には交渉も何もあったもんじゃない。異世界では日常茶飯事だったよ」


「うわ……また意味不明なこと言ってるし」


 ――しまった。つい、異世界の話を四衣凪にしてしまった。


 あせって言い訳をしようと彼女に向き直る。


 ドン引きされる、と思った。けれど予想に反して、四衣凪はいたずらっぽく俺を見て笑っていた。


 俺があまりにもあっちの話をしすぎたせいで慣れてしまったのだろうか。


『フフフ……』


 オムニレクスの意味ありげな笑い声を聞き流す。俺は自転車を押しながら、彼女の隣を歩き続けた。


 しばらく進むと、それまでの冗談めかした空気は、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。


 ふと、彼女が足を止めて前を見据える。

 俺もつられて視線を上げると、そこには、街灯の光も届かない真っ暗で大きな影が、行く手をふさぐように現れていた。


「着いたわ」


 目の前には、巨大なショッピングモール。

 しかし、かつての華やかさは残っていない。


 そこにあるのは整備されずに伸び茂った雑草や木々、それに散乱したゴミの山。


 まともな人間なら近づくのも嫌悪してしまう、おどろおどろしい雰囲気。


「行くわよ」


 四衣凪は慣れた足取りで、敷地内に入る。


 後を追う俺に、ふと、彼女が振り返る。


「守ってくれるのよね? 私のボディガードさん」


 そう言った彼女の顔は、笑っているのに今にも泣き出しそうで。俺に向けられたその瞳には、言いようのない暗い影が混じっている気がした。


「もちろんさ」


 頬に触れる空気が妙に冷たい。

 埃とカビが混じった廃墟特有の冷気が――嫌なざらつきが、肌にまとわりついて離れなかった。


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